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木造がらくたアトリウムとここだけのぼく

作者: 小城りょう

 ぼくが見つけたこの場所。言ってしまえば秘密基地。

 古い家がおしくら饅頭の様に立ち並ぶこのぼろぼろの街。いや町。二階や三階を歩けばまるでそれが楽器か何か――それも聞いた事もない山奥の民族の楽器みたいな――そんな風に思ってしまうような奇妙な音を立てる。

 路地は迷路できっとこの街に住むぼくら子供がガイドをしてあげなければたとえ郵便屋さんだって出られなくなってもおかしくはない。

 そう。ここだ。ここがぼくたちの町。あくせく朝になると出て行く大人たちに変わって今ここはぼくたちが支配している。

 大人たちの決めた街と重なるようにここにこうしてぼくたちの町がある。

 そしてここ。酒屋の倉庫と油絵の具が臭い家、その間にあるちょっとした隙間にあるここがこの町でただ一人ぼくだけが知ってる秘密基地だ。

 ここを見つけたのはもう二週間も前のことだ。

 笹薮の獣道や塀や壁の隙間を見つけるのは得意なつもりではいたけど、ここはさすがに気がつかなかった。あまりに盲点。だから本当にぼくしか知らない。入るには少しばかりコツがいるから。

 酒屋のおじさんの目を盗んでビール箱の山の隙間を抜けなければいけない。抜かりのない門番と毎日変化する山の間の谷を縫う。それは結構、秘密基地一つ為には割に合わない事かもしれない。

 だけど、それくらいがちょうどいい。この街でもこの町でもただ一人ここを問題なく通り過ぎる事ができるぼくには本当にちょうどいい。だって、ぼくにはきっと特別な力があってそれでおじさんの気づかない瞬間をいとも簡単に見つけることが出来るんだから。

 だからこそぼくはここをぼくにとって何よりも特別な場所にする事に決める事が出来た。

 ここは昼過ぎ少し経った頃に隙間の空間とは思えない事が起こるんだ。あれだけくっついてどうしてケンカしないのか不思議などんぐりと栗の木。その少し寂しい葉の間を縫ってやってくるのは太陽のメッセージ。本当に短い時間だけどここは明るく照らされる。

 それはミミズもワラジムシも遠慮しなきゃならないほど。ただ、何かの間違いでここに住み着く事になったタンポポには最高なひと時ではあると思う。

 ぼくがここを秘密基地、それは誰かと一緒に内緒にすることじゃなくて今のところは完全にぼくだけの秘密にするための基地にしたのにはそれなりの意味がある。

 ああそうだ。ぼくだけのっていうのはちょっと語弊がある。ぼくだけは「人間では」ぼくだけっていう意味だ。ここには時々お客が来る。それは三毛猫。ぼくを見るなりやたらと足を摺り寄せてくるそんな寂しがりやの猫だ。

 彼女にはこれから大事な仕事をしてもらうわけだから、本当はぼくだけの場所にしたいところを我慢している。どうせ、猫は言葉を話したりはしない。だから、何かを内緒にするにはちょうどいいかもしれない。それに他の猫が来たためしがないところを見ると結構、猫の世界でも口が堅い方らしい。

 ぼくはこのあいだ銭湯の裏に捨ててあったのを運んできた、風呂用椅子をいくつにも重ねる。これは脚立の代わりだ。ぼくは作業を始める。二週間前にこの場所を見つけて以来、延々と続けている地道な作業だ。重ねてぐらつくようになった椅子に恐れつつもぼくは塀と壁の隙間に手をかけるそう、こうして一つ一つ、この狭い空間を飾り付けていく。

 和紙の造花は倉庫の壁に、捨てたあったちゃぶ台は工務店からくすねた木材で高くしてテーブルに、廃品回収を免れた雑誌の写真は絵画の代わり。

 色んなものだけど、必要なものだけをここに運んで飾り付けていく。殺風景、それこそ猫と虫、コケ、そのくらいしかありそうも無いだれにも気づかれないこの空間は少しずつぼく色に塗り替えられていく。

 太陽が本気になる時間以外でも光はここには入って来やすい。だから、コケや光を嫌う虫達もじつはここにはあまりいない。だから、飾り付けてもキレイに照らされてくれるんだ。

 光が迷い込む。そんな感じかもしれない。これがぼくが思うぼくだけの場所だ。そう、町の中にこっそりと現れた中庭。それがここ。ここはそれ。

 ここで求めるものの仕上げはこれまでのどんなものを作るよりも大変な事だ。地面や壁への飾りつけはなんだって出来る。高さが足りなくても目は普段向いている方向を向いている。

 だけど、ここに屋根を作るとなると話は別だ。目は上。それも真上。普段見たりしない方向だから。それに目が頼りにするといえば光だけどそれがやって来る方向だから眩しさとの戦いになるしかない。それにぐらつきに注意を払う事ができないのも恐ろしい事だ。だけど、ここができないとぼくの中庭は完成しない。そしてここがなければぼくはすごく困ってしまう。

 今祈るべき事はぼく以外で唯一ここを知る三毛がイタズラ心を働かせてしまわないかどうか。それこそが気がかり。もし、ここで椅子から転げ落ちて頭を打とうものなら目が覚めるまで誰にも気がついてもらえないなんて事になりかねない。

 だから、余計に作業が進まないんだ。だから困るわけで。

 そして、今日でこの作業を終わらせなければいけない。そう、これはぼくが好きにいられるためのミッションだ。そう、ここはぼくがどんな事があろうと自由でいられる場所にするわけだから。

 あと少しその為には目の頼りがなくなる頃までにこの仕事を完了させる必要がある。すごく重要な事だ。

 この青のガラスが青に見えなくなるまで。そう、黒みたいに見えるまで。つまりは日差しが赤く染まるまでだ。

 それを超えれば暗くて何もできやしないし、それに出る事も一苦労だ。閉店の頃になると酒屋のおじさんがビール箱を出口に置きに来るんだ。そこにハチ合わせたら大変な事になるわけだから。まだ日が高いからなんて安心してられる場合じゃない。そう。時間との戦いに負けようものならそこでこの中庭の終わりだって意味してしまうんだ。

 この中庭が完成して、ぼくの目的を達成した時にはもう一つの道が出来るはずなんだけど、それまでは本当にまずい事この上ない。

 ぼくはうっかり集めた部品を壊してしまわないように、これまで作った部分も壊してしまわないように、本当に気をつけながら作業を進めていく。

 三毛が手伝ってくれたらいいんだけど、それは高望みでしかない。当たり前、そんな事望んだところで虚しくなるだけなわけで。

 頑張れ。そうだ、頑張らないと計画はだめになる。上手くいく保証なんてないけど、ここが完成しない事には何にもならない。だからもうやりきるしかない。

 日付は明日。だから完成締め切りは今日までだ。


 日付は今日。窓に挟まっていたポストカード。風変わりな地図にあたしの名前。何なのか、でも筆跡には見覚えがある。あの子。そう、きっとあの子。

 あの子はいつだって変わり者だけど、今度は何をしてくれる事やら。

 不安半分期待半分。あたしは地図で書かれた場所に向かう事にした。だけど、行く為の道はなんだか危なさそう。屋根伝い。父さんに見つかったら大目玉は確定に違いないわ。

 普段からただでさえ「お前は女の子なんだから」とかかんとか言われてうんざりしているから、そこに重ねて屋根を歩こうものだったらどうなることやら。

 だけど、ポストカードには誰にも見つからない道だって書いてある。そんな上手い話があるわけない。

 とはいえ、信じる事しかない。さぁ、行ってみよう。こうして窓を出たら家の屋根から敷地の中の倉庫の屋根へ。すると倉庫の屋根からお隣さんの塀を歩くことができる。

 一歩一歩進めていくと塀の窓みたいな隙間に足をかけて降りる事が出来る事に気がついた。道に不安になってポストカードを見るとその事も書いてあった。あの子がどうやって知ったのかは謎だけど。そして、狭い隙間をとぼとぼ歩く。足元に虫がいないかちょっぴり怖がりながら。

 すると、目の前に信じられない光景が広がっていた。

 木漏れ日の差すアトリウム。それはまるで遠い西の島国の屋敷の庭にあるような。そして、木漏れ日はカラフルに色づく。上を見上げるとステンドグラス。

 なんなんだろう、ここは?

 あたしが息を飲んでいると足に三毛猫が頭を摺り寄せる。そしてごろごろ鳴く。ウサギの代わりでもあるまいにあたしを案内してくれるらしい。

 色とりどりに照らされた地面と壁一面の花。それを進んだ角の向こうにはテーブル、ティーポッド。

 あたしと同じく照らされたテーブルの向こうの手は優雅にカップにお茶を注ぐ。香りが紅茶じゃないのはとりあえず許してあげるとして、でも、あたしにはあの子が違う誰かに見えていた。


 ぼくが普段はどうかなんて気にしないでくれると嬉しい。招待状を信じてくれた君がここに来てくれたことに感謝を込めて、このお茶を飲む事にしよう。そう誘う為の合図をする。

 ぼくはどうしたって王子になんかなれないけれど、それでいいだろ?

 ここにいる間は君もそう認めてくれる。目の奥にそんなメッセージが書いてるよ。

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