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旧 ペットショップを異世界にて  作者: すかいふぁーむ
変化

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53/59

紛い物

「あれは……?!」


 ゲートの変化は始まってからが早かった。

 放電が収まると瞬く間に周囲を闇として取り込み、闇と一体化した何者かが、中で蠢く。


「何か……嫌な感じです……あれ」


 ゲートの中で蠢く何かは全貌が見えない。

 ただその何者かから、ほのかが感じ取れる程度には嫌な気配が漏れ出ていた。

 そして俺は、垣間見えるその姿に見覚えがあった。


「邪龍……?」

「確かに邪龍に見えるけど、まさかな……」


 ミトラが先に答えをだし、俺がそれに続く。

 まさかと言ったのには理由がある。


「邪龍……?」


 ほのかにとっては聞き覚えのない単語だ。


「何個も国を滅ぼして、その度に勇者に滅ぼされる、御伽噺のキャラクターだ」

「それって」

「俺たちの本来の感覚で言う、鬼や竜だな」


 こちらの世界ではどちらもいるためややこしい。

 例を足すか。


「あとはまぁ、ツチノコか?」

「居そうで居ないってことですね?」

「そうだな。まぁそもそも、龍も伝説上のキャラに近い」

「なるほど……」


 これもすでに本物と出会ってるせいでピンときづらいかもしれないけどな……。


「まぁどちらにしても、いるはずのない存在だ」

「でも、あれはその絵と、同じ」


 ミトラの言うとおりだった。

 居るはずがないのにそこにいる。

 この世界のことを思えば、実際に居たのか。という話で済ませてもいいのかもしれないが、今回はそうではない。そしてそれにこの場で気づいたのは、俺だけらしい。


「姿だけ、な」


 この世界ではメジャーな物語。俺たちの感覚で言えば幼少期に見ていた絵本と同じ認知度で、邪龍と勇者の話はどこの家庭でも話される有名なものだった。


「邪龍って、そんな絵が?」

「紙が流通してるわけじゃないけど、魔法があるからな。姿を移す手段は割と色々ある。だいたいあんな感じで、黒ずんだアンデット感のある姿で描かれる」


 目の前の黒いゲートの中で暴れるそれは、まさに物語で見た邪龍そのものだ。


「じゃあアツシさんは、勇者ですね!」

「あれが本物なら勝てるわけないけどな……」

「本物?」

「あれは多分、物語の邪龍なんかより、もっとたちの悪いもんだよ……」


 怒りが抑え切れない俺に、キョトンとする2人。

 エンギル家か協会か、人として踏み込んでいい領域の、その外側へ踏み込んだらしい。


「話はあとだ、あれは絶対、森から出すわけにはいかない」

「はい!」


 ゲートが大きく歪む。

 火山の噴火のときにその空気の流れでできた雲が雷を起こすように、邪龍が漏れ出る瘴気が雲を作り、禍々しい景色を映し出す。見た目の禍々しさに反することなく、雷雲から一際大きな雷が森に降り注いだ。


「きゃあっ」

「っ!」


 大きな雷が落ちたあと、邪龍の動きがようやく落ち着く。

 もちろん、弱ったりしたわけではない。ただ、暴れる必要が無くなっただけだ。


 ゲートの闇の見えない縁は手をかけるように、その身を乗り出してくる。

 瘴気のような黒ずんだ何かを撒き散らしながら、首を振ってこちらを向いた。


「―――!!!」


 悲鳴にも似た咆哮が、森は響き渡った。


「しまった!」

「あれは!?」


 森に放たれていたカラスたち、カムイが、群れを成して邪龍の元へ飛び出していく。


「くそ、やっぱりあの数のテイムは駄目か?!」

「どういうことですか?」


 みるみるうちに距離を縮める黒い塊のようなカムイの群れ。地上では番いとなったオオカミ、ロウガたちも邪龍の元へ集まってきている。


「言うことを聞いてないんだよ、俺はあいつらにこういう指示はしてない」

「自分からこういう動きを?」

「そういうことだ!」


 指示に反して危険を顧みず飛び込んでいく姿は、涙が出るほどテイマー冥利に尽きる話ではあるが、今はそれどころではない。

 本物ではないにしても、神獣領域で餌にしかなれなかった彼らに敵う相手ではなかった。


「ハク!」


 目線を送るだけで意図を理解したハクが、トパーズから飛び出していく。目にも留まらぬ一瞬で、その白銀の身を邪龍の前に差し出した。無論、ただやられにいったわけではない。


「ハクが!?」

「大丈夫」


 邪龍の顔がハクを追いかける。

 その結果、カムイの大群は邪龍の吐息を避け、さらに横っ腹へ向けて攻撃を開始した。


「グゥァルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 多少のダメージは背負うらしい。身を捻らせ、痛みに耐えているようにみえる。

 だが一方で、身体は何も傷ついていない。いや、正確には、傷ついたあとに再生している。


「あれも、邪龍の特徴なんですか?」


 ほのかから声があがる。

 咆哮はトパーズに乗った俺達の身を震わせるほどだったため、俺の袖をしっかりつかみながら。


「いや、あれがまさに、偽者の証拠だ」

「どういうことだー?」


 人の姿のまま4足でその身を支えていたミトラからも声があがる。

 2人にももう、状況を説明したほうがいいだろう。


「エンギル家は魔獣を量産できる体制を作ると同時に、品種改良の実験も行っていた」

「それはー、肉を旨くするため、だろー?」

「そのとおりではあるんだけどな。どっちが先かはわからないけど、エンギル家はそういう魔法にいきついたんだろう」

「そういう魔法……?」

「生きたまま動物を合成する技術」

「おー?」

「それって」

「キメラだ」


 必要によっては、それができるものならまぁいいんだろう。

 だがあれは、人道に反した実験の成れの果てだ。


「ほのかもミトラも見えるんじゃないか?あの瘴気に囲まれた身体の内側に……」

「んー」

「あ……」


 黒い禍々しい身体。瘴気とその骨ばったフォルム。こちらを見ただけで不安にさせるアンデッド特有の顔つきといったところに目が行きがちだ。そもそもその巨体シロと並んでも遜色がないほどのもので、細かい部分を見ようという発想にはならない。

 だが、その身体を良く見ると、悲壮な表情で助けを請う魔獣たちが、何体も何体も姿を見せている。


「あれは、助けられないんですか……?」

「無理だ」


 おそらく再生の根幹となる原理もあれだ。

 他者の生命を喰らいながら生まれ、喰らいながら生きる存在。


「殺される必要のなかった魔獣たちが、いくつもいたんだろうな……」

「アツシさん……」


 俺はペットを売るし、生きるために動物も食べる。なんなら道楽にちかいペットという趣味のために生き物の命を奪うことも、少なくはない。

 うちに来てくれたこの子達のためなら、他の命を餌にすることに躊躇いはない。


 だが、根本の部分で生き物が好きだ。餌のために飼ってる虫たちですら可愛く見えるほどに、生き物がすきだ。

 だからこそ、こんな、望まぬ形で、意味もなく消費された命を前にすると、やりきれない思いが胸を締め付ける。


「あれは絶対に、ここで終わらせないといけない」


 自分のことを棚に上げているといわれればそれまでだ。

 見る人によってはこの趣味はそういうものだろう。


 だがそれでも、魔獣を狂わせ、苦しめる魔法を平気で使ったこと。あの姿の魔物を生み出し、それをこうして野に放つこと。俺には許せないいくつもの行為を、実行してきた。


「あれはもう殺すしか救う術はない」


 実際には他に手段もあるかもしれない。だがその気持ちを残して戦えば、こちらに大きな犠牲がでる。

 殺しきることが救いだと思い込まなければ、相手の思う壷だった。


「アツシさん、もう少し、トパーズちゃんを近くにできますか?」

「トパーズ、いいか?」


 応えるより早く、その身体を邪龍とハクの元へ前進させる。


「ここで大丈夫です。少し、時間をください」


 魔力の高まりを感じる。

 並みの魔法使いが10や20束になっても、この密度の魔力にはならないだろう。

 それがまだまだ力をあげている。


「カムイ、ロウガ!相手の気をそらすことに集中しろ!」


 ロウガはまだ地上で隊列を組んでいるだけだが、あれでも神獣領域で生き残ってきたやつらだ。魔法のひとつやふたつは平気で使う。その準備に取り掛かった。

 カムイはその漆黒の翼をはためかせ、縦横無尽に邪龍の周りをかけめぐる。その隙間を縫うようにハクが魔力を帯びた状態で突進を繰り返し、邪龍に定期的に苦痛の声を上げさせていた。


「一撃で楽にできれば良いんだけどな……」

「私がやります。時間を、稼いでください」

「いけるのか?」

「ハクやカムイの攻撃で受けてるダメージを見てると、私の攻撃で十分だと思います。ほんとなら、エリスさんならもっとはやいんでしょうけど……」

「いや、ミトラとの戦いで消耗してるさ。じゃなきゃあいつは無理にでもここに留まって戦っただろうからな」


 大変になるとわかっていた前線からわざわざ離れたのは、ミトラとの戦いが熾烈を極めていた証拠に他ならない。


「時間稼ぎだけで、いいんだなー?」

「ミトラ……?」

「アツシ、またあれ、やってくれー。しっかり繋いでてくれたら、時間稼ぎくらいなら、できる」


 人の手足だったそれが、バチバチと音を立てながら獣のものへ変わっていった。

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