八話 天使様の姉
「お姉さま?」
私は腹黒眼鏡とアスティアナさんの顔を見ながらそう呟いた。
「しかし、姉上は忙しいのだろう?」
魔王は天使様のお姉さんのことを知っているらしく、心配そうに尋ねる。
「まあ、忙しいとは思いますがね、会ってくれると思いますよ? 弟である僕が頼むわけですし、無理にでもねじ込んでみます!」
天使様は勢いよく親指を立てて微笑む。
おお、頼もしいわね。
嗚呼、でもこれで本当に解決できたら万々歳よね。
私は天使様の申し出に素直に喜んだ。
「「じゃあ、お願い致します」」
まるで本物の双子のように二人のジェスカちゃんが仲良く天使様に頭を下げた。
「勿論です! じゃあ、連絡してきますね」
そう言うと、天使様は急いで病室を出た。
「え、いや……ちょっと……」
腹黒眼鏡が呟く。
何だろう。腹黒眼鏡のあの態度は。
せっかく解決の糸口がつかめるかもしれないのに。
いやあ、それにしても、解決しそうで良かった。良かった。
そう思ったのだが、周りはそうではないようだ。
なんだか空気がどんよりしている。
あからさまにおかしい雰囲気だ。
念のため、念のためよ。
「あの……魔王? 天使様……リュウ様のお姉さんってそんなに忙しい方なの?」
私は控えめにそう尋ねた。
なんだか嫌な予感がした。
天使様のお姉さんの話が出てから、アスティアナさんも、腹黒眼鏡も、ずーっと気まずそうな顔のままフリーズしているんだもん。
そんなことって今までなかったはず……
「あの……すごく有名な方なんです……そうなんですけど……私的にはこの状況を一番知られたくなかった相手と言いますか……」
アスティアナさんの話し方はいつものように歯切れの良いものではなく、ぼそぼそと話す。
じれったいわね。
「悪い方ではないんです。寧ろいい方すぎて困ると言いますか……」
グィールも頭を押さえながらそうぼそぼそと話す。
コイツもか!
二人ともどうしちゃったのよ!
「なになに? どういうことよ?」
私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。
「ちゃんと言えよ、ババア」
ヴィニウスはこのやり取りに飽きてきたのか、せっつく。
その気持ちよく分かるわ。
意を決したようにアスティアナは息を吐く。
「……リュウ様のお姉様は、教皇聖下です……」
「「はぁっ?」」
ヴィニウスと私の声が重なる。
「だから、教皇聖下なんですって!」
アスティアナさんは声を張り上げた。
「えーっと、教皇って、あの聖教国の国家元首にして、聖教会のトップの?」
この世界は三つに分かれている。
一つは魔法に長けた種族である魔族たちが住む国、新人類帝国。
もう一つは、使徒と人間中心の国、聖教国。
最後に、そのどちらにも属さない小さな国々をまとめて、小世界と呼んだ。
このうちの聖教国の国家元首にして国教の聖教会のトップである人物。
それが、教皇聖下だった。
この世で一番偉い人の一人。
魔王に並ぶ権力の持ち主。
この世界で生きていたら知らない者はいないだろう。
「ええ、勇者様たちの国の王です……私はもっと穏便に済ませたかったのですが……もう、無理ですよね」
アスティアナさんは引きつった笑いを浮かべる。
「おい、先に言えよ! ちょっと俺、止めてくる!」
ヴィニウスが叫んで病室を飛び出す。
「……国際……問題……」
リザルトは真っ青な顔になって呟いていた。
「まさか、戦争なんて起きたりしないわよね?」
私もリザルトと同じくらい真っ青な顔になっていることだろう。
「多分大丈夫だろう。今の教皇聖下は、毎年年始の挨拶に聖教国特産の酒や肉を持ってきてくれるような人だからな」
魔王はしれっとそう答えた。
何その、近所のおばちゃん感溢れる教皇聖下。
魔王が魔王なら教皇も教皇だ。
ちょっと、いやちょっとどころじゃなく、とっても変だわ。
バン。
扉を荒々しく開ける音がした。
「あ、お姉さまからOKもらいました!」
笑顔で天使様が入ってくる。
ヴィニウスが止めるのは一足遅かったようだ。
天使様の後ろで申し訳なさそうにヴィニウスが項垂れていた。
「さ、準備してさっさと行きますよー!」
天使様はハイテンションで叫んだ。




