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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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14. 白の姫と代償

「右目が、見えなくなりました」


 その一言で、リグレットは言葉を失う。

 それを察したのか、エルメルアはゆっくりとリグレットに目を合わせて笑う。

 無理をしているのは明らかだが、それよりも気になることがある。


 見えない、にしては右目は明らかにこちらと目を合わせている。もしかして、とリグレットは少しだけエルメルアに指を近づけて、徐々に右に動かす。すると、見えている左目はもちろんそれを追うが、見えないはずの右目も追っている。


「リグレット……? その、遊んでるんですか?」

 

 リグレットの不意な行動に、エルメルアはきょとんと首を傾げている。しかしリグレットはそれには反応しなかったので、大人しくじっとリグレットを見つめる。


 じっと見るエルメルアを尻目に、リグレットは確信する。

 きっと、これが恩恵(ソフィア)の代償なのだと。

 未来を視る代償として、今を見ることができなくなった。


「姫、左目だけ閉じてもらってもいいですか?」

「え? あ、はい」

 

 右目だけなら、先程の事をしても追わないのか。

 それを試したくて言ってみたが、エルメルアは何やら難しそうに両目をぱちぱちさせている。


「あの……姫…………?」


 エルメルアは一生懸命何かをしようとしているのだが、リグレットにはそれが何かわからず声をかける。

 エルメルアは困ったようにリグレットを見つめて、口を開く。


「リグレット……その、左目だけ閉じれなくて」

「……手で隠すとか」


 なるほど、姫はウィンクができない。リグレットは顔を背ける。確かに左目を閉じてとは言ったが、まさかウィンクをしようとするとは思わなかった。

 心の準備ができていないと、こういった可愛らしい仕草は反則のそれだ。必死に崩れそうな表情を隠して、ちらりとエルメルアを見ると、真っ赤になって顔を両手で覆っていた。


「その、本当に見えないので、あんまり変なことはやめてくださいね?」


 お互いの熱が冷めたあと、エルメルアは手で左目を隠してリグレットに準備ができたことを知らせる。


 そして、リグレットは先程と同じように指を近づけてみる。……やはり指を自然と追っている。

 こうして見ると、普通の目と特に変わりはない。そう思った時に、エルメルアの右目に光がない事に気づく。


「あの、リグレット? そろそろいいですか?」


 不安そうにエルメルアが聞いてくる。

 流石に何も見えない状態で放置されているというのも可哀想なので、少し距離を離れてからエルメルアに声をかける。


「……それで、何してたんですか?」


 エルメルアは軽く息をついて、リグレットを改めて見る。

 やはり何をしていたかが気になるようで、その目は少しぱっちりとしていた。


「いえ……ただ右目の視力だけ、失ったんだなと」

「というと……?」

「見えてないはずの右目も私の指を追っていて。それをさっき確かめてました」


 リグレットの返答を聞いてもしっくりこなかったようで目をぱちぱちとさせるエルメルア。

 何度か自分の指を目の前で動かした後、困ったような顔をする。


「……やっぱり自分じゃわかりませんね。まぁリグレットが満足したなら、それでいいですけど」


 リグレットが来た時よりも気が楽になったのか、自然に笑うようになったエルメルアを見て、ほっと息をつく。リグレットは持ってきたものを置いて立ち上がる。


「それでは姫、少しだけ失礼しますね。すぐ戻ってきますから」

「え……あ、はい…………」


 急なリグレットの退出に寂しさを感じるが、騎士団の仕事の合間に様子を何度か見にきていたのだろう。

 すぐ戻ってくると言っていたし、今は少し我慢しよう……そう思っていると周囲に光が漂い始める。


「なになにー? 今のがエルメルアちゃんの気になってる子?」


 この声は……と思って声のする方を見れば、見慣れた女性が優雅に椅子に座っている。


「べ、別にリグレットは……!」

「変に隠そうとすると、当たりって言ってるのと同じだよ?」


 エルメルアの反応を楽しむように女性は目を細める。この様子だと先程までのやりとりをずっと見ていたのだろう。エルメルアは、はぁ……とため息を吐く。


「あの、お姉さんは何のようですか……」

「まぁ色々あるけど、1番最初にあたしに言う事あるでしょ」


 言う事……と言われても特に思い付かずきょとんとして見返すと苦笑いが返ってくる。

 まぁ仕方ないか、と言いたげな表情で手に光を集める。すると光は紙へと姿を変える。


 そこではっとする。完全に頭から抜けていた。そういえばこのお姉さんと昨日約束をしていたのだ。

 それは、次にお姉さんと会うまで恩恵(ソフィア)を使わないというもの。


「ごめんなさいっ!」

「いいよいいよ別に。故意じゃなかったみたいだし」

 

 手に持った紙を光に戻しながら、お姉さんは笑う。

 しかしその表情はすぐに物憂げな表情へと変わる。


「それにロリ……いえ、セフィアに何か言われたでしょう?」

「え? はい、お母様には……会ったというかなんというか……」


 確かに母親であるセフィアとは会ったのだが、エルメルアが知る限りではセフィアは小さい頃に病気で亡くなっているはずなのだ。リグレット達が嘘をついているようにも、ブランの聖域で見たセフィアの姿も嘘だとは思えない。


「……まぁセフィアに言われたなら、あたしが言うことでもないし」

「あ、あの! お母様は、生きていらっしゃるんですか!?」


 難しそうな顔をしているお姉さんに向けて、エルメルアはずっと気になっていたことを聞く。もし生きているのであれば、会って直接伝えたいことが沢山ある。


「生きてるのって、そりゃ…………。あー、そっか。……うん、生きてるよ」


 一瞬何を言ってるのかわからないと言いたげな表情をした後、すぐに思い出したように付け加える。

 その言葉でエルメルアの顔は明るくなる、そしてそんなエルメルアの気持ちを見透かしたように言う。


「……まぁ会ったりはできないと思うけど」


 会うのが嫌って訳じゃないよ、とお姉さんは言うがそれでもエルメルアは会えないという事に驚きが隠せない。


「……ごめんね。私達には、まだやる事があるからさ」


 そんなエルメルアの表情を見て、お姉さんは辛そうな顔をする。やる事があると言われれば仕方ない、と言い聞かせてエルメルアは少し頬を叩く。


「その、やる事っていうのはどれくらいかかるんですか?」

「んー、どうだろうね。流石にそこまではわからないけれど」


 お姉さんの返答にエルメルアは肩を落とす。仕方ないと思っても、折角会えると思っていた母親に会えないというのはやはり悲しいのだ。


「まぁでも、やる事っていうのはエルメルアちゃん達にも関わってくるし、それに恩恵(ソフィア)を受け入れたなら……知っておくべきかな」


 先程までの雰囲気が、一変する。お姉さんは少しだけ目を瞑って、息を吐き、そして真剣な眼差しでエルメルアを見る。

 その様子にエルメルアは息を飲みこみ、身体に力をいれる。意を決したようにお姉さんは口を開く……。


「……災厄は、まだ終わりじゃない。これから先、再び災厄がやってくる」


 その言葉に反応が遅れた。理解が追いつかない。

 3年前に何もかも奪った災厄は終わっていない、それも再び来るなんて、嘘だ。そう思いたかった。


「えっと…………」

「すみません、姫様。今よろしいでしょうか」


 ようやく口を開きかけた時、タイミングが悪く従者が遮る。この声はミミだ。

 先程までお姉さんがいた場所を見れば、既にそこに姿はなく、ただ「続きは今日の夜」と書かれた紙だけがそこに置いてあった。




「タイミング最悪ね……まぁ仕方ないけど」

「……なんでここにいる訳?」


 咄嗟に消えて、離れた場所からエルメルアを確認していると、後ろから少女の声が聞こえる。声のした方を見れば、視界の下の方で白金の金髪が揺れて…………


「セフィア!? ……あんたこそ、なんで。娘を心配してるんでしょうけど、今のあんたの状態じゃ……」

「……わかってる。ふふっ、レグレアもたまには優しいね」


 ここに、いてはいけないはずの存在が目の前にいて、レグレアは声を荒らげる。いつもなら、ちょっかいだったり色々してくるセフィアは、やはりどこか弱々しくてこちらの計算が狂う。


「うっさいわね……ロリの婆さんなんだから…………痛」

「褒めればすぐそれ。私がロリ婆なら、君はツンデレグレアだ」


 ぽこっという擬音が似合いそうな殴り方にしては威力は不似合いなほど強いらしく、レグレアは叩かれた部分を手でおさえ、若干涙目になっている。


「ふぅ……それにしても、ここまで外気が毒だとはね。私もだいぶ弱ったな。やっぱりフェアリーランドに引き篭るべきだった」

「あれだけの力を使えばそりゃそうでしょうよ。あんたのは規模が違いすぎる、無茶すれば本当に……」

「……誰かが無茶をしなければ、いずれ誰かが同じ目に遭うんだ。心配はありがたいけれどね」


 セフィアは再度息を吐き、その場に座り込む。

 そして、エルメルアを見て目を細めて笑う。


「…………後は伝えた通りに頼むよ。君には沢山の事を押しつけて申し訳ないけれどね」


 娘を見て満足したのか、最後にそう呟いてセフィアは虚空に消える。万象の力で空間を捻じ曲げてフェアリーランドに帰ったのだろう。


「…………あんたは1人で背負いすぎなのよ」


 ぽつりとレグレアは虚空に向けて呟く。

 込み上げる感情を押し殺すように、手をぐっと握ってレグレアもその場を後にするのだった。

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