ひとやすみ
ハクが近くまでよってきたので撫でてみる。随分大きくなってるな……。
「ばふっ!」
嬉しそうに目を細めて頭を押し付けてくる姿はいつも変わらないものの、毛の量が増えているため手ではなく腕で撫でているような状態になっている。
さすがに地竜からは降りているものの、最大種の赤地竜と並んで存在感があるというのも感覚がおかしくなりそうな話だ。
「大きくなったね!ハク!」
ほのかも嬉しそうに撫でている。ほのかに関しては俺より身体自体が小柄なために、油断すると本人ごと埋もれる勢いだ。
「神獣ってのはみんなシロみたいにでかくなるのか……?」
「そうなったらすごいですね!」
シロは全長で言えば元の世界の建造物と比較するレベルではあるが、ヘビというのは全長があっても意外とコンパクトに収まる生き物だ。
例えばボールパイソンという種類。ニシキヘビとしては小型とはいえ、全長は150cmに達する。ほのかといい勝負程度まで育つ種類だったが、実際には丸まっているので両手で持てるし、小さな引き出し型の衣装ケースでも飼育できていた。
まあシロの場合、コンパクトになっても相当なサイズではあるが……。ハクがあれと並べるくらいになった場合、威圧感は比じゃないだろうな……。
いまはそんなこと考えてる場合じゃないか。
「さてと、これで落ち着いてあのゲートに専念できるか」
「どうするんですか?」
「んー……」
専念できるとは言ったものの、どうすればいいかは皆目見当がつかない。
「ミトラ、なんかあれに関していい考え、あるか?」
「んー餌の匂いはする。出てきたら食べるー」
食べるときたか……。
いや、結構重要なことだな。これは。
「餌の匂い?」
「んー。美味い肉の匂いがする」
よだれを垂らしてもおかしくないとろけた表情から説得力がうかがえる。
「だとしたらあれは、エンギル家が関わってる可能性が高いか」
もともと協会とエンギル家の2択ではあったが、これでさらに絞り込めたことになる。
ただ……
「わかったからと言って対抗する術があるわけじゃないんだけどな……」
「とりあえず、近くに行きますか?」
「んー……いや、とりあえず上から見ておくだけにする。近すぎても対応しきれないこともあるからな」
この距離なら対応できるのかという話は当然あるわけだが、まあいい。
「見てる限り、俺のスキルとほとんど同じではあるんだよ」
「私もそう思います」
不自然にこれだけ長い間出現し続けている理由は気になるが、根本のところで、あそこから何かを出すというところに落ち着くはずだ。
「となったら、結局どれだけ信頼できるパートナーを揃えられたかの勝負になるはずだと踏んでるんだけどな」
「じゃあ、アツシさんが負けることはないですよね!?」
エンギル家の領土付近に強力な魔獣の住処はなかったはずだし、神獣の存在すら知っているのかいないのかというレベルだろう。
「まあそうだといいなと思ってる」
「あの家に、強い餌はいなかったぞ」
ミトラからも情報がもたらされる。
「餌以外は?」
「んー、竜が2匹、竜車に」
「まあ貴族ならよくある話か」
それなら大丈夫じゃないだろうか?
竜2匹くらいなら、どれだけ強くてもハクがひと暴れするだけで終わりだろう。
いやだめだ。慢心した時はろくなことにならないと学んだばかりだからな。
再びあらゆる可能性に考えを寄せていく。
「やっぱりアツシさんが心配そうに色々考えているのをみると、安心しますね」
「悪いな、頼りなくて……」
「いえ!そうじゃなくて!えっと……」
「まあほのかのいうことはよくわかるし、しっかり気を引き締めるよ」
「……はい!すごくいろんな事を考えて準備してるんだなぁって、安心します」
ほのかにそう言ってもらえるのはありがたいというか、くすぐったいものがあるが、まあ今の状況を考えれば俺がしっかりせざるを得ないな……。
本当に気を引き締めよう。
さて……
「ミトラ、一応聞くけど高いところ怖かったりするか?」
「飛ぶのかー!?」
「えらい食いついたな」
目を輝かせて飛びついてきた。
「トパーズちゃんですか?」
俺に飛びついた後そのまましがみついていたミトラをはがしながら、ほのかが問いかける。
パタパタしながらミトラが離れていった。別にそんな大変じゃなかったんだけどな?まあいい。
「そうだな。向こうからは見えないように空からスタンバイしておこう。なんだかんだ言ってもこの世界、空に関しては人間の領域外になりがちだから有効だしな」
竜騎士こそ各国の直属部隊にはいるものの、竜の入手と維持、さらにそれを手懐ける技術を持った使い手の育成は困難を極めるため、軍隊レベルの規模にはなっていない。
逆に言えばそれだけ少数先鋭であっても十分脅威になり得るだけ、制空権は重要だ。
俺が貴族に売る竜も基本的に戦争用ではなく、移動やコレクションの要素が強い。
戦闘用の竜をこれだけ保持していたのは確かに、知る限り俺くらいかもしれないな……。
「なんかこう考えるとやっぱり、ミーナの言うとおりもう少し色々考えとくべきだったか……」
飛竜種は本来手懐けられる知性より、破壊衝動の反応の方が大きい種族だったし。ここにきて目をつけられていた理由に心当たりが芽生えてくる。
「まあ今はいいか。エンギル家が竜を所持してたとしてた2,3かそこらのはずだ。放し飼いじゃないとこいつらの餌の確保だけで領土の政治が傾きかねないからな」
うちが極端に多くのパートナーを従えておける最大の理由もここにあった。本来パートナーと言えども、普通のテイマーは鎖に繋ぐなり檻にいれるなり、ある程度管理を徹底する必要のあるのに対し、うちはそれがない。
元の世界ほど管理にうるさいわけではないことや、パートナーとなる魔獣の知能レベルを考えれば放し飼いでも問題ないことは多いが、必要な時にいてくれないというのでは困るということが大きな理由だ。
そういう意味では、もう1つの能力のおかげの部分が大きいな。都合よくいいスキルが揃ったものだ。前世でよほどいい事をしたに違いない。
「サモン」
便利なことにこの言葉だけでどこにいても繋がることができる。餌は自給自足、やばい時はこちらから出すが、ほとんどの場合売れるだけの肉を持って帰ってきてくれるようなレベルだから、逆に助けられているくらいだった。
「わっ!」
「おー!」
最初から雲の絨毯として姿を現したトパーズにそのまま乗っかり、どんどん上に上がっていく。
大きくなったハクやそもそも身体の大きい地竜は地上で分かれ、一旦解放している。
「ありがとね!」
「キュ!」
上空への移動中もしばらく付いてきていた白竜も、同じように一旦解放する。ほのかが別れを告げて、答えるように顔をコツンとほのかに寄せてから飛び去っていった。
「あー!!!飛んでる!すごい」
「あんまり端っこにいくと危ないですよ!」
「おー!おー?」
落ち着きのないミトラは落ちそうになったところをうまい具合にトパーズに拾ってもらっていた。
「大丈夫か?」
「気をつける……」
そんなことをしている間に、例の魔法はいよいよ密度を増してバチバチと放電のような現象を見せ始める。
「くる……!」
いつの間にか俺のすぐ隣まで戻ってきていたミトラが髪を逆立て警戒を強めた。
ゲートがいよいよ、その見えない扉を開いたようだった。




