プロローグ──侵食する、影
「災厄から3年後……全ての国がほとんど元通りになりました…………っと。3年でよくここまで頑張ったねぇ、すぐまた壊れちゃうかもだけど」
双眼鏡を見るようなポーズで黒髪赤目の少女は呟く。そして背中合わせに座っている男性の目の前に回りこんで、花が咲いたように笑う。
「親分! 喜ぶ姿がまるで蟻ですよ! 見てみません?」
「………………」
「災厄が終わった! もう来ることはない! ってわーきゃー騒いでるの、本当に馬鹿みたいで面白いですよ! まぁ災厄はまだ終わってないっていうことに気づいてない方が面白いですけどね!」
にこにこと笑っている少女とは対照的に、座っている男性は顔色を変えずに少女を一瞥するが、何も話さない。
「親分? おやぶーん、おーやーぶーん!」
「……聞こえてっから離れろ鬱陶しい」
「あー!!!!! 鬱陶しいって言ったー!! お菓子くれないなら許さないからね! 絶対だからね!」
冷たい対応にぶーぶーと文句を言いながら、少女は再度先程まで見ていた場所を睨む。
それは、真っ白に染まった外壁が目立つ城。
泥でも投げつけて汚してやりたいほど、綺麗な白。
その中で嬉しそうに、楽しそうに人が蠢いている。
今すぐ壊して、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。
そんな妬ましい感情から逃げるように少女は男性へと視線を戻す。
「まぁ、あれだけ平和ボケしてれば、そりゃあラクショーですけど、もしかしたら痛い目見るかもですよ? なんてったって今見てる場所、あのブランですし」
少女が言った事に対して、男性は鼻で笑う。
「そりャァ……ないな。『万象』のいねェブランなんて、俺らの相手にすらならない。そもそも、今は創始者達も満足に動ける状況じゃない。面倒な『幻惑』も殺したしな」
忌々しい右腕を見ながら、男性は呟く。
13年前の創始者達との戦いで様々な犠牲を払ったが、それは向こうも同じ。様子見の災厄でこの被害だとすると、やはり創始者達は満足に動ける体ではないだろう。
もしも動けているなら、この程度の災厄なら未然に防がれていたはずだからだ。
邪魔できるものは先に消しておいた。もう計画を邪魔できるのは誰もいない。そんな状況であることを再確認して、男性は声量を上げていく。
「ハハッ……!仲間想いが祟ったな『万象』……!貴様の愛した世界が崩されていくのを指を咥えて見ていろ……ッ!」
「おやぶーん、あのー……朝ですし、大きい声出すとバレるっていうかー」
少女に指摘されて男性は罰が悪そうにそっぽを向く。
「主様……とっても素敵でしたよ」
そっぽを向いた先……男性達のいる場所よりも暗く、何も無い影から音もなく女性が現れる。そして男性に向かって一礼。
「……どうだ、上手くいきそうか?」
「ええ……数週間後には……ありもしない噂を信じ込み、愚かな者達の醜い争いを、特等席で見られるかと……」
「そりャいいな」
報告を受け、男性は口角を釣り上げる。
「ほーんと、誰が災厄を引き起こしたのかわからないまま、意味の無い争いで死んじゃうかもしれないなんてかわいそーにねー、同情しないけど!」
少女の発言に、一同は笑う。
「まァ……せいぜい今は平和ボケして楽しんでな……これから始まる地獄の前の、俺らからの餞別だ」
「親分やっさしー!!」
「一時の幸せを与えるその寛大な心……本当に主様は素敵です……」
これから起きることを何も知らない世界。
幸せそうにしている奴、楽しそうに笑っている奴。
そんな奴らを、絶望の淵に叩き落とす。
「「「ほんっと…………最高」」」
偶然にも言葉が合い、3人は息を揃えて大きく笑う。そして目を合わせる。
「いつものアレ、やっちゃいますか」
「くすくす……いいですよぉ?」
「ノってやるよ。気分いいからな」
全員の同意を確認して、少女は小さく「せーのっ」と呟く。
「「「既に運命は、俺らの影に堕ちた」」」
「「「さぁ、始めよう。最悪な物語を」」」
災厄だけにね、と少女が付け足せば。
それはダセェ、と男性は笑う。
そうして、3人は影に溶けていった。
パレンティア大陸に再び危機が迫ろうとしている。
そんなことは知る余裕もない、とでも言っているように白の装飾が目立つ国……ブランでは、新たな王の誕生を迎えるために、忙しなく人が移動している。
その様子を白の少女が眺めている。
王城のどこよりも豪華な窓の中から。
まさか自分が世界の命運を担うとも知らずに…………。
色が混ざるのは……闘争か、共存か。
そして、その果ては何色になるのか。
これは運命に抗う少女達の物語。