九話 船に乗ろう
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「今回ご用意させていただいたのはこれ! 船です!」
天使様は得意気に私たちの下を指さす。
船?
いや、それは箱のようなものの上に楕円状の袋のようなものがついている形をしていた。
天使様に連れられて、魔王、グィール、ヴィニウス、ジェスカちゃん、リザルト、私の7人(ジェスカちゃんが2人なので、けして数え間違いではない)は、奇妙な形の乗り物の箱の部分に乗っていた。
これが乗り物?
本当に大丈夫なの?
いや、もう、嫌な予感しかしないんだけど……
前回、船に乗ったときは確か、海に落ちたのよね。
私はげんなりとしながら、床を眺めた。
「「すごいですわ! どう動くんですの?」」
ジェスカちゃんたちはきゃあきゃあ言いながら外を眺めていた。
確かに、海や川の上でもないのに、この船どう動くのかしら?
そう思うものの、私はジェスカちゃんのようにはしゃぐ気持ちには到底なれなかった。
ヴィニウスも同じようで、じっと私を見てため息を吐いてを繰り返していた。
いや、私が悪いことをしたみたいになってるけど、前回、海に落ちたのはお前が原因なんだぞ。
私は、そうヴィニウスに言いたいのをぐっと我慢した。
「なんと、この船! 飛行船になってまして、空を飛びます!」
天使様はくるくると回りながら、ハイテンションで叫んだ。
うわっ、空を飛ぶというだけで嫌な予感がますますするわ。
私は出来れば別の乗り物で行きたいと思った。
しかし……
私はジェスカちゃんを見つめた。
「「空を~? すごいですわ!」」
無理。ジェスカちゃんの好奇心に輝く目を見たら、絶対に言えない!!
あの表情、めちゃくちゃ乗るの楽しみにしてるじゃない!
キラキラと輝く表情を浮かべるジェスカちゃんとは対照的に、魔王は天使様の言葉に少し眉を寄せていた。
腹黒眼鏡はそれを見逃さなかった。
「それは条約違反では?」
グィールの言葉は鋭い。
そんな喧嘩を売るような口調で言わなくてもいいじゃない。
聖教国の使者になんて口のきき方をするの!?
私はびっくりしてグィールと天使様を交互に見た。
戦争の二文字が頭をよぎる。
しかし、意外にも天使様は嬉しそうに頷く。
「そう、よくぞ聞いてくださいました。速さはドラゴンの飛行速度以下、乗せられる人数も重さの関係上、通常の船の半分程度です。条約では、ドラゴン以下の速度であれば飛行物の製作は認められていますので、問題ありません」
それを聞いてほっとしたのか、魔王の表情は柔らかくなる。
いやいや、魔王はなんだかほっとしちゃってるけど、何がなんだかさっぱりわからないわ。
そちらさんで会話を完結させるのはやめてよね。
私は周りを見渡す。
魔王に聞くのは何となく嫌だし、グィールは腹黒眼鏡だから貸しを作りたくない。
ジェスカちゃんは意味も分からなくふんふんと頷いているだけようだし……
ここはヴィニウスに聞くしかないようだ。
「ねえ、あれはなんの話なの?」
私はこっそりとヴィニウスに耳打ちする。
ヴィニウスは馬鹿にするような目線を私に向ける。
そんな顔されたって知らないものは知らないのよ。
私はヴィニウスの足を蹴り飛ばした。
「痛っ! お前、意外と力強いんだからやめろよな」
「いいから答えなさいよ!」
ヴィニウスはため息を吐いて、やれやれと言いたげな表情をした。
「聖教国と帝国の間ではいくつもの条約が結ばれている。その中の一つで戦争に応用ができそうな技術は開発が制限がされているんだよ。例えば、大きな飛行物は作らないとか、一瞬で何処かに移動できる魔法を開発しないとか、街1つ破壊できる装置や魔法は作らない、使わないとか。そうしないと、あっという間に戦争になっちまうだろ?」
当たり前だろと言わんばかりにヴィニウスは説明してくれる。
説明してくれるのは有難いんだけど、態度がムカつく。
今度、アスティアナさんにヴィニウスのお仕置きの仕方を教えて貰ってやる。
そして、思う存分、お仕置きしてやるんだから!!
私は固くそう決意した。
「まあ、飛行物を作らないってのも、魔族にはドラゴンとか有翼族がいるから、聖教国側が不利だってことになって、結局、ドラゴン以下の速度で移動するならOKになったんだけどな」
なるほど。
それがグィールと天使様の言ってた条約ってやつなのね。
早い話が、戦争を起こしそうな技術は開発しないようにしようっていう条約が結ばれていて、この飛行船も条約に引っかかるかもって思ったけど、そんなことはなかったということね。
「はあー。なるほどね。色々と勉強になったわ」
私はとりあえず、素直に感心することにした。
ちゃらんぽらんな脳筋馬鹿に見えて、意外とヴィニウスは物知りなようだ。
まあ、そうでもなきゃ、アスティアナさんにしばかれるんだろうけど。
「さて、それでは皆様、これからこの船は聖教国に向けて出発いたしますよ!」
天使様がそう言う。
「「お姉様! 外を見てみましょう!」」
私はジェスカちゃんたちに引っ張られ、窓の方へと向かった。




