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魔獣と人

 グランドウルフの子どもたちを襲ったのは、まだ幼い三人の冒険者たちだった。


「もしかして……魔物屋?」

「助かった、のか?」

 

 グランドウルフがなかなか襲いかかってこないことで落ち着きを取り戻したのか、ようやく彼らにも俺の姿が目に入ったようだ。

 それにしても、不本意なあだ名だな …… 。

 

「俺は魔物屋じゃなく、ペットショップの店長だよ」

「ひっ …… すみませんでした …… まさか貴方の商品だったなんて …… 」

「どうすんだよ …… 弁償なんかできる額じゃないし」

「そういう問題でもないだろ …… 」

 

 勘違いした様子の三人は、あらぬ方向に怯え始める。

 

「アツシさんがこの世界でどんなイメージなのかわかりました」

「誤解だからな!?」

 

 ほのかとの距離が、心なしか少し離れた気もする。

 風評被害が広がる前に話をつけるとしよう。

 

「咆哮があったんだ。親が近くにいるのは分かっていただろ?」

 

 爆発音があってからの咆哮だった。おそらくその時点では冒険者側が優勢か、すでに勝負がついていたんだろう。それにしたって、勝てない敵がやってくるのがわかっていてその場に留まるのは、冒険者としては愚か過ぎた。

 

「 …… 」

 

 三人は目を見合わせて何も言えなくなる。

 

「欲に目がくらんだ結果、取り返しのつかない失敗をしたな」

 

 怯え続ける三人。扱いに困る …… 。

 三人ともまだ若い。幼い顔立ちのほのかより年下であることがはっきりわかる。12歳から15歳程度だろう。冒険者に憧れ、少しずつ仕事を始めていく年齢だ。そんな子供を三人も震え上がらせている大人 …… 。絵面としては最悪だな。

 

「お前らのやったことは、冒険者としては間違いじゃない」

 

 終始怯えていた三人の表情が変わる。

 

「俺だって冒険者だ。魔獣を殺して収入を得ることなんて、いくらでもある」

 

 こうしてテイムした魔獣たちだって、突き詰めれば収入のための商品でしかない。それを責める権利は俺にはない。

 

「だが、お前らは冒険者として“失敗”した。俺がいなければ、死んでたぞ?」

 

 三人が隣に立つグランドウルフの姿を見て、再び顔を青くした。

 グランドウルフは俺との契約があるからこそ抑えられているが、これが野生であれば、彼らを許すことなどありえない。もちろんその場合、幼いグランドウルフたちが犠牲になることもなかったかもしれないが……。きっかけは間違いなく俺だ。

 俺に、彼らを責める権利はないか……。


「すみませんでした……」


 三人のうちひとり、最後にナイフを投げた子が、改めて頭を下げる。


「すいませんでした!」


 慌てて二人がそれに続く。

 よくよく見てみると最初に声を出した子だけは、女の子だった。


「次もこんな幸運に恵まれると思わない方がいい。欲に溺れた冒険者は早死にするんだ。覚えとけよ」

「はい!」


 これ以上、彼らを引きとめておくのはお互いのためによくないだろう。


「もう……行け」

「すみませんでした!」


 三人は不安そうに顔を見合わせた後、再び頭を下げた後、慌ただしくこの場を離れた。目の前のグランドウルフに怯えながら。





「さてと」

 

 グランドウルフに向かい合う。

 

「俺はお前の憎むべき人間を許した」

 

 彼女は静かに、ただ静かに俺の前に立ち続ける。

 

「お前は俺を、許さないだろう?」

 

 今はまだ、契約に縛られた彼女は、その力を俺にぶつけることはできない。

 

「残念だが、俺も人間を殺すことを見過ごすことはできないし、もちろん俺が死んでやるわけにもいかない」

 

 グランドウルフがどんなに人間を憎んでも、俺の目の前でその痛みを、怒りを、発散する術はない。

 初めに一瞬で勝負をつけられたマジックモニターを始め、グランドウルフでは勝てない相手が、俺のテイムする魔獣たちには数多く存在する。今も隣に控えるハクがいるからこそ、何もできないんだろう。

 ある意味俺の縄張りである冒険者の生活区域や、そこに程近い森の中では、復讐を果たすこともできないだろう。

 

「ほのか、肉はまだあるな?」

「え?はい。まだまだあります!」

 

 予備も含めてかなりの量を持ってきている。

 革袋はマジックアイテムだ。ここに入れておけば、冷凍しておくのと大差ないほどの保存がきく。

 

「全部、彼女たちに」

 

 何か思うところがあるような顔をしたが、言葉にはしなかった。黙って革袋に残っていた肉をすべて、グランドウルフの二匹の足元へ置く。

 

「食わないか……」

 

 これが、今の彼女と俺の距離なんだろう。

 取り返しのつかない失敗をした“人間”と、人間を憎まざるをえない傷を背負った“魔獣”。

 

「行こう」

 

 黙って背を向ける。

 契約の内容は破棄される。せめて一匹だけになったあの子どもだけでも、彼女の手で守りきってほしい。

 人間のエゴを押し付けたままの、一方的な別れだ。俺は彼女から大切なものを奪って、そのまま逃げていく。ハクがいる以上、俺に襲いかかってくるようなこともできない。

 



 はずだった。

 

「え?」

 

 飛びかかってくるグランドウルフを止める術など、俺にはない。

 驚いたほのかが慌てて駆け寄ってこようとするが、その動きは途中で止まる。頼みの綱のハクも、一瞬動きかけ、そこで止まった。

 なんだ?

 魔獣であるハクにとっても、今の光景は俺との決別を決意するほどのものだったのだろうか?


 すぐには衝撃はやってこない。ただ巨体が迫ってきただけだ。


「落ち着いて、目を見てあげてください」

 

 ほのかに言われてグランドウルフに目を向ける。

 

「その目が、アツシさんを恨んでいるものに、人間を憎んでいるものに見えますか?」


 魔獣に言葉はない。

 ただその表情を、“自分にとって都合のいいように”読み取るだけだ。だから、今彼女を見ても……。


「アツシさんは、悲観的に捕らえすぎです!もっとしっかり向き合ってあげてください!」


 ほのかの声に力がこもる。


「私にはアツシさんのようなすごいスキルも何もありませんが、今だけはアツシさんよりも、この子のことを分かってあげられてると断言できます!」

「そんなこと、どうしてわかるっていうんだ」


 思わずほのかを責めてしまう。


「この目を見て何も思えないなら、スキルなんて邪魔なだけです!どうしてこの状況でまだ、そんな悲しい顔をしてるんですか!」


 衝撃を受ける。ほのかの言葉が頭の中をぐるぐると回る。じわじわと、見えていた景色の色が変わっていく錯覚を覚えた。

 ああそうか。

 言葉のない彼らを理解するために頼っていたのは、“テイマー”のスキルではなく、長年の経験と、押し固められた常識でしかなかった。それらをすべて、意識的に排除してもう一度彼女を見つめる。

 

「お前……」


 “テイマー”のスキルに頼る必要もない。その表情は明らかに、悲しみを表現していた。俺の思っていたものと違う、悲しみを。

 

「その子が悲しかったことは、今の気持ちをアツシさんと共有できなかったことじゃないですか?」

 

 これも“テイマー”の力なのか?だとしたらこんな、感情まで捻じ曲げてしまうような力は、人の身に余るのではないか。

 一度ほのかの言葉に救われかけたものの、再び悲観的な考えが俺を支配する。許されてはいけない呪いを背負っている。こうして自分を責め続けることで、向き合いたくないものから逃げているだけの、弱い人間だ。

 そんな考えを見透かしたようにほのかが言葉を重ねる。

 

「私にはスキルのこととか、よくわかりませんけど、アツシさんがどれだけ真剣に動物と向き合っているのかは、たった一日の付き合いでも十分伝わってきました。 それが彼女に、伝わっていないはずはないです」

 

 本当にそうだろうか?

 この言葉に、甘えてしまっていいのだろうか?

 

「だって、彼女は契約したんでしょう?子供たちのことを伝えることもなく……。なら、それがグランドウルフという種族の持つ、誇りみたいなものだったっていうのは、私が都合よく考えすぎですか?」

 

 畳み掛けるようなほのかの言葉に、救いを求めていいのか?

 言葉の通じない魔獣の表情を、俺の都合で解釈してしまっていいのか?



 

 顔を上げる。そこにはまだ、手を伸ばせば届くところに、俺を憎んでいるはずの大きな魔獣がいた。泣きそうな顔で、不安そうな仕草をみせる彼女の、その大きな頭に、つい手を伸ばしてしまった。




 手を伸ばされた彼女は、安心したようにそのままもたれかかってきた。

 

 

「許してくれるのか?」


 言葉はない。ただ俺に頭をこすりつけた。

 そばにやってきたまだ幼い我が子を慈しむように一舐めしたあと、同じように俺の顔を舐める。

 気付けば零れていた涙をすくい取るように、彼女は優しく、俺の頬に触れた。

 

  人間と魔獣なんて枠組みを気にしていたのは、俺だけだったのかもしれない。

 

「泣き虫なんですね。アツシさんって」

 

 目を真っ赤に腫らした自分のことなど棚に上げて、ほのかにからかわれる。

 

「名前を、あげましょう」


 彼女の意思表示は完了した。

 契約とは違う。言葉を交わした約束でもない。

 人間と魔獣の本質的な触れ合いだけで、魔法よりも、スキルよりも、深い深い絆を確認する。

 なら、俺も応えなければいけない。


「ああ、そうだな」


 ほのかの言葉に対してだったか、“テイマー”の能力に頼り切って以来、忘れていた何かを取り戻したことに対するものか。

 口から洩れた言葉に、あとから思考がついていこうとするが、うやむやになったまま宙へと消えた。


「お前の名前は、しずくだ」


 真っすぐグランドウルフと向き合って、そう宣言した。

 しずく。二度と流さずに済むように。

 

「アツシさんにしては、いいネーミングですね!」

「だろ?」


 気に入ったのか、しずくも一層俺にすり寄ってきた。

 真似するように足元に生き残った子も頭をこすりつけてくる。


「お前にも名前をあげないとな」


 “テイマー”のスキルなどなくとも、この子が何を求めているかはわかる。

 俺としてもここでまた母親から離してしまうのは絶対に避けておきたかっただけに、この子の無垢さに救われた。


「この子の名前はどうするんですか?」


 グランドウルフの雌雄の見分けは一目瞭然だ。犬と同じだし、ほのかもその辺の知識はあるようだ。


「そうだな……ギンとか、どう思う?」

「また色シリーズなんですね」


 グランドウルフの毛並みは、しっかりとオオカミのイメージに沿った灰色と白の混じった色合いである。魔獣である彼らは魔法を使う時、全身の毛を逆立て、微量の光を帯びる。これがシルバーに輝いて見えるところが、彼らのあらゆる方面での価値を底上げしていた。

 その毛皮は、魔法を帯びればシルバーに光る。元々の高い耐久能力に加えたオプション。もちろん見た目だけのオプションではない。この光は空気中から集められた魔力であり、使用者の魔法を補助する役目も担っていた。故にグランドウルフの毛皮でつくられる装備は、鑑賞にも実用性にも優れた高級品になっている。


「シリーズとして統一されてるのも、よくないか?」

「まあ、この子は気に入ったみたいだし、いいんじゃないですか?」


 ほのかがギリギリ抱きかかえられるサイズの子どものグランドウルフ。持ちあげられてされるがままになっているが、持ちあげたと言ってもそのまま歩けば引きずるような状態。ほのかも移動するつもりはなく、そのままギンを揺すって遊んでいた。されるがままのギンも、楽しそうにはしゃいでいた。


「お前はまだ、“人間”に、付き合ってくれるんだな」


 隣に座ったしずくに問いかける。

 言葉はない。


「違いますよ。アツシさんに、付き合ってくれるんです」


 俺の言葉をほのかが訂正する。


 魔獣と人間という分け方自体が、驕った表現だったかもしれない。彼らだって一匹、一頭に、それ以前に種族ごとに、大きな違いがある。そんな中で、大まかなくくりで理解をし合おうとする姿勢自体が傲慢そのものだった。


 一歩一歩だ。

 まずは俺と彼らの間に、信頼を積み重ねていかないといけない。

 その上で、彼らとともに、信頼を積み重ねていけるような人物を増やしていく。


 この世界に来て以来、その日を生きるのに必死にあがいてきた。

 結果的に、気付けば冒険者でありながら、ペットショップを開いていた。そこまでは俺の意思だとしても、そこからはやっぱり、その日暮らしの慌ただしい毎日だったように思える。


 改めて思う。

 人と獣、この橋渡しとして機能出来るペットショップの経営を目指したい。

 この店をきっかけにして、人間と魔獣が、共に生きていけるような未来を、作っていきたい。

 今日初めて、この世界に目的ができた気がする。


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