始まりの第一歩3
話もひと段落ついたのでコロちゃんを引き連れて教会へ戻る。
コロちゃんの姿が他の人間に見えないのはゲームの知識で知っている。自称妖精、腐っても聖獣。人間の魔力よりかは遥かに高い魔力を有しているコロッサスにはそのくらい朝飯前だろう。
まぁ仮に姿を見られてもただの猫だ。あまり問題にはならないだろう、喋らない限りは。
「そういえばこの世界って獣型の獣人もいるんだったかしら…」
「ええ、あまり多くは無いですが。人型と獣型の両方の姿をとれる獣人もいますね」
教会への道すがら何とはなしに呟いた言葉だったがコロちゃんは律儀にも拾ってくれたようだ。流石はお助けキャラクター。
手伝わないと言ったくせに、なんだかんだ先ほどからやたらと手助けしちゃうのはもはやお助けキャラクターの呪いのようなものなんだろうか。
「コロちゃんも獣人さんですわよね?」
「いいえ。僕は猫の妖精です」
あ、やっぱりそのくだりはやるんだなぁと懐かしくなる。ゲームで最初の頃にコロちゃんとやるやり取りだ。もちろんこんな殺伐とした空気の中ではなく、ふんわりとお花が飛び交っているようなそんな状況でのやり取りだけども。
この世界にも妖精は居る。しかし大体が魔法を司る力の源のような存在で、ゲーム中でもイベントの時に少しスチルでお目見えした程度の希少種だ。人間とも獣人とも違う妖精達はあまりこちら側には干渉してこない。
そこを突いてエマに自分は世界が使わせた妖精だ、中立の立場で害はないと信じ込ませたコロちゃんはやはり確信犯なのだろう。私も隠しルートを見るまではコロちゃんは妖精なんだと信じ込んでいた。
「…へぇそうでしたの」
色々と突っ込みたいところだが、とりあえずスルーしておこう。
たしかゲームではここで隠し分岐点と好感度アップのイベントがあったような気がする、2周目以降にだが。
そもそもゲームなら通常会話で終わる部分も、それが現実世界となるとあっという間に選択肢へと早変わりだ。会話一つ一つに好感度が発生する。誠現実とは糞ゲー也。
そしてその結果すでにコロちゃんの私への好感度はマイナスだろう。
(まぁ別にコロちゃんの好感度は気にしていないからいいのですけど…)
そもそも私は今世では誰とも添い遂げる気は無い。第一目的は魔王様をお救いすることだし、魔王様はそもそも攻略対象ではない。
(だから気楽と言えば気楽ですわよね)
好感度を管理しなくてもいい。出会いイベントを逃したと嘆かなくていい。隠しイベントやルートを血眼になって探らなくても、全然大丈夫。
今世は攻略対象のスケジュールを覚えるよりも、魔法の基礎学を覚えた方がよほど役に立ちそうだ。
「それでエマ様はどのように魔法薬を手に入れるおつもりですか?」
ぼんやりと乙女ゲーム…基、今世との向き合い方を考えていたらコロちゃんが声をかけてきた。
「そうね、まずは教会で手掛かりになる本が無いか探してみようかと思いますの」
「教会に無かったらどうするんです?」
「城下町に行くわ」
というか最初から城下町に行ってしまってもいいのだけれど。幸いこの教会は城下町の外れにある。
魔法を使えばシスターや子供達の目をごまかして教会から城下町へ向かう事ができるだろう。町まで出てしまえば子供が一人で歩いていてもたいして気にはされない。
街の図書館や商人達に聞けばかなり情報が集められるだろう。それに、今現在の世界の情勢も調べる事ができる。
「…ねぇコロちゃん、今世界には何か危機が迫っていたりしますの?」
「そうですね、僕の知る限りではエマ様の世界征服発言が一番の問題です」
少し探りを入れようとしただけなのにバッサリである。
「でも私が、聖女が現れたという事は、世界に危機が迫っているのではなくて?」
「僕もまさか聖女様が世界を危機に陥れる張本人になるとは思ってもみませんでした」
負けずに笑顔で追いすがってみるが、取り付く島も無いとはこの事か…。
しかしこの様子では本当にまだ何も起こっていないのかもしれない。
ゲームでは私が成人した時にはもう獣人と人間との確執は取り返しがつかない所まで来ていた。
成人するまで後10年。しかし10年間の猶予があるわけでは無い。今こうしている間にも少しずつ獣人と人間の関係は拗れていっている。
魔王様が魔王様となる前に、私がその拗れを力技で戻して、尚且つもう二度とそうならない様押さえつけなければならないのだ。少しでも早く。
「…そうですわ。コロちゃんは食べ物を召し上がれますわよね?」
なんとも言えない空気を払うようにコロちゃんに声をかける。
もう教会についてしまう。教会に入る前にしなくてはいけないことを思い出したのだ。
「はい。食べなくても問題はないですけど」
「ならよかった。これを貴方にもあげますわ」
そういってポケットからハンカチに包まれた焼き菓子を取り出す。
ハンカチの中には大きなクッキーが一枚、それを真ん中からパキっと割ってコロちゃんに差し出す。
「いいえ、僕はいりません」
「そうおっしゃらず。今日は私の誕生日なんですの!」
「知っていますよ、だから尚更エマ様がお一人で食べればいいじゃ…ふが!!」
痺れを切らした私はコロちゃんの口に割ったクッキーを突っ込む。
いきなりの暴挙にコロちゃんが避難の目を向けてきたが知った事か。ゲーム知識のある私にはコロちゃんがかなりの甘党だった事はバレているのだ。
「お誕生日だからこそ一緒に食べてほしいのですわ!そしてコロちゃんも祝ってくださいな」
やっぱり誕生日は皆に祝ってもらいたい。だって今日は本当の意味での誕生日だ…私が、私としてエマになった本当の。
「…おめでとうございます。エマ様」
「ふふ、ありがとうコロちゃん」
腑に落ちない顔をしながらもお祝いの言葉をくれるコロちゃんに自然と笑顔になる。
分け合って食べる誕生日のクッキーは、やはり一人で食べるより全然美味しいに違いない。