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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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11. 白の従者とデートのお誘い?

「それでは本日の会議を終了する。皆、対策を考えてきてくれてありがとう。本当に助かる」


 そうリグレットが言い終えると、部屋内に満ちていた緊張の糸が切れていくのが目に見えてわかる。団員達が部屋を出ていくのを眺めながら、リグレットは少し悩む様子で先程の会議の内容を纏めていく。


「お疲れ様です。団長」

「……リズラか」


 手を止めて、話しかけてきたリズラを見上げる。リズラは昨日エルメルアに褒められたからか髪を下ろしている。

 リズラは隣に座って、リグレットが纏めているものを眺める。


「どうした? 何か不備でもあったか?」

「いえ、別に。……ただ大変そうだなって」

「そりゃ……姫にわかりやすくしないとだな」


 エルメルアに会議の内容をそのまま渡しても、結局どういう方針なのかはわかりにくいだろうし、読むのに時間をかけさせたくない。姫には姫の時間がある。


「それもそうですけど。内容、ですよ」

「…………」

「それが最善だとしても、それを実行するには姫様に負担がありすぎる。……ですよね」


 先程から悩んでいた理由、それをばっさりと言い当てるリズラ。リグレットは瞼を伏せて顔を背ける。


 結局どの案も、エルメルアの恩恵(ソフィア)を酷使してしまうのだ。恩恵(ソフィア)は少なからず保有者(オラシア)に負担をかけるし、それにエルメルアはまだ未熟だと言っていた。未熟な力を無理に使わせればどうなるか……特に恩恵(ソフィア)は未知の力だ、暴走すれば何が起きるかわからない。


「だが実際、9人のみの騎士団でノワールに対抗するのには、姫の力無しでは限界がある」

「……できるとすれば、国民を兵士にするくらいしか」

「それは認められない。それにそもそも、残り9日で実戦レベルまで持っていくのは無理だ」


 リズラもそれをわかって言っている。

 元々ブランは争うよりも平和的な解決を望んできた国だ、9日という短い期間では剣を振ることくらいしかできないだろう。


「姫様に心配させないよう大丈夫と言うには、無理がある状態ですからね」

「ああ……あの大軍に9人というのは少しな」

「ですが、大軍とはいえ国民が兵士ならば一人一人は弱いのでは? 全員が訓練されているようには見えませんが」

「塵が積もればってやつだ。数で来られれば流石にな」


 確かにノワールの兵士は並の人よりは強いとはいえ、リグレット達のような騎士団に比べれば圧倒的に弱い。だからこそ、その実力差を数で埋めているのだ。


 これがリグレットを悩ませている原因だ。そこそこ強いからこそ群れて来ると、こちらも1人で対応するのが厳しくなる。だからこそ来る場所と軍隊の人数をエルメルアの力で予感してもらう……という作戦なのだが、やはり無理がある。


「悩んでいても仕方ない、とりあえず姫に報告しに行くからリズラも来てくれ」


 下手に纏めてしまえば、いずれはボロが出る。そうなるなら、無理をしない前提でエルメルアの考えも聞いた方がいい。そう考えたリグレットは、立ち上がって準備をする。


「いえ、別に構わないんですけど。どうして私まで?」

「……今日は顔を見ていないから、もしかしたら二度寝されたかもしれない」

「……寝顔見られます?」

「それはわからないが、着替えている可能性もあるからな」


 寝顔が見れるかもしれないという事で、興奮し始めたリズラを軽く叩いて、部屋を出る。


「……あまり姫を困らせるなよ」

「いやでも、エルメルアちゃんの寝顔とか絶対可愛い……」


 リズラは可愛いものが大好きで、エルメルアもその可愛いものの対象になっている。別に変な事ではないのだが、リズラの場合は歯止めが効かなくなるのだ。姫のことはちゃん付けで呼び始めるし、スキンシップも多くなる。本当に姫が困っていないか心配だ。




 エルメルアの部屋の前について、リグレットはいつものようにドアをノックする。


「姫? いらっしゃいますか」


 ……反応はない。再度声をかけてみるが、結果は変わらない。時間は昼を少し過ぎた頃だが、昨日は書庫で調べ物をすると言っていたから、それで疲れているのかもしれない。


「リズラ、頼んだ。様子を見るだけでいい」

「はいはーい」


 軽快な足取りで部屋に入っていくリズラを見送って、リグレットは壁にもたれかかる。

 だいたい姫は部屋にいるし、どこか行くとしても何かしら一言伝えてくるので、部屋を出ているということは無いだろう。


 そう考えていると、突然部屋の中からドタンッ! という音が聞こえる。想像はしたくないが、姫に何かあったのか? 咄嗟にドアに手をかけ、部屋に入る。


「リズラ、どうした!?」


 部屋にへたりと座っているリズラに問いかける。

 しかし部屋の中が荒らされている様子も無いし、特におかしい所も何も無い。


「あー……だんちょ……ごめん。姫様が可愛すぎて腰抜けちゃって……」

「は…………?」

 

 予想外の返答に間抜けな返事をしてしまう。弱々しくリズラが指を指しているので、その方向を見る。


「ん…………ぅ……」


 そこには先程の騒ぎに反応するように声を漏らすエルメルアの姿があり、その目は閉じている。

 ひとしきり唸ったあと、再びすーすーと寝息を立てる。


 なるほど。確かにこれは危険だ。一目見ただけでわかる。

 リグレットはエルメルアの寝顔を見たことがないという訳では無い。しかし今回のエルメルアはクッションをぎゅっと抱きしめていて、普段よりもあどけなさが全面的に出ているし、見ていると自然と頭を撫でたくなる気分にさせる。


「……まぁ、姫も寝ているから要件は後でも」

「撫でたくなったなら撫でればいいんじゃないですか?」


 リグレットが伸ばしかけた手を引っ込めるのを見たのか、リズラはニマニマと笑っている。腰が抜けて動けないはずなのに、どこか余裕がある、そんな態度だ。


「……まさかリズラお前」

「んー? なんですか団長?」

「それは……演技か?」

「何がです?」

「……腰が抜けたっていうのは」


 暫く考えるフリをした後、やがてもう意味が無いと思ったのか。ぺろっと舌を出す……いわゆるかわいこぶるようなポーズをとってリグレットを見る。嫌な予感がする。


「嘘ですっ!」

「ふっざけんなっ!」


 渾身の告白と同時に脱兎のごとく逃げるリズラを追うが、あと1歩という所でドアを閉められたので速度を緩める。


「別にいいじゃないですか、姫様可愛いですから頭撫でてあげるぐらい」

「あのなあ……確かに思ったがしたいとまでは……」

「嘘つけ嘘つけ、本当はしたくてたまらないんだろー?」


 リズラのテンションにため息を零す。ドアをガチャガチャとしてみるが開く気配はない。魔術で外側から鍵でもかけたのだろうか。


「あんまり大きい音出すと姫様起きちゃいますよ?」

「わかってるなら、鍵をだな」

「頭を撫でてあげるなら開けます」


 強情なやつだ。再度リグレットはため息をつく。

 しばらく待っていれば諦めて鍵を開けるだろうと、ベッドの傍にある椅子に座る。


「…………んぅ……んー……リグ……レット……?」


 ほんの僅かに声が聞こえる。まさかとは思い、恐る恐るその声のした方向を向く。目が合った。その瞳は眠たそうにとろんとしており、時折目を擦っている。


「ええと姫、すみません。騒がしくしてしまって……」

「ん…………」


 別に構わない、という意味だろうか。じーっと見つめてくる眠たげな瞳からは、いまいち意図が読み取りにくい。


「……リグレット。こっち、来て」

「は、はぁ……」


 言われた通りにエルメルアの傍に行く。お叱りである事を覚悟して跪くと、エルメルアはゆっくりと首を振る。どうやら違うらしい。エルメルアはゆっくりと足をベッドから出して、ベッドの端で座る。そして徐ろにぽんぽんとエルメルアの隣にある空いている場所を叩く。


「ここに、座って」


 眠いからなのか、それとも怒っているからなのか、いつもより声が低い。そんなエルメルアにじっと見られ、躊躇いながら叩いている場所に座る。


「えーっと、姫……? ここでよろしいのですか?」


 様子を伺うと、満足そうにしていたので、この行動で正解なのだろう。ほっと息をついていると、ふんわりとフローラルな良い香りが鼻腔をくすぐる。この香りには覚えがある、確か……。そう考え始めた時、肩に違和感を覚える。

 まさかとは思う。偶然にも肩が重いという違和感と、香りがする方向は同じだ。ちらりと横目で肩を見る。

 その予想は当たった。リグレットの肩に、エルメルアがちょこんと頭を乗せて、もたれかかっている。


 ……これは完全に寝ぼけている。普段ならこうして肩に頬ずるようにぐりぐりしてこないし、そもそも肩に乗せることもしない。だからこれは寝ぼけて何かと勘違いしているのだ。


 不幸か幸いか、それは長くは続かなかった。途中で動きが止まり、肩に感じていた重さとほんのりとした温かさが離れる。

 ちらっとエルメルアを見ると、状況を理解出来ていないようで、瞬きを繰り返して硬直している。


「…………あの。リグレット」


 しばらくして、エルメルアは頬を少し赤くして申し訳なさそうな顔でこちらを見る。


「あの、その。寝ぼけてて……ごめんなさい」

「いえ、姫は気にしなくて大丈夫ですよ。むしろこちらこそ眠られていたのに起こしてしまって……」


 その後に幾度かやりとりをして、エルメルアはもじもじとリグレットの様子を伺い始める。


「姫、どうかしました?」

「あっ、いえ、その…………」


 目を泳がせて、明らかに動揺するエルメルア。

 そしてしばらく沈黙してから、意を決したようにリグレットを見つめる。


「あのっ! リグレットは、明日……暇、ですか?」

「ええ、特に用事は無いですが」

「それなら、私と……少しお出かけ、しませんか?」

「大丈夫ですよ」


 明日は騎士団の仕事も何も無いので承諾をすると、エルメルアはぱぁーっと花を咲かせたように笑顔になる。見るだけでこちらも笑顔になるような表情だ。


「では明日の昼頃、私がリグレットの部屋に行くので準備しておいてくださいね」

「わかりました、昼頃ですね」

「はい! ……それと今日の騎士団で纏めた事も明日聞かせてもらってもいいですか?」

「……? 構いませんが」


 何故明日……? 少し気になったが、これは明日のお出かけというのが何か関係しているのだろう。エルメルアがこうやって先延ばしにする時は、だいたい決まってそうなのだ。


「それじゃあ、その、着替えるので後ろ向いてもらってもいいですか?」

「……後ろ向くよりも部屋を出た方がよろしいのでは?」


 エルメルアの今の寝間着はゆるっとしたスウェットにカボチャパンツといった可愛らしい格好だ。

 確かに部屋はまあまあ広いので隠れて着替えることは可能だろうが、それでも意識はしてしまう。着替えると言われたら尚更だ。それなら部屋を出てリズラと話している方が気は紛れる。


「えっと、じゃあ外で待ってますから」


 少しだけエルメルアが残念そうな顔をしていた気もするが、それを見ないように早めに部屋を出る。


「……リグレットに好きな服、選んでほしかったな」


 エルメルアが小声で零した言葉は、リグレットのドアを開く音でかき消されたのだった。




「頭を撫でるよりも刺激的なことしてたねー」

「……どこから見てた?」

「秘密ー。それでー? 明日は姫様とデートか」


 部屋を出るとニマニマと笑っているリズラが囃し立ててくる。こういう所さえ無ければ優秀だと言うのに……とリグレットはため息をつく。


「あのな、デートじゃなくて姫の頼み事だぞ」

「でもお出かけなんて、デートじゃん? …………あ、姫様おはようございます」

 

 確かにデートだとは思うが、頭の中で否定する。あくまで自分は従者なのだと。頭の中にそう言い聞かせていると、エルメルアが着替え終わって部屋から出てきた。


「じゃあお昼ご飯食べに行こー!」


 そう言ってリズラは楽しそうに歩きだす。そんな後ろ姿をエルメルアは不思議そうに見つめて、リグレットは呆れたように肩を竦めて、2人はリズラの後に続いて歩いていくのだった。

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