パスタdeダンス
「描写力アップ企画」のヒトリ場外乱闘
いきなり書いた。
だって、茹で上がるまでの時間って勿体なくない?
夜六時。さっさと夕飯の用意にかかろう。本日母さんは残業だって。月末だからしかたないよね。
沸騰した鍋の中へ、パスタが丸く広がるように入れてタイマーを八分にセット。ぼくはキッチンからリモコンでDVDデッキを操作する。
湧き上がる大きな泡で、しんなりしたパスタを鍋の中へ箸で崩す。あらかじめ皿に開けてラップをかけたレトルトのミートソースをレンジに入れてこっちは三分。
そうこうしているうちに、再生を始めたDVDから軽快な前奏が聞こえてくる。
さあ、八分間のオンステージが始まる。箸を調理台に置いたら、キッチンとバスルーム前の狭いスペースから真正面にあるリビングのテレビを見る。
ズンタタ、ズンタタ、ズンタタタン。
直立姿勢でリズムにあわせて画面の中の三人の芸人と一緒に踵を上げ下ろし。
ねぼけたような歌声に、簡単な振り付け、作り付けの戸棚やキッチンテーブルに体をぶつけないように動かす。走るときみたいな腕のふり、体は横向き、でも顔は前を向いたまま。
ズンタズンタ、タタタタタン!
ももを上げて片足立ち、最後にくるっとターンするときにグラつかないよう爪先に意識を集中!
じゃーん! バンザイのポーズ。
ほっ、上出来だ。
同級生には見せられないけど、見せるわけじゃないからいいんだよ。男子高校生が踊っても。
すぐ二曲目。
今度はステップだけの踊り。外国の女の子が出てきて金色の髪を揺らしながら、ぴょんぴょん跳ねる。にっこり余裕のほほえみで、足をきびきびと、あくまで軽く。ドタバタ響くと、また下のお兄さんに怒られる。
スキップ、スキップ、右左右左ちょんちょんちょん。素早く素早く、歌に遅れないように。
足に気をとられていると、よけいに腕を振り回して戸棚の取っ手に指をぶつけて、ぎゃってなる。
じんじんする指を口にくわえていると、レンジから出来上がりの音が鳴る。
ステップ、前まえ後ろ後ろ。
まずい、換気扇をつけ忘れた。鍋からの湯気でキッチンが曇っていく。
父さんもよくやっていた失敗、血は争えない! でもこのまま続行だ。だってこれは、ぼくが小学生だったとき、寝起きの悪いぼくのために、父さんが作ってくれた特別なDVDだから。朝の五分番組からダンスのところだけ集めたやつ。
三曲目のダンスはランドセルを背負った女の子と通勤鞄を持ったお父さんとで、同じ動きをするごく簡単なダンス。
ぼくには簡単だったけど、父さんには難しいらしくて失敗しては照れ笑いしていた。
朝、父さんと出かけるときに前に住んでいたマンションのところの並木道でよく真似して踊った。
ぼくが大声で歌ったりしたけど、父さんは恥ずかしがらずにニコニコしていた。
女の子の切れのある動き、そのお父さんのぎこちなくも一生懸命のダンス、目線を交わしてはにかむ二人。
ぼくと父さんも、そんな感じだったな。
踊っているといつも思い出すのは、父さんの言葉。
な、ヒロキ。踊るように楽しい人生はいいな。手つかずの一日を、また神様からいただけた。踊ろう、歌おう、ヒロキ。
と、タイマーの音が響く。
最後の歌のイントロを聞きながら、茹であがったパスタを笊にあげてお湯を切る。
歌に合わせて口ずさむ。ドイツのおまじないの歌なんだってさ。
湯気の上がるパスタをレンジで温めたミートソースへいれて箸でかき混ぜちゃうぞ。
さてと、フォークと粉チーズとタバスコをもってリビングへ。
歌はもう終わるところ、ごくふつうのおじさん、おばさんが並んで踊る最後のメロディー。
--きっときっと大丈夫……
歌おう、踊ろう、パスタを茹でる間だけでも。神様からいただいた一日の締めくくりに。
歌いながら、粉チーズはたっぷりかける。父さんの真似をして。
「いただきます」
リビングの小さなフレームに収まった父さんへ手を合わせた。
某Eテレの某番組のアレですね。
踊ろう、歌おう、楽しもう。人生は短い。