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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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12. 白の姫のデート?

 今日は気分がいい。そんなエルメルアは鼻歌を歌いながら服を選ぶ。リグレットとお出かけできる、そんな些細なことではあるが、それがとても嬉しい事なのだ。

 

 半袖の白いシフォンブラウスと膝が少し見える柔らかい青色のスカートを選び着替える。そしていつもよりも念入りに服装が乱れていないか確かめて、よし。と軽く頷く。

 2人きり……という事で少し張り切った格好にするか迷ったが、自分だけそういう意識をしているような気がするのでいつも通りの格好にした。


 小さくため息をした後、大切に保管してあるタンザナイトのペンダントを手に取り、それを眺める。

 タンザナイトの青紫の輝きは綺麗で、角度によって色の見え方が変わることも加わってずっと見ていられる。


 このペンダントは母が自分のために用意してくれたもので、持つ者の魔力を高めたり、空気中にある魔力の源であるマナを蓄積したりなど、様々な効果があるため普段から使った方が良いのかもしれないが、壊してしまいそうなので母の墓参りの時にしか身につけていない。


 ふと時計を見ると、そろそろ向かってもいい頃合いだったのでエルメルアは部屋を出る。

 

 エルメルアの部屋からリグレットの部屋は割と近い。

 とはいってもリグレットの部屋というのは騎士団としての本来の部屋と、小さい頃のお世話係として使っていた物置部屋の2つの部屋がある。エルメルアの部屋に近いのは物置部屋の方だ。


 リグレットは本来の部屋を仕事用に、物置部屋を休日用に使い分けているらしいので、今日は物置部屋の方にいるだろう。


 早く会いたいな、という気持ちからか進める足が少し速くなる。目の前の角を曲がれば、リグレットの部屋はもうすぐだ。

 そんな気持ちだったからか、エルメルアはその角から出てくる人への反応が少し遅れてしまった。

 大きな事故にはならなかったが、結局先程までの勢いを殺すことはできず、完全にその角から出てきた人にもたれかかってしまっている。

 

「あの、ごめんなさい。よく見ていなくて……」


 申し訳なさそうにエルメルアは自分がもたれかかっている人物の顔を伺う。そこには気まずい、といった様子のリグレットがいた。


「リグレットか……。良かった……」


 良くはないが、自分の従者なら少し安堵する。

 王宮内には顔見知りしかいないとは言え、親しみの深い従者なら気が楽だ。それもリグレットなら尚更。


 ふぅ……と息をついて、気を緩めて体重をリグレットに預ける。するとリグレットの腕にグッと力が入るのがわかった。


 そこで思考が止まる。リグレットの、腕……?

 確かに今も腰や肩あたりが触れられている……というより抱かれている。ぶつかりそうな所を抱きとめ、今に至る……のだろうか。


 リグレットに抱かれている、その状況を受け入れるに連れて、徐々に身体に熱を帯びてくるのがエルメルア自身にもわかる。エルメルアの大きくなった鼓動が伝わったのか、リグレットも少し顔を背けたような気がした。


 エルメルアにとってこの状況は嬉しいのだが、流石にこのままというのも心臓がもたない。しかし今の心境としてはこの状況が続けばいいな……なんて思っているし、抱きしめ返そうか……なんて邪な気持ちが勝っている。

 流石に抱きしめるのは我慢するけど、少しくらいなら。


 そんな気持ちに従うようにエルメルアはリグレットの胸元に顔を埋めてみる。

 どくどくどく……と心音が聞こえてくる。その速さはエルメルアと同じくらいか、それ以上だ。

 こんなにも速いと、もしかしたらリグレットも今この状況にドキドキしているのかも……なんて考えてしまう。

 ありえない、とは思うけれど。


「……姫。その」


 感情を押し殺したような声でリグレットが言う。

 怒っているのかと慌てて表情を見ると、なんとも言えないような、顔を真っ赤にしているリグレットがそこにいた。


 ほんの少しの期待が、確信に変わって目を細める。

 かっこいいのに、急にこんな表情を見せられたら。

 我慢なんて、できないよ。

 

「っ!? 姫っ!?」

 

 急に抱きつかれてリグレットが素っ頓狂な声をあげる。

 最初こそ何か早口で言っていたようだったが、そのまま抱きしめていると何も言わなくなった。

 

 しばらくしてから、そっとリグレットから離れる。

 ずっとあのままでいたい、と名残惜しい気持ちはあるが今日は他に用事があるのだから仕方ない。


「……ええっと、その。リグレットはもう行けますか?」

「…………あっ、はい。大丈夫ですよ」

 

 先程まで抱き合っていたせいか、空気が気まずい。

 お互いにちらっと目を合わせては、逸らす。

  エルメルアが歩き出せば、それにリグレットは並ぶように歩く。普段と変わらないが、その距離は少し遠い。


「あの、リグレット。さっきの事は忘れてください」

「…………はい」

「その、いつか、必ず、あんなのじゃなく……て…………」


 そこまで言いかけて止める。気まずい空気を変えようとしたのに、今度は事故ではなくちゃんと抱きしめたいだなんて言ってしまったら気まずい所ではなくなる。

 急に口を噤んだエルメルアを、リグレットは不思議そうに眺める訳ではなく、ただ微笑む。


「……楽しみに、してますね」


 微笑みながらリグレットはそう言う。

 まるでこちらが何を言おうとしたのかわかったような反応が少し引っかかるが今は気にしない。変に意識すると先程の光景が浮かんできて恥ずかしくなるのだ。

 

 実際今も先程の余韻に浸っている。服には少しリグレットの匂いが残っているし、抱かれた感覚も忘れられない。

 それと……リグレットのあの表情……。

 思い返してもずるい顔だと思う。どう言えば正しいのかわからないが、あれはダメだ。我慢ができなくなる。


「……姫?どうかしました?」

「……なんでもないです。それと今はだめです。顔見せちゃだめですから」

 

 こちらの顔を伺おうとするリグレットを止める。

 本当にダメだと思う。これでは心臓がいくつあっても足りない。まだ顔は見られていないが、限界だと言いたげに真っ赤になっているし、今リグレットの顔を見たら、また我慢ができなくなる気がする。

 そう思いながら、エルメルアは歩く足を早めた。




「ところで姫、今日はどこに行くのですか?」


 気まずい空気のまま、何も話すことなく王宮の外へ出た時にリグレットが口を開いた。

 そういえば、リグレットにどこに行くかというのを教えていない。2人で出かけられるという喜びで忘れていたのだ。


「今日はフェアリーランドに行きます」

「……色褪せた国の、ですか?」

「はい」

「あの場所に何か役立つ物なんてないかと……」


 フェアリーランドには妖精が住んでおり、妖精独自の文化がある。それは人間であるエルメルア達には理解し難いことばかりで、得られるものは少ないのだ。リグレットが不思議そうにしているのも納得できる。


「確かに、役立つのは精霊術くらいしか無いですが……」


 精霊術……今幅広く知られている魔術の原点で、魔力消費が激しい分威力が高いものだ。扱いにくいためエルメルアはあまり使わないが。


「リグレットは、七天の創始者(セブンスクレアル)というのを知っていますか?」

「いえ、聞いた事も無いですね……。それが何か?」

「はい、恩恵(ソフィア)を知りたいなら、七天の創始者(セブンスクレアル)を調べておくといいと……」

「それで、古くからある色褪せた国ならわかるかも……ですか」


 リグレットの返答に頷く。あくまで知っているだろうという可能性ではあるが。それにもしかしたら恩恵(ソフィア)についても知っているかもしれない。


 そんな話をしているうちに、エルメルア達は森林の前に立っていた。最低限の道が整備されているだけで、それ以外は地面すら見えないほど雑草が生い茂っている。


 この森を抜けるだけなら整備された道を通れば良いのだが、今回行くのはブランの聖域であり、その奥にあるフェアリーランドだ。整備されていない道を通る必要がある。


「道に迷いそうですね…………」


 リグレットが不意に零す。聖域と呼ばれるだけあって、行き方は複雑であり下手に進めば帰ってこれないようになっている。エルメルアからすれば慣れたものだが、リグレットなどの王族でない者は聖域すら行ったことが無いだろう。


「もう少しで辿り着きますから」


 そうやって言っているうちに徐々に明るくなっていく。

 行き方は慣れてはいるが、この日差しには慣れることはない……ここに来る度そう思う。


 どんよりとした暗い森の中で、そこだけ異質といっても過言ではない。この森の中で唯一日差しのある場所……それがブランの聖域。


「ここが、ブランの聖域です」

「話には聞いた事がありますが……本当に綺麗ですね」


 空気が澄んでいて、聞こえてくる水の音も心地よい。

 思わず深呼吸したくなる、そんな場所。

 

 少し休んでから、とは思ったが先にフェアリーランドでの用事を済ませてからにしようと思い、ブランの聖域から離れる。聖域からフェアリーランドはすぐ近くであるため、少し歩けば着く。


 小さな妖精達が物珍しそうにエルメルア達を見つめる中を進んでいく。

 手のひらサイズの大きさから、人と変わらない大きさまで、それぞれ違う妖精が辺りに沢山いる。


「あっ、ティナさん。お久しぶりです」


 その数多の妖精の中でも一際目立つ……限りなく白に近い金髪を腰まで伸ばした妖精に声をかける。

 ティナ、と呼ばれた妖精はその深い碧色の目でエルメルア達を一瞥し、考える素振りを見せる。

 やがて納得したように頷き、近づいてくる。


「エルメルア、ですね。お久しぶりです」


 そしてリグレットを見て、再び考え始める。


「貴方は……記憶に無いですね。少なくとも私は」

「姫……エルメルア様の従者のリグレットです」

「リグレット……リグレット……」


 リグレットと数回呟いて、わかりましたと頷く。

 そして深くお辞儀をして、口を開く。


「私の名は、ティナリア=エスメリア。以後御見知りおきを」


 改めてお辞儀をされ、それにリグレットも返す。


「……その口調だと、ティナさんではなくティアさんですね」

「ええ、そうですが。ティナの方に用事ですか?」


 次々に出てくる名前が誰のことを指しているのかわからず、リグレットは混乱する。目の前にいるのはティナリアであるのに、ティナやティアというのは何なのか。


「私……いいえ、私達と言いましょうか。私達は1つの身体ではありますが2つの命があるのです」


 それを見かねたのか、ティナリアがリグレットに向けて話す。


「妖精のティナと精霊のティアの双子で産まれるはずが、目覚めた時にはこの状態。名乗るにも2つも名はいらないということで、2つを合わせてティナリア。分かり難いでしょうから、ティナリアもティナもティアも同一の存在とだけ認知しておいて下さい。その方が混乱しにくいでしょう」


 事務的に慣れた様子で話すのを見ると、リグレットのような反応をされるのは珍しくないのだろう。


「……それでエルメルア、ティナに何か伝言でも?」

「あっ、いえ。知りたいことがあって」

「そうですか。ならこちらへ」


 ティナリア……の中のティアの後に続くと森の中……とは思えない小さな国に着く。


「ここが私達の管轄下『光』。ここなら私達の部屋もありますし、座って話せるので楽でしょう」


 古くからある国で、妖精達がいるのは知っていたが、森ではない所に住んでいるというのは意外だった。


「本来なら森の方が馴染みは良いのです。しかし森というのは攻めやすい。…………火を放てばそれでお終いですから」


 表情は変わらないが、ティアは少し悲しそうな声色で言った後にエルメルアを見る。

 

「それで、知りたい事というのは」

「はい。その、ティアさんは七天の創始者(セブンスクレアル)について知っていますか……?」


 ティアはエルメルアをじっと見て、目を瞑る。


「………………知りませんね。摩訶不思議な力を持つのは知っていますが、どういう存在までかは」

「そう……ですか。なら恩恵(ソフィア)についてはどうですか?」


 ティアは後ろにある塔をしばらく見て、少し考えてから再びエルメルアを見る。


「陛下なら、何か知っているかもしれませんが……。生憎最近は体調が優れないようで……ごめんなさい」

「そうですか……わかりました。こちらこそ急にごめんなさい」

七天の創始者(セブンスクレアル)恩恵(ソフィア)……この2つについて私の方でも調べておきます。何か役立ちそうなものがあれば、持っていきますよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 ぱぁっと輝いたエルメルアの顔を見て、ティアは少し微笑む。


「えっと、じゃあその今日は急に来てごめんなさい」

「いえいえ、私達も嬉しいですし、きっと陛下も喜んでくれます。遠慮せず好きな時にまた来てください」


 エルメルアは礼をして、リグレットを見る。


「じゃあリグレット、帰りましょうか」

「はい。……ティナリアさんありがとうございました」


 リグレットの礼に、ティアも礼を返す。

 そして森の中に消えていく2人を眺め、完全に見えなくなった後、ティアは後ろにある木に振り返る。


「…………セフィア。娘が気になるなら隠れなくてもよろしいのでは?」

「……あの子はまたここに来ます。必ず。それに今はまだ私と会うべきではないですから」

「……また視たのですか」

「私の力は万象を知るものであって、未来を視る訳ではありません。あくまで知りうる限りの知識で予測しただけです」


 セフィアと呼ばれた者は不満そうにティアを睨む。

 セフィアは幼い容姿をしているせいか、子供が拗ねているように見える。


「まさか今、あの子の口から七天の創始者(セブンスクレアル)を聞くとは思いませんでしたが」

「『万象の観測者』から、まさか、なんて言葉が聞けるなんて明日は槍でも降りそうですね」

「大袈裟ですよ。遅かれ早かれ必ず知ることです。私の推測の予定が少し早まっただけのこと、影響はありません」


 セフィアはエルメルア達が消えた方を眺め、ため息を吐く。すると何か思いだしたようにティアに振り返る。


「そういえば夫が世話になったようで」

「ああ、ラフィデルですか。そういえば3年前に倒れてましたね。世話をしたのは私よりティナですけど。元気ですか?」

「今はようやく荷が降りたと言わんばかりに元気です。王のフリをしながら、騎士団の団長もするのは疲れたようで」

「そもそも王のフリをしなければならなかったのは、貴方のせいだと思いますけど」

「……反省はしてます。でも七天の創始者(セブンスクレアル)として動くためには必要でしたから」


 苦笑いをしながら、セフィアは続ける。


「それにしてもティア。七天の創始者(セブンスクレアル)については言わないようお願いしましたが、恩恵(ソフィア)については教えても良かったのですよ」

「……恩恵(ソフィア)については貴方から伝えなさい」

「っ!? い、いや私一応病気で亡くなったって……」

「それくらいどうとでもなるでしょう……それに恩恵(ソフィア)は貴方が名付けたのだから、貴方が教えた方が分かりやすいです」

「いやいや、でもっ! でもね? エルちゃんに会うなら準備とか、色々と親としてしてあげたく……」

「…………『叛逆(リベリオン)』」

「やめて! わかったから、行くから! それは反則よ……」


 ため息をついて、解放しかけた力を抑える。

 叛逆(リベリオン)……それは運命に歯向かう力。言ってしまえば、七天の創始者(セブンスクレアル)の力や恩恵(ソフィア)を殺す為の力で、抑止力になっている。


「ティアって思いのほか雑よね、陛下なんて存在しないのに嘘ついたり、私の扱い方とか……」

「……………………」

「ちょっと! 無言で構えないで、嘘!嘘だから!」


 逃げるように森の中に消えていくセフィアに再度ため息をつく。セフィアがここまで話したりして元気なのは、ラフィデルが目を覚ましたからだろうかと片隅で思う。


 そんな事よりも調べる事が沢山ある、セフィアの推測によればエルメルア達はまたここに来ると言っていたし、頼るのは私達しかいない。となればティナが目覚める前に色々とまとめておかなければいけない。

 あくまで主導権はティナだ。ティナが寝ている時や、ティナが承諾することでしかティアは自由に動けない。

 話をすることは可能ではあるが、ティナとティアが同時に話せば余計に混乱させるだろうし……。

 

 エルメルア達に話をしに行ったセフィアの帰りでも待つか。その間に色々といい案が出るだろう、ティアはそう考えて再び思考を巡らせるのだった。

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