商店街の一画 (ショートショート75)
今朝、会社へ行こうと、玄関を出ようとしたときのこと。
「胃薬を買ってきて! 商店街の薬屋さんで」
妻から薬屋のポイントカードを渡された。
さらに……。
帰りの電車のとき、胃薬をお願い……と、念を押すメールが届いた。
オレはすっかり忘れていた。
忘れっぽいオレのことを、妻はよくこころえているのだ。
薬屋は我が家と駅の間、いつも通勤で通る商店街の一画にある。オレはそこで胃薬を買い、ポイントカードにスタンプを押してもらった。
薬屋を出ると、甘いにおいに鼻をくすぐられる。
となりはケーキ屋だった。
――あっ!
オレは大変なことを思い出した。
今日は妻の誕生日なのである。
これまた毎年のように忘れている。
ケーキをプレゼントしたなら、妻は目を丸くして喜ぶであろう。
オレはさっそくバースディケーキを買った。
ケーキ屋を出たところで、通りの向かいに花屋が見えた。
――ついでだ。
花屋でバラの花を十本ほどセットしてもらった。
こいつはでっかいサプライズになる。
花屋のとなりは宝石店だった。
妻の誕生日なだけについ目がとまる。
ネックレスでもと思ったが、今のサイフの中身ではいかんともしがたい。
やむなく目をそらすと、通りのはす向かいに小物屋があり、店先にしゃれた傘が並べられてあった。
――そうだ!
オレは小物屋に立ち寄り、花柄の日傘を妻のために買い求めた。日傘がこわれたと、朝食のときに妻が話していたことを思い出したのだ。
――うん?
商店街のこの一画には、プレゼントを買うのにふさわしい店ばかりが寄り集まっている。いつも歩いている通りなのにまったく気がつかなかった。
――ふむ。
はたして妻は、ほんとに胃薬がほしかったのだろうか。