私だけの英雄
いつの時代にも『英雄』とは存在する。
武勇の誉れ、政の才。
時代の中で輝きを放ち、その『英雄』は名を残す。
『英雄』に憧れ、『英雄』を夢見、努力を重ねても、誰でも『英雄』になれる訳ではない。
選ばれたほんの一握りの人にだけ与えられる頂。
でも……。
名を残した人だけが偉い訳ではない。
名を残した人だけが凄い訳ではない。
誰もが“ひとり”で英雄になれる訳ではない。
「……きっと、きっと武勲をたてる。そして、君に似合う物をたくさん抱えて戻ってくると約束する」
「あなた……」
「……ひとりにして、ごめん」
「招集命令じゃ、仕方ないよ」
「必ず、必ず帰る」
「うん、待ってる……気を付けて、私の大切な旦那様」
隣国が豊かな領土を求め、この国に攻め入ってきた。
戦場が日に日に私の住む王都へ近付いて来た為、農作を主とする農民すらも戦地に招集される。
愛する人を奪われ、貴重な男手を奪われ、それでも私達は必死に全てを支える為に畑を手入れし、国を支える。
届く便りに一喜一憂しながら、私達は必死に生きる。
「勝った! 勝ったよ! 隣国の軍を敗走させたって!」
「……彼は?」
「間もなく、戦地から戻ってくる筈だよ」
「無事、ですか……?」
私は知っている。
どんなに頑張っても、報われない人が居る事を。
どんなに願っても、叶わない願いがある事を。
「あなた……お帰り」
「……ごめん。約束、守れなかった」
「そんな事、どうでも良いよ」
「どうでも良くない!」
「ううん。本当に、どうでも良いの」
夢見た事に手が届かず、あなたは嘆くけれど。
約束を果たせなかったと、あなたは悔しがるけれど。
「私の願いは、いつだって、ひとつだけ」
王都の中央にある広場の方では戦勝の宴が繰り広げられている。
そこでは、隣国の司令官を討ち取った人が『英雄だ』ともてはやされていた。
あの人の事を……知っている。
あなたの兄で、私の義兄。
あなたの事を顧みず、自分の生きたいように生き、騎士となった人。
騎士となり、出世し。だからこそ自分は凄いのだと、あなたに対して傲岸不遜に接していた人。
あなたにプロポーズされて、承諾して。幸せいっぱいの私に。
「お前は、あいつなんかではなく、おれの妻になれ」
無理矢理連れて行こうとする手を必死で払い、私が駆け寄ったのはあなた。
それが気に入らないと、あの人はあなたに私を渡せと言うけれど。
「ふざけるなっ!」
私の為にあなたは、あの人に逆らってくれた。
だから、私は間違っていないのだと、確信できた。
――私の幸せは、あなただけ。
戦場に向かうあなたの背を見送りながら願ったのは。
“あなたが生きて帰って来ますように”
ただ、それだけなの。
中央広場の喧騒が増す。
でも、そんな事、私にはどうでも良いの。
「あなたが生きて、私の傍に居る。それだけで、十分なの」
それがどんなに幸せな事か――分かりますか?
「ああ……そうか、そう、だな……」
あなたが笑ってくれる。
「ただいま」
ようやく、その言葉をくれた。
だから私も、心から返す。
「お帰りなさい。――私だけの、英雄」