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始まりの第一歩1

「おもいだした…」


 今日は私の6歳の誕生日。身寄りの無い私は教会でお世話になっている。

 教会には私のような子供は沢山いるので、たいしたお祝いはしてもらえないけれど。それでもシスターから祝福の言葉とともに頂いた焼き菓子を食べようとお気に入りの場所に移動していた。

 丁度姿見の前を横切ろうとしたその時、鏡の中の私と目が合った。薄茶色い髪にパープルの瞳。

 その姿にいつも不思議と違和感を感じるなぁと思ったその瞬間、唐突に前世を思い出してしまった。


 いや、この際前世なんてどうだっていい。可もなく不可もなく、対してピックアップするような事もないそんな人生だ。

 問題はこの世界である。今私がいる、この世界。ここがゲームの…乙女ゲームの中の世界だったと言うことが大問題なのだ。


 そして私の名前はエマ。脇役でも当て馬でも無い。私が、この乙女ゲームの主人公だ。




「おいエマ!食べないんだったらそれ俺によこせよ!」


 茫然と焼き菓子を持って固まってしまった私の横から、その焼き菓子を奪い取ろうと手が伸びてくる。

 ダンだ。私より一つ年上のいじめっ子の男の子で、体が大きいから誰も逆らえない。そして何故かいつも私を狙っていじめてくる嫌な奴だ。

 いつもならお菓子を奪われて、私が泣いて終わり。でも今の私は昨日までの私とは違う。


「これは私の分よ。貴方には貴方の分があったでしょう?」


 呼吸を一つ。そして力がほしいとそう願う。腕力を、強い握力を。それだけでいい。

 ダンの腕が焼き菓子に届く前に、焼き菓子を持っていない方の手でダンの腕をがしりと掴んで睨みつける。


「え?な、なんだよ…」


 ギリギリと締め付けられる腕と、いつもよりはっきりとした口調の私にダン瞳が揺れる。どうやら現状が理解できず混乱しているようだ。

 それもそうだろう。いつもめそめそと泣いていただけの年下の女の子が、ぴくりとも動かせない程の力で己の腕を掴んできたのだから。


「弱いものいじめはやめると誓いなさい。でなければ貴方にもその気持ちをわからせてげましょうか?」


 ギリッと手に更なる力を籠めてダンの腕を締め付ける。


「い、痛い!痛い!!はなせよ!!なぁ!!」


 ダンの額に脂汗が滲み出て涙目になってきたが、私は手の力を緩めない。

 周りの子供達にはこちらが何をしているのかはわからないらしく、不思議そうな顔でちらちらとこちらをうかがっている。


「ならば誓いなさい。このまま貴方の腕を折ってしまってもいいのよ」


 まるで悪役のような台詞だと内心思いながらダンを睨みつける。

 しかしその言葉に吃驚したのかダンは壊れたように何度も首を縦に振って頷いた。


「誓う!誓うよ!!!だから離してよおおお!!うわあああああん」


 ぎゃん泣きである。男の子が情けない。


「いいわ。その言葉、違えることのないようにね」


 腕を離し冷めた目で泣きわめくダンを見ていると、慌てたようにシスターが駆け寄ってくる。


「あらあら、ダンどうしたの?貴方が泣くなんて珍しいわね~」

「うわあああああああん」

「エマ、貴方はなにか知らないかしら?」


 ダンに取り付く島が無いと判断してシスターがこちらに聞いてくる。


「わかりませんシスター。ダンに私のお菓子をとらないでって言ったら泣き出してしまって…もう私をいじめるのは止めてって、伝えただけなんですが…」

「あらまぁ…。ダンちょっとあちらでお話しましょうか」


 暗に私は被害者なのだと伝える。勿論シスターへの告げ口も忘れない。

 シスターは泣き続けるダンの手を引いて説教をしながら教会の方へ歩いていく。ダンよたっぷり絞られてくるといい。

 シスター達の後ろ姿にこっそりと手を振る。見た目は何の変哲もない。しかし魔法の気配が色濃く残るその手。


「…やっぱりね」


 改めて自分の手を眺めてしみじみ呟く。

 この世界が自分の知っている乙女ゲーム、『金色なる世界の中で~アンジェ~』通称、金餡の世界だと判断した材料は三つ。


 まずはこの国だ。私の今いる国の名前はネコイラズ国。ふざけた名前だと当時乙女ゲームをやっていた私は心底そう思った。地球じゃまずあり得ないし、異世界広といえどこんな名前の国はそうないだろう。

 次に魔法。この世界には魔法が存在する。まぁ魔法だけならただの異世界いう可能性はあるが、私にはこの世界と繋がっているという感覚がはっきりとあった。この感覚は、聖女と呼ばれる者にしか持ちえない感覚。

 最後に私の容姿。今は茶色いこの髪の本来の色は、世にも珍しいピンク色の浮かれた色合いをしているというのを思いだしたからだ。

 この魔法がはびこる世界でもピンク色の髪はとても珍しい。それもそのはず、ピンクの髪は聖女の証と言われており、とても希少で高貴なものとされているのだ。


 私の母は、何者かに追われて命からがらたどり着いた教会に産まれたばかりの私を預けた。アンジェという、本来の名前も伝えずに唯々守ってほしいのだと。

 この子はおそらく聖女様だろう、それ故命を狙われている。教会の司祭様にそう伝え、最後の命を振り絞って私の髪に魔法をかけた、私の命を守るための優しい魔法を。


 そう、本来なら産まれたばかりの私に知りえるはずの無いそれを、なんで知っているかと言うと、前世の知識として知りえていたからだ。


 私は、このゲームが大好きだった。


 ゲームのジャンルは、世界を救う剣と魔法と真実の恋愛ファンタジーノベルゲー。

 世界に危機が迫ると産まれる聖女。聖女は世界の愛し子で、とてつもない魔力をその身に秘め、世界を修正する力を持ってる。

 世界を救うために仲間(イケメン)と共に危機に立ち向かい、その短い戦いの中で仲間達(イケメン)と愛を育む。と、よくある乙女ゲームなのだが、世界観は人間対獣人という構図をしている。


 この世界で人間は神に愛された種族として優遇されており、獣人を奴隷のように扱っていた。それに不満を持った獣人達は人間に常に不信感を持ちつつも静かに暮らしていた。

 神に愛された…というのも人間は魔力が強く、頭が良い種族とされているからだ。もちろん聖女も人間だ。

 対して獣人は魔力こそ強くはないが身体能力に優れ、感がとてつもなく良い。そのかわり物事を深く考えたり、難しい事をしようとするのが苦手だった。様は純粋で単純で人がいいのだ。人間がつけ込んでしまう程に。

 そういう種族特性の違いからか、どうしても人間が獣人を従えるという図式が出来上がってしまっている。獣人には人間からの悪意に対抗する術がなかったからだ。


 そんなある日何処からかいきなり魔王が現れ、獣人たちに知恵と魔力を与えて反逆の狼煙をあげさせる。そして世界の均衡を崩そうとする獣人達を相手に、涙ながらに聖女が戦うといったような内容だ。

 最後は獣人側にいた魔王が獣人を裏切り世界全てを壊そうとするのを獣人と人間、そして聖女達が力を合わせて倒し、世界に平和が訪れて終わる。


 しかしキャラも世界観も悪くないが、飛びぬけて良くもないこのゲームがそこそこの売り上げを記録したのは、一重にこの魔王に由来する。

 元々は厳格で優しく、それ故に闇落ちしてしまったという過去。世界に愛される主人公に対して、徹底して優しさの欠片もない態度を貫き、しかし特定のルートで最後の最後にほんの少しのデレをくれる。

 結局最後まで世界に抗い、死ぬその瞬間まで自分の信念を変えないその姿は、涙無しでは見られない、とても見事な悪役だった。


 かく言う私も魔王にハマったばっかりに何度このゲームをプレイしたことか。まぁどんなにプレイしても魔王様は絶対に死んでしまうし、攻略できないのだけれど。そう、もはや攻略できないのはバグなのだろうというのがファンの間では暗黙の了解だ。

 そんな不遇から魔王様押しの女性たちは、なんとかこの魔王様を救えないかと制作会社に要望を出し続けた。しかし結局ファンディスクでも魔王様には救いの手は差し伸べられず、どれほどの女性が悔し涙で枕を濡らした事だろう。

 まぁファンディスクには魔王様の過去の小話が入っていたので、勿論限定版で買いましたけれど。 


「私も、魔王様を助けてあげたかった…」


 そう呟いてはっとする。

 今の私なら助けてあげられるんじゃないかと。

 だって未来を知っている。助けられるだけの力もある。なにせ私は聖女様だ。


「そうよ、私なら彼の運命を変えることができるじゃない!」


 聖女の役目は世界の修正。

 ならば今から修正してしまえばいい。歪んでからじゃなく、歪む前に矯正してしまえばいいのだ。彼を魔王にする世界ではなく、彼が魔王にならない世界に。


 「私が、聖女が魔王様よりも早く、この世界を征服して歪む原因を取り除いてしまえばいいのだわ!」


 呟いた言葉はとても単純明快な解決法で、とてもしっくりくる。そう、その為に私はここにいるのではと思えるくらいに。

 少し前に受けた衝撃なんてまるっと吹き飛ぶような、目の前がぱああと明るく照らされたような、そんな心地で胸がいっぱいだった。

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