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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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16. 白の姫と続・特訓

 特に何も起こることなく1日が過ぎていき、赤の絵の具を塗り広げたような空を1匹の蝶が飛んでいる。

 エルメルアはそっと読んでいた本を置き、窓を開ける。

 肌寒い風が髪を揺らし、その風に乗るように蝶が窓の中に入ってくる。


「やほやほー、昨日は夜はお楽しみだったねぇ」


 蝶から姿を変え、すとんっと着地したお姉さんはニヤニヤしながらエルメルアを見る。

 誇張した言い方に、エルメルアはむっとして睨む。


「あれは……事故です。結果としてああなっちゃっただけで…………」

「ふぅーん??」


 ゆっくりとした足取りでお姉さんはエルメルアに近づく。

 コツ、コツと靴音が響き、少しだけ身構える。


「満更でもない顔だったし、凄く嬉しそうだったけどなー」


 すれ違いながら、そう囁く。

 一瞬意味がわからず、目をぱちくりとさせる。まさか見ているかもしれないとは思っていたが、本当に見ているなんて……しかも自分していた表情を言われると余計に恥ずかしい。


 空の赤に負けないほど、頬を赤く染めるエルメルアを眺めて、お姉さんは笑みを深める。

 

「そーいう所、流石親子って感じよねー」

「…………? お母様と、ですか?」

「そそ。…………これ内緒ね」


 しーっと指を立てて、歯を見せるお姉さん。

 その表情は子供っぽくて、いつもの雰囲気とは違う。それが何だか新鮮だった。纏っている光も無邪気な様子で輝いている。


「さてと、じゃあ今日の特訓はじめよっか」


 そういって纏っている光を散らすと、それらがそれぞれ動物の姿へと変わっていく。本当に生きているのかと思わせるくらい自由に動き、あっという間に全てを視界の中に収められなくなる。


「ん、どれでもいいよ。自由に視てあげて」


 そういって、お姉さんは部屋の中を眺め出す。特に目立った物は何も無いが、興味深そうにしている。

 こちらには目もくれず、時には感心したように小さく声をあげている。


 凄く放任的なやり方だが、恩恵(ソフィア)を正しく使えるのかを確認しているのだろう。

 目を閉じて、意識を集中させる。そして目を開ければ、真っ暗の右目に光が灯る。


 特に対象を決めていない場合、霞がかかったような視界で今が見えるらしい。左目とは違って見えるため、ずっとこの状態だと気分が悪くなりそうだが。

 

 脚にふさっと何かの毛が触れる。

 それがなんなのかを確認しようと、下を見れば。

 不意に動いたエルメルアを不思議そう見上げる1匹のうさぎが、そこにいた。その黒く澄んだ瞳がエルメルアを見ている。


「あ…………」


 今、自分は、恩恵(ソフィア)を発動している。

 またあの未来を視る気がして、逃げるように後ずさる。

 しかし、うさぎはその後を追うように着いてきて、離れようとしても離れられない。

 目を隠せば済む話だが、それすら思いつかないほどエルメルアは焦っている。遂に壁に辿り着き、逃げ場が無くなった時、エルメルアは右目の視界が変化していない事に気づく。


「……あれ? 未来が……視えてない……?」

 

 右目に意識を集中させているはずなのに、右目には未来を視ている時の感覚を感じない。まさかと思って、鏡を見ても右目はエメラルドの輝きを放っている。

 

「視えないなら、別のにしたら? あたしでもいいよ?」


 お姉さんは目を細めて、片手で髪を耳にかける。

 その意図がわからず、エルメルアはじっと見れば、お姉さんは「いやん、見られちゃう」と腕で身体を隠すようにする。しかしその顔は何処か余裕がある。まるで未来が視えない理由を知っているかのようだ。


 その仕草がわざとだとは知っているが、あえて乗る。

 軽く息をつき、再度意識を集中させる。


「未来を、視せて! 『予知(プレシアンス)』!」


 目を擦るように右目を手で隠し、自分に応えてくれる力の名を呼ぶ。そしてその手を離せば右目は夕焼けの赤に対抗するように一際強く緑に輝く。


 対象は目の前にいる黒髪の女性。

 空に浮かぶ感覚、この馴染んだ感覚は完全に未来を捉えた。


 はずだった。


 右目で捉えた未来、それはお姉さんの黒髪よりも深く底の見えない暗闇に遮られて何も見えない。

 目の前も、後ろも徐々に食い散らすように黒く染まる。

 その黒の嵐はこちらを、この世界を飲み込もうとしている。

 

 ばちんっ! と弾かれるように視界が戻り、よろけかけた身体をなんとか支える。

 今のは自分が、というより予知(プレシアンス)が拒絶した? 痛みこそないが、無理やり嫌悪感を引きずり出すような感覚。それに不快感を覚える。


「まぁ、あたしの未来は視えないと思うけどね」


 余裕そうな表情を変えることなく、お姉さんは壁にもたれて話を続ける。


恩恵(ソフィア)にはね、できない事もある」

 

 意味ありげに3本の指を立てて、エルメルアに近づく。


「まず1つ、同格もしくはそれ以上の能力を持っている相手には通じない」


 同格……というのは自分と同じ恩恵(ソフィア)保有者(オラシア)の事だろうか。それ以上の能力……というのは想像つかないが。


「そして2つ、保有者(オラシア)が本能的に拒絶しているもの。エルメルアちゃんだと、初めての発動した時のトラウマで、うさぎの未来は視れないと思うわ」


 なるほど、だから先程のうさぎが見えなかった理由はそれか。納得できる理由を知り、ほっとする。恩恵(ソフィア)が使えなくなったのかと思っていたからだ。


「最後。対象が既に亡くなっていたりなどで、未来が存在しないもの」

 

 最後の1つを聞いて、思考が止まる。

 では、お姉さんの未来が視ることができなかったのは何故? 難しい顔をするエルメルアを見てお姉さんは怪しげに笑う。


「あ、あたしが視れない理由は秘密ね」


 はぐらかすような言い方に問い詰めたくなるが、お姉さんの目を見ると不思議とその気が無くなる。

 思考が纏まらない、何を言おうとしたかさえも思い出せない。秘密でいいんだ、そう納得してしまう。


「まぁ、さっきの恩恵(ソフィア)の感じだと、もう完璧って所かな。あたしがいなくても大丈夫だと思う」

「えっ…………?」


 まるで、これから先はもう会えないような言い方に思わず口を挟んでしまう。

 まだ数回しか会ってはいないが、心の何処かが寂しい。

 今ここで、別れてしまったら目の前にいるお姉さんは本当にいなくなってしまいそうな。そんな感じがするのだ。


「そんな心配そうな顔しないの。別に一生会えなくなる訳じゃない。少しだけよ。またすぐに会いに行ってあげるから」


 エルメルアの表情を見て、お姉さんは儚く笑う。


 そしてエルメルアをぎゅーっと抱きしめ、優しく頭を撫でる。その声は、今まで聞いた中で1番優しかった。

 エルメルアが抱き返そうとした時には、お姉さんは光となって消えた後で。

 どれだけ優しく抱かれても、どれだけ優しく頭を撫でられても、お姉さんの冷たい身体では温まることはない。

 ただ、触れた心だけは冷めることはなかった。




「あー、もう……泣かなくたって……」


 冷たい夜風と淡く輝く月が見守る中、レグレアは離れた所に移動し、エルメルアの様子を伺う。エルメルアは1人になった部屋で、小さく嗚咽を零しているではないか。

 しかしこれは仕方ない事なのだ。これ以上関われば、ノワールとの戦争で心を痛めるのはあの子なのだから。

 今はまだ自分が「ただのお姉さん」だとしても、服装などを見ればノワールの人だったのだと気づくのも時間の問題だ。ならば今のうちに離れた方がいい。


 とはいえ、離れたくないという気持ちを持っているのは自分と同じで。自分が選んだ事とはいえ、罪悪感がある。


「はぁ……あたしもブランとノワールが戦うのは見たくないんだけどな…………」


 迫り来る刻限。仕方の無いことだとわかっていても、納得はできない。様々な感情が爆発しそうになるが、堪える。


七天の創始者(セブンスクレアル)なんだから、しっかりしないと…………っと」


 ぱちっと頬を叩くと、その反動でよろける。

 レグレアは細身の身体ではあるが、この程度の風によろけるほど、か弱ではない。

 頬を伝う汗と、それを拭う手の冷たさで原因を確信する。


「魔力性貧血……最近ダーリンに会えなかったからなぁ」


 魔力性貧血……その名の通り魔力が少なくなることによって起こる貧血だ。普通の人ならば、魔力の使いすぎで起こるが、魔力を命にしているレグレアにとって生きているだけでもこれが起こる。魔力を能力の為と生きるために使っているから尚更だ。


 相当限界が近いのか、手先が震えている。

 この様子だと可能なのはノワールに帰るくらいしかできないだろう。


「まだやる事あるんだけどなぁ…………仕方ない」


 苦虫を噛み潰したように弱々しく呟き、頬をもう一度叩く。ダーリンに会うのに、こんな表情は見せられないからだ。深呼吸をして息を整えてから、レグレアは闇夜に溶けていくのだった。

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