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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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13. 白の姫と帰り道

少しだけグロいかもです。

「あのティアさんでもわからないことがあるなんて……」

「予想外……でしたか?」


 フェアリーランドからブランの聖域に戻り、母の墓参りを終える頃に、ぽつりとエルメルアが零す。それに対して少し心配する様な声色でリグレットが問う。エルメルアは、口では返答せず、困ったような表情でリグレットに目を合わす。

 実際、リグレットの言う通り予想外だった。

 それは、これまでティアに聞いて、わからない、と返答されたのは1度もないからだ。だからこそ今回も大丈夫だと思っていた。

 しかし待っていたのは想像していたものとは違う結果だ、ティアが調べておくとは言ってはくれたが、それがノワールの襲来前にわかるとは限らない。


「……どうにかしないと」


 もう、刻限はすぐ目の前まで迫っている。

 このまま何もわからなければ、ブランは滅びる。リグレットや他の騎士団の人達も、ブランの国民も、自分自身も何もかも失ってしまう。それだけは絶対に避けなくてはならない。

 そのためにも七天の創始者(セブンスクレアル)や、恩恵(ソフィア)のことを少しでも自力で知る必要があるのだが、七天の創始者(セブンスクレアル)はもちろん、恩恵(ソフィア)の事について詳しく書かれたものはブランの書庫には無かった。


 どうにかしなければいけないのに、どうすることもできない。エルメルアを焦らせるには充分すぎる状況だ。

 せめて恩恵(ソフィア)だけでも、最大限の力を発揮できるようになることができれば、自分の視た未来を変えることができるかもしれないというのに。


「…………お母様」


 縋るように、エルメルアは自分の側にある母の墓を見る。

 こんな時、母ならどうするだろうか。エルメルアが小さい頃に亡くなってしまったが、生前は聡明でブランの窮地を救ったという。

 縋った所で母の声など聞こえるはずもないが、エルメルアは胸のペンダントを両手でぎゅっと包む。


 しばらくしてエルメルアはちょっとした異変に気づく。

 元々見通しは良くない場所だが、それよりも更に見えにくくなっている……気がする。


 ペンダントから手を離して、辺りを見る。

 霧、だろうか。確かにこの場所で霧が出る事は珍しくはないが、それにしても異常だ。しかも段々と霧は濃くなっていく。


「……姫、私から離れないでくださいね」


 そう言いながら、リグレットはそっとエルメルアの手を握る。

 深い意図はないと知っていても、心臓は早くなるし、そういう事を不意にやるリグレットはやっぱりダメだと思う。


「…………っ! 誰だ!」


 エルメルアの浮ついた心は、リグレットの発した鋭い声で元に戻る。

 リグレットが睨む先……フェアリーランドの方向には人影があった。

 

「流石、ブランを守る若き団長ね。割と上手く隠れてたつもりだったけど」

「……セフィア……様!?」


 その人影が発した声に、リグレットの表情が崩れる。

 その声はエルメルア達からすればありえないもの。

 

「お母……様?」

「久しぶり……所じゃないけれど、2人共大きくなったわね」

 

 魔術で録音した物を流しているのか……それとも実際に話しているのか、霧が濃いため姿を見ることはできないが今聞こえているのは紛れもなく母……セフィアの声だ。


「……エルちゃん、こっちに来たらダメよ」


 確かめたい、そんな気持ちを察したようにセフィアはエルメルアに静止の言葉を投げかける。

 リグレットも先程よりも強く握っている。確信が持てない以上、危険だと判断したのだろう。


「んーと、まずはおめでとう……かな。女王になってまだ少ししか経ってないかもだけれど」


 一呼吸おいてから、話し始める。

 こちらの返答を待つことなく、思い出すように。

 エルメルア達がしていた事を、まるで近くから見ていたように話す。


「それで、今日私がここにいる理由」

 

 何度も躊躇ってから、口を開く。

 今までとは違った空気に、エルメルア達も息を呑む。


「それはね、恩恵(ソフィア)の事を教えようかなって」

「えっ………………?」

「どんなものなのかは知ってるだろうから、教えるとは言っても恩恵(ソフィア)の使い方だけ、だけどね」

  

 思わず声が漏れる。今1番知りたいと思っていた事が、まさかセフィアから聞けるというのは奇跡と言うべきだろう。


「その前に。…………エルちゃん」

「……はい」

「……本当に、いいんだね?」


 もう後戻りはできない、そんな言い方だった。

 もしも、ここで首を横に振れば、セフィアが助けてくれるのだろうか。仮にそうだったとしても、今の女王は……私だ。

 力の代償にすら怯えて、ブランを守りたいなど都合が良すぎる。

 

「……はい!」

「…………うん。そう、だよね」


 エルメルアは力強く、頷く。それに返ってきたのは今にも泣き崩れそうな、震えている声。

 わかってはいても受け入れられない、そう言っているような気さえ感じさせる声だった。

 

「エルちゃんに宿っている恩恵(ソフィア)は『予知(プレシアンス)』。未来を予知する事ができる力」


 声色を戻しながら、セフィアは続ける。


「この力で予知した事象はエルちゃんの行動次第で、ある程度は変えることができる」

「それと、予知する時間ともう一度使えるようになるまで時間は大体同じくらいだと思ってて。例えばリグレット君の30分先の未来を予知したなら、その後30分は使えない。……仮に使えたとしてもエルちゃんの身体に支障が起きるから」


 わかりました、とセフィアの警告に相槌を打つと、ふぅ……とセフィアが息を吐く。


「それで、1番知りたそうにしてる恩恵(ソフィア)の使い方だけど……願うだけよ」

「…………え?」

「ええ、願うだけよ。エルちゃんが心に秘めている、その気持ちがあるなら恩恵(ソフィア)はエルちゃんの願いに答えてくれる」


 願うだけ……というのは、未来を視せて、とかで良いのだろうか……。本当にそんな事で良いのかわからないが、セフィアがそう言うのならばそうなのだろうと納得させる。


「教えるのはそれくらいかな。ま、色々あの子から警告されてるっぽいから、あんまり言わないけど。……無茶はしたらダメだからね」

「……お母様、ありがとうございました!」


 気をつけて帰るんだよ、というセフィアの言葉を合図に霧が徐々に晴れていく。

 それと同時にエルメルアとリグレットは帰り道へと歩いていく。


 そしてふと、エルメルアは後ろを振り返る。

 先程霧が濃くて見えなかった人影のあった場所には、代わりに目をこする白金の髪の少女が立っていて、その少女と目が合う。

 しばらくして、少女は微笑んで手を振る。

 同じ碧色の目、そしてあの微笑み。あれはエルメルアが覚えている母の印象そのものだ。


 少女は手を振った後、軽く自分の胸の付近を叩く。

 そして口だけで「みまもってるぞ」と。

 エルメルアはペンダントを見て、少女を見れば、少女はにこっと笑う。それに同じようにエルメルアも返す。


「…………姫? どうかしましたか?」

「あっ、いえごめんなさい!」

 

 足を止めていたエルメルアにリグレットが声をかける。

 それに軽く振り向き返答をして、もう一度少女の方を向いたが、そこに少女はもういなかった。




「あの、リグレット」

「何でしょう、姫」

「お母様は、とても若かった……のですか?」


 森の中の整備された道に出ようとした時、エルメルアは気になっていたことをリグレットに聞く。

 先程の少女が母のセフィアだと知っても、あの見た目では本当にそうなのか、にわかには信じ難いのだ。

 

「……確か、実際の年齢よりは遥かに若い見た目をされていましたね。稀にしかお目にかかることは無かったので曖昧ですが」


 リグレットの反応からして、あの見た目で間違いはない……のだろう。

 色々と聞きたい事はあるが、リグレットもそこまでセフィアの事は知らないだろうし……。

 そうやって思っていると、野ウサギが茂みの中から現れる。


「あ、リグレット。ウサギさんですよ」

 

 エルメルアはしゃがんで、ウサギに手を近づける。

 人懐っこいのか、ウサギは近づけた手に頭を擦り寄せてくふ。そんな様子が可愛らしくて、両手でウサギを持つ。


 そして、何故か先程セフィアに言われた、恩恵(ソフィア)の事を思い浮かべる。

 本当に予知ができるなら、このウサギの未来も予知できるのだろうか。そんなちょっとした疑問。

 特に深くも考えてはいない、ただ漠然とそう思っていると、両手に持っているウサギの真っ黒な目と合った。


――瞬間、右目にバチッとした激しい痛みが走る。


 痛みに目を瞑って再び目を開けると、周りの様子がおかしいことに気づく。

 景色が、ではない、視界が、おかしいのだ。

 今まで自分が見ていた所よりも少し高く、まるで宙に浮いて見下ろしているような感覚。

 そして今目の前にいるのは、先程のウサギだけ。周りを見てもリグレットはいない。


 ただ前に進むウサギだけを見ている、それだけなのかと思っていた時、不意に目の前を何かが横切り、そして見ていたウサギは消えている。

 ひらひらと落ちてきた鳥類の羽根を見て、なんとなく嫌な予感がする。これはウサギに起こる未来を視ている?

 

 空を見れば鷹が飛んでいて、その足には丸い物体がある。

 それは…………先程の……。


「おいこら! 近づくな!」


 物体が何かを決定する前に、人の怒る声が聞こえ、そちらを見ると銃を構えた男性が。

 バンッ! と響く銃声、貫いたのは鷹ではなく…………。


 そこでバチッとした痛みが再び走り、元いた場所の景色に戻る。声も出ないほどの激痛に思わず右手で右目を押さえ、そして自分の側にウサギがいない事に気づく。

 代わりに側にいるのは、大丈夫ですか、と声をかけるリグレットだ。


「リグ……レット……、ウサギさん……は?」

「ウサギですか? ウサギならあちらに」


 リグレットが指差す所にウサギはいる。しかしそこは、先程予知した、ウサギが鷹に攫われた場所の数歩前。


「だめ………! いっちゃ……いったら………」


 痛みに耐えながら、必死に訴えかけても、ウサギに届くことはなく。そして予知した通りに鷹に攫われる。

 

「あ…………」


 そうなってしまえば、もうどうすることもできない。

 あの予知通りに未来は進む。でも、まだあの丸い物体があのウサギとは決まっていない、そう思うしかない。


 予知通り遅れて聞こえた銃声、そしてボトッ…………と何かが目の前に落ちる。エルメルアは恐る恐る見てしまった。


「あ………。い、嫌…………」


 見てはいけなかった。知らないフリをするべきだった。

 目の前に落ちたそれ、先程まで両手で抱いていたもの。

 赤く変わり果てた姿、しかし変わらないのはその真っ黒な目。そんな目と再び目が合ってしまった。

 ビクビクと痙攣しながら、その真っ黒な目はエルメルアを掴んで離さない。


 余りの出来事に、頭が錯乱して、息が荒くなる。激痛がある事など忘れて、どうすればいいのか、そんな事ばかりが浮かんでくる。気づけば死体の匂いを嗅ぎつけたのか、仲間のウサギがやってきていて、それらがゆっくりとエルメルアを見る。


 同じ真っ黒な瞳が、じっと見つめる。

 まるで、なぜ殺したの?なんで未来を視たの?どうして?どうして?どうして?どうして?と責め立てるように。


「ご…………ごめん……なさい、ごめんなさいごめんなさい……許して、許してください……嫌……見ないで……怖い、怖いから、怖いから…………見ないで…………!!」


 自然と零れる。罪悪感と嫌悪感が混ざって、それしか言えない。先程からリグレットが何かを言っているが、それすら聞こえない。エルメルアはただひたすら同じ言葉を繰り返す。


「姫っ!!!!」


 リグレットはウサギ達とエルメルアの間に入るようにしてエルメルアの肩を強く持つ。酷く錯乱しているからか、目が合うことはなく、リグレットを見ても、状態は治らない。


「ごめんなさい……今リグレットを見たら、あなたまで予知しちゃうから……見ちゃ…………っ」

「だったら! 見なきゃいいんです! 誰も姫を責めてません、謝ることなんて何一つもない!」


 少し強めの口調でエルメルアに話しながら、その視界を遮るように抱きしめる。エルメルアはびくっとはしたが、それよりも不安の方が勝っているのか、ぎゅっと抱き返してくる。


「姫。もう大丈夫ですから。ゆっくり深呼吸してください」


 軽く頭を撫でれば、エルメルアはゆっくりと深呼吸をし始める。何も言うことなく、落ち着くまでしばらくは奏していよう、そう思った時に少しだけリグレットの身体に軽く体重がかけられる。

 完全に寝てはいないが、エルメルアはうつらうつらとしている。今下手に動かせば、起こしてしまうかもしれない。

 しかし、この場でずっと待つ訳にはいかないので、リグレットは、姫という呼び方に相応しい抱き方で、エルメルアを連れて帰るのだった。




 目が覚めると、そこは自室だった。

 いつの間にか寝てしまって、それまで何をしていたのか少し曖昧ではあるが、頭が働いていないからだろう。

 今こうして、少し右側が見にくいのも、きっとまだ頭が目覚めてないからだ。そう言い聞かせながら右目をこすって見るが、特に変わらない。


 それがなんだか不思議に感じて、今度は左目をこすってみる。そしてエルメルアは自身の異常に気づく。


「あ、姫。目覚めましたか。…………姫?」


 ドアを開けて、リグレットが入ってくる。目が覚めたエルメルアを見て安堵したように息を吐き、左手で左目を隠したエルメルアに不思議そうな顔をする。


「…………リグレット」


 エルメルアはこちらを向かずに、少しだけ震えた声で続ける。


「右目が、見えなくなりました」


 

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