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始まりの第一歩2

 自分が聖女である。とゲームのエマが気が付くのは16歳の時だ。成人の儀の最中に獣人に襲われてその力を覚醒させる。それと同時に髪へかかっていた魔法も解けて、衆人環視の元その髪色と実力を見せつけ聖女として奇跡のようなスタートを切る。

 ちなみにエマの本名はアンジェ。これもとあるルートでのトルゥーエンドでしか明かされない大切なキーワードなんだけれど、私はすでに知ってしまっている。

 先ほどダンに対して使ってみた魔法を見るに、力の使い方も大方想像通りで大丈夫なようだ。


 本来この世界で魔法を使う時は魔力と魔法の力への理解、そして詠唱が必要になるのだけれど、聖女というのは世界に愛され祝福された存在で、常に世界と繋がっている。

 魔力は世界の力を借り、理解も詠唱もいらない。ただ願い望めばそれでいい。ようするにチート能力だ。

 本来はそのチート能力も段階を踏んで解放していくのだが、全ての攻略対象のルートをクリアした時に、そのやり方も知って理解してしまっているので最初っから魔法は使いたい放題だ。先程も願っただけで身体能力アップのバフがかかった。

 そう、使い方を"理解している"という事はとてつもない力になるのだ。


「とりあえず、彼を呼んでみましょうか…」


 頭の整理を終わらせて手に持ったままだった焼き菓子をハンカチに包みポケットへ仕舞うと、先ほど向かおうとしていた目的地に足早に向かった。


 そこは教会の裏手の小さな森で、少し奥に進むと小さな小川がある。その小川に沿って歩いていくと少し開けた花畑があるのだけれど、此処はいつ来ても人が居ないのだ。

 記憶が戻る前は何故だかわからなかったけれど、今はなんとなくわかる。きっと世界が私の慰めに用意してくれた場所なのだろう。


「ねぇ…でてきてコロッセオ」


 意識を世界に繋げてそう語りかける。コロッセオとは金餡に出てくる、猫の姿をした妖精のお助けキャラクターだ。いつでもエマと共にいて、色んな事を教えてくれる。

 しかしてその正体は神話の時代からいる神獣の一匹で…っていう話は長くなるのでとりあえず置いておいて。声を世界に、コロッセオに届くようイメージしてもう一度呼びかける。

 不意に目の前に眩い光が煌めいたかと思うとそのなかから真っ白な尖った耳と、小さな額をした猫が顔を覗かせた。私の知っている金餡のコロッセオよりも随分と小さい姿だ。


「え…えええ!!な、なんで僕のことしっているんですか??あれれ?」


 コロッセオは自分が私に呼ばれた事に心底驚いているようだ。それはそうだろう、本来彼と会うのは16歳の時。しかもあちらからコンタクトを取ってくる。


「…私は聖女ですから、貴方の事は知っていますよ」

「え!アン…エマ様はご自分が聖女様だってお気づきに!?」

「ええ、私の本当の名前がアンジェだってことも知っております」

「えええええええええ!!!!」


 胡散臭いくらいにオーバーなリアクションだが彼はゲームの中でもこんな感じだ。まぁぶっちゃけ彼のこの性格は演技なんだけれど、驚いているのは本当だろう。

 そしてその反応を見るにどうやらコロッセオは私が転生者だとは知らないらしい。

 まぁそれもそうか。違う世界にこの世界のゲームが存在してて、しかもイケメンと恋をしながら世界を救うだなんて。だれがそんな荒唐無稽な事を思うだろうか。


「聖女様ってすごいんですね~」


 目をどんぐりのようにまん丸にしてコロッセオは感心したようにつぶやく。

 本当は聖女の力ではないけれど私はいかにもといった感じでうなづく。ここはそういう事で乗り切ろう。


「それで、聖女様は僕になにかごようじが?」


子猫姿のコロッセオが私の足元に駆け寄り小首をことりと傾げる。その可愛さに内心身もだえながら至って冷静に見えるよう私は答える。


「私、世界征服をする事に決めましたの。つきましては、貴方にもその旨伝えておこうと思いまして」

「…え?」


コロッセオは今度こそ目玉が落ちてしまうんじゃないかと言うくらい目を見開いた。口もぱっかり開いてしまっていて間抜けで可愛い。


「え、あの、せ、世界はその事を…」

「勿論知っているんじゃないかしら?でもこうしてまだ世界とは繋がっているからその件に関して世界は承諾しているみたいね」


 ふふふと私は笑う。世界征服とはいえ世界の歪みを修正する為の行為なのだ。世界からしたら手段はどうあれ結果が同じならまぁいいよってな感じだろう。

 しかしもしそれが世界に仇なす行為だと世界に判断されたら、良くて聖女としての力を失うか、悪くて存在の消滅だろう。


「あ、そう、なんですか…」


 コロッセオはその答えに力なく相槌を打つ。まだ頭が混乱しているようだ。


「そういうわけだから、貴方の役目は別に果さなくていいわ。私は私のやりたいように世界を修正するから」

「え…」


 コロッセオの役目は聖女を正しく世界の意思に導く事。聖女として右も左もわからない子達に世界とのつながり方や修正の方針などを教えてあげるのだ。

 しかし全てを知っている身からすると、それは誘導や洗脳と呼ぶに等しいのではと思ってしまう。実際隠しルートではそのような話になるのだ。

 コロッセオは神の、世界の使い。聖女の身を案じているようで、実際は監視し、世界の為の道具とみなしている。



「…あの、聖女様は一体なにを言って」

「私は貴方に使われる気はないと言っているの。だから、そんな猫を被らないでお話してくれないかしら?」


 猫だけに。ふふふ。

 自分で思ったことが可笑しくてすこしくすりとしていたらコロッセオが睨みつけてきた。おっと怖い。

 お互い無言でしばらくにらみ合っていたが、ゆらりとコロッセオの瞳の色が青色から金色に変わる。


「…聖女、お前はいったい何者だ」

「エマでいいわ。ご存知の通り、聖女ね」

「…聖女は確かに特別な力を持っているが、お前のそれは異質だ。とても子供と話しているとは思えん」


 重々しい口調でそう言ったコロッセオは、その変わり様を見てもあっけらかんとしているエマに対して目を細める。

 確かに見た目は6歳児だが中身は……いいえ。そんな細かい事を気にしていてもしょうがない。過去は過去だ。


「私がなんであろうとたいした問題では無いわ。世界が認めている限り、私は聖女だもの」


 茶色い髪を肩から払ってドヤ顔でコロッセオに向き直る。

 それを見たコロッセオは盛大に顔を歪めしばらく私を眺めていたが、何かを諦めたように目を瞑る。次に目を開けた時には先ほどと同じく青色の瞳に戻っていた。

 青い目のコロッセオは、しばらく何かを考えるよう空を見つめると頷いた。


「世界が、それでいいとおっしゃるなら…ええ。わかりました。エマ様を、世界がそれを許すのなら僕も従うまでです。」


 青い目のコロッセオは先ほどのように、しかし幾分か落ちつたテンションで私に喋りかける。しかし先ほどと違って目つきは鋭く刺々しい。


「わかりました。僕はエマ様の行動に一切口を出しません」

「ええ、そうしてくださると助かりますわ」

「ただし、僕もエマ様について行きますので」

「あら?」

「たとえ世界が受け入れても僕は貴方を許容できない。少しでも世界に仇名すと判断したら容赦はしません」


「まぁ、恐ろしい事をおっしゃいますのね」


 コロッセオがそう言うだろうことは予想していた。コロッセオは世界を愛している。だから世界に仇名す者を許さない。

 本来コロッセオは主人公に対してとても好意的なキャラクターなのだが、こればっかりは仕方ないだろう。

 あのままのコロッセオでは、魔王との全面対決は避けられないだろう。ここでコロッセオの注意を私に向けないと駄目なのだ。


「ところでコロちゃん」

「コロっ!?……なんですかエマ様」


 ゲームのエマには喜んでコロちゃんと呼ばせていたのに、今の私が呼ぶととても嫌そうに顔を顰めて返事をする。


「貴方とても小さいわね。まるで子猫だわ」

「それはそうでしょう。僕は聖女様の誕生と同時に体が作られますから」

「ああ、だからなのね」


 だからこのコロちゃんは小さくてゲームのコロちゃんは大きかったのか。

 実はこのコロちゃんはコロッサス本体では無い。コロッサスという神獣は精神体のようなもので、聖女が世界に産まれると同時に自分の分身を作り、体を与えて聖女の一生を見届けさせる。

 そして聖女の死と共に分身も朽ち果て、また次の聖女が誕生すると新たなコロッサスの分身を作る。そんな事をゲームのコロちゃんが言っていたっけ…バッドエンドで。

 つまり先ほどの金色の瞳のコロちゃんが本体だ。どちらもコロちゃんではあるのだけど、青い瞳のコロちゃんはラジコンのようなもので、普段金色の瞳のコロちゃんは霊体で常に世界を見回っている。


「うん。まぁ旅は道連れといいますし、いいでしょう。コロちゃんにも私の世界征服を手伝わせてあげるわ」

「遠慮いたします。僕はお手伝いはいたしませんよ、見ているだけです」

「あら、けち臭いですわね」

「お言葉ですが、先に僕の手はいらないとおっしゃったのはエマ様です」


 白猫がむっすりとしたまま言う。確かにその通りだ。しかしその正論にちょっと腹が立ったのでコロちゃんを抱き上げてなでくり回してやる。引っかかれた。

 ゲームのエマには自分からすり寄っていったりしたじゃないか…げせぬ。

 悔しかったのでもう一度手を伸ばしてみたが、今度は小さい前足で叩き落とされてしまった。


「いい加減にしないか」

「ええ。そうね…ごめんなさい」


 金色の瞳でおもいっきり睨まれて視線を逸らす。おもわず金色のコロちゃんが出てきてしまうくらいには嫌だったらしい。

 まぁよく考えたら今の私は彼に都合のいい愛し子ではなく、正体不明の怪しい幼女だ。警戒もごもっともだろう。はじゃぎすぎた事を少し反省する。

 それにしても自分では6歳児のつもりはなかったのだが、精神は肉体に引っ張られるという言葉をしみじみと感じてしまう。

 このまま事を進めていってしまうのはあまり良くないだろう。


「ねぇコロちゃん。肉体年齢を成長をさせる魔法はあるのかしら?」

「魔法、というより魔法薬でありますね。永続的には無理でしょうけど、一時的にはできるでしょう。要は若返りの逆ですから」

「その場合コロちゃんはどうなりますの?」

「エマ様だけにかけられた成長の魔法なら、僕には影響はありませんのでお気になさらず」


 つまりコロちゃんも大きくしたかったらコロちゃんにも魔法をかけないといけないということだ。そしてコロちゃんは魔法薬は飲みませんから飲むならお一人でってことだ。


「その魔法薬は準備するのは難しいのかしら?」

「いえ、薬の材料はこの森でも揃うでしょう。幸いこの森は祝福を受けています。時間はかかるでしょうが、エマ様でもご用意できると思いますよ」

「そう。ならまずは薬の作り方から調べないといけませんわね」


 聖女というのはチート能力ではあるけれど万能では無い。

 知らない事、理解していない事には無力なのだ。魔法は願えば世界の力でどんなものでも使えるけれど、魔法薬は知識が無いと作れない。

 聖女の力だけに頼らず、こういったところもどうにかしていかないといけないだろう。


 まずはこの子供の体でどれほどの手がかりを手に入れられるかだ。

 幻術などを使えば町に出て情報を集めることもできるだろうかと考え始めているとコロちゃんがこちらを不思議そうな顔で眺めているのに気が付いた。


「どうかいたしました?」

「…作り方を僕に聞いたり、完成品を持って来いとはおっしゃらないんですか?」

「あなた、手伝わないとおっしゃったではないですか」

「まぁ…そうですけど」

「それにすでに先程、貴方には色々と質問をして答えて頂きました。もう十分ですわ」


 本来なら年齢操作の魔法が存在するかどうかの所から自分で調べなくてはいけなかったのだ。ゲームではそんな魔法の有り無しは語られていない。

 

「私はこれからこの手で世界征服を成し遂げなくてはならないんです。最初の第一歩を誰かの手をかりて歩き出すなんて恰好悪いじゃありませんの!」

「…はぁ、そうですか」


 私の言葉にコロちゃんは理解できないといった顔で見つめてくる。まぁロマンみたいなものだから別に理解されなくてもいいのだけれど。

 それよりも、先程からちらちらとコロちゃんの片目が金色になるのがいただけない。多分コロッサスがこちらの様子をうかがっているのだろう。


「そんな覗き見なんてしないで、貴方自体がくればよろしいのに」

「…俺もそんなに暇ではない」


 金色の瞳で呆れたようにそんな事を言われる。コロッサスのこんな呆れた声を聞いたのは初めてだ。なんだか馬鹿にされたようだが、それすらも新鮮で嬉しい。


「ところでエマ様、その変な喋り方は一体何なのです?」


 一言呟いただけであっという間に青い目に変わったコロちゃんが不思議そうに問いかけてくる。


「何かおかしいかしら?」

「ええ、なんか高圧的に感じます。貴族のご令嬢みたいです」


 暗にお前は孤児のくせに何をお嬢様ぶってるんだとその青い瞳に言われている気がするのは被害妄想だろうか。

 確かにゲームのエマはこんな口調では喋らない。もっとふんわりとした口調の可愛いらしい女の子だった。


「…そうね。でも最近の悪い事をする女の子って、こういう口調をしていますのよ!」


 胸を張りふふふと笑ってコロちゃんを見下ろす。

 そう、転生をして悪役を謳歌するのなら、やはり様式美には従わないといけないと思う!たとえそれが悪役の令嬢じゃなく、正義の味方の聖女様であったって。それもまたロマンなのだ。

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