四話 作戦会議をしよう
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魔王陛下の別荘は、別荘というにはあまりにも簡素で庶民的なものだった。
見た目は普通の民家と一緒。
中身も普通。
魔王が居そうなおどろおどろしさも荘厳さも全くない。
古くて汚い、普通の民家。
管理人すらいなさそうだ。
「……てなわけで作戦会議開始だー!!!」
ドンドンぱふぱふー。
よし、掴みはOK。
証拠に魔王とジェスカちゃんは拍手してくれている。
何処から取り出したのかってツッコミは華麗にスルーしつつ、私は太鼓と変な鳴り物をしまう。
有難う。有難う。
皆様の愛に支えられて此処まで立派になりましたわよ。
「まずは、交換条件のドラゴンのことなんだけど……」
「ドラゴンは駄目だ」
即答の魔王。
魔王陛下は渋い顔で私を凝視する。
怒ったような、困ったような、憂いを浮かべた顔。
眉間の辺りにうっすらと皺が寄っても、なお魔王陛下はその美貌を失わない。
まったく鬱陶しいくらいの美形だ。
そのあまりある美を徳用パックで売ってくれないかしら。
「それはどうしてですの?」
ジェスカちゃんは魔王を押し倒さん勢いで叫んだ。
悩ましい魔王陛下の横顔に瞳を輝かせて、神様に祈るように手を胸の前で組む。
「あのね! 彼らから鱗や角を奪うことはおろか、譲り受けることさえ難しいのよ!」
テーブルのカップが飛び上がるくらい叩く。
そして、片手はジェスカちゃんと魔王の間を押し広げてやった。
別に嫉妬だとかとは違うんだから。
ただ、話が逸れるのが嫌だっただけ。
そのまま魔王とジェスカちゃんの間に立つ私。
ジェスカちゃんは私を見上げた。
「何故ですか?」
ジェスカちゃん、お願いだからその顔は男性には見せないでね。
上目づかいの美少女の破壊力は凄まじい。
女の私でさえ鼻血噴くかと思ったぐらい。
「それは……」
動悸が止まらない。
このまま変な性癖に目覚めてしまいそうだ。
それは勘弁願いたい。
「それは私が説明致しましょう」
眼鏡はにこやかに助け船を出した。
否、違う。
これは此処で恩を売っといて後で最大活用する為の行為に過ぎないのだ。
証拠に黒い、いかにも邪悪そうな気配がする。
そんなに恩が売りたいのか。
私は眼鏡を睨んだ。
私の心を知ってか知らずか、グィールの眼鏡が光る。
そして、胡散臭い笑顔がジェスカちゃんの方へと向けられる。
ジェスカちゃん騙されちゃダメだ。
奴の笑顔は悪意と欺瞞でいっぱいなんだ。
顔だけフェミニストなんだよ。
心の中で叫ぶもののジェスカちゃんには届かない。
「眼鏡さんが教えて下さいますの?」
それどころか、目の前の椅子に座った見せかけ紳士に対して目を潤ませているではないか。
ちょっと、嫁入り前の乙女が目を潤ませて凝視なんてしていたら世の男どもは勘違いするわよ!
ただでさえ、自他ともに認める美少女にして巨乳。
しかも、ロリ系のツインテールだなんて絶対にお母さんは許しませんからね。
嗚呼、言ってたら自分の貧乳さ加減が悲しくなってきた。
私はツッコミに疲れていた。
そんな私を知ってか知らずか眼鏡は勿体ぶったように口を開いた。
「勿論です」
眼鏡は爽やかに笑う。
きらりと白い犬歯が光った。
うわぁー、さぶいぼ立つ!
紳士の面被った腹黒変態のくせに!
「ドラゴンとは、魔族の中でも自分たちが一番。魔王なんか知ったことじゃないと言った風な種族なのでございます。まぁ、私としては奴らごときが陛下を愚弄するなんておこがましいにも程があると思っております。気位が無駄に高いし、獰猛で、陛下を侮辱する狼藉者なんですから、屠って差し上げても宜しいと申し上げたんですけどね。陛下は許せと仰せになりました。嗚呼、なんと慈愛に満ちた御言葉でありましょうか。聖母の如き瞳、肌は白雪の様、唇は赤く薔薇の様に、紡ぎだされた言葉は深く心に染み入り、漆黒の御髪は憂い帯びて、ただただ悲しみに涙は御髪を濡らすのでしょう。私のような未熟者には悪戯に陛下の御心を痛めることしか……」
私はすでに疲れ切った顔で眼鏡をみつめていた。
「え? そんなことよりさっさと先を言えと? お嬢さん、どうか陛下の前ではそのようなにべもない顔をしないで下さい。ホラ、陛下まで気分を害したと言わんばかりの御顔を……」
「それはいいから早く本題に入りなさいよ」
「失敬、何処まで話しましたっけ? 嗚呼、陛下が駄目だと仰しゃられたところからでしたね。何故、駄目かと問われますと、至極簡単な話です。ドラゴンとは気位が異常に高い所為で直ぐに激昂する習性があるのです」
「気位が高い……」
そう言えば聞いたことがある気がする。
ドラゴンは自分たちの種族に誇りを持っている種族で、ひどく尊大な態度をとる者も多いとか。
「ええ。それに、ドラゴンを含め、魔族とは神の第二の創作をしたとき、現在の聖職者──使徒とほぼ同時に生み出された種族、つまり新人類なのです。より進んだ人種である魔族や使徒は優越感や特権意識を持ち、支配階級となります。しかし、完全に人間の形をした使徒と異なり、魔族は異形の姿をしていました。使徒への恐怖心は次第に薄れ、尊敬と変わりましたが、魔族への恐怖心はなかなか消えません。特に、ドラゴンは、神の第二の創作以前──失われた旧文明時代に描かれた悪魔の姿と酷似しています。それ故、人間はドラゴンを時に崇め、畏怖し、時に忌み嫌った訳であります」
ここからが重要ですと、眼鏡は呟く。
「そして、人間たちの畏怖が高まった、ある時、各地で一斉に掃滅作戦がなされました。人間も、ドラゴンも、無惨な有様でした。この殲滅作戦は過去数十回にも渡り起こりました。一番最近のものは第五次世界大戦の原因にもなりました。この作戦の結果、ドラゴンは絶滅危惧種族となり、今に至るわけであります。また、魔王陛下の統治国つまり帝国は所有の土地の大きさ等で貴族は“上は大公から、下は辺境伯まで”と分かれます。その中でも伯爵級の広大な土地を彼らの安息の地として提供し、保護するようになりました。このような出来事がありまして、陛下の庇護の元でドラゴンは生活しているのです」