三話 再従弟と将軍の会話
そっと聞き耳を立てて声のする方を窺った。
「だから、言っているでしょう? 軍に入るなんて私は反対です」
アスティアナさんの声だ。
「もう手続きは済ませてある。ババアになんと言われようと俺の意思は変わらない」
どうやら、もう一人はヴィニウスらしい。
淡々とした口調で話している。
どうやら、ヴィニウスは帝国軍に入隊したいらしい。
アスティアナさんはそれに反対しているというところだろうか。
「私が誰だと思っているんですか? そんなもの簡単に覆せるんですよ」
「それならば、また別の機会を伺うまでだ」
「くどいです。私は絶対に反対です」
「俺は絶対にやめない」
ヴィニウスの意志は強いようだった。
アスティアナさんを恐れているはずのヴィニウスがそこまで言うなんてどうしたのよ。
「何故? 城で働くのならグィルセンヴォルフのような文官はだめなんですか?」
恐る恐る覗いてみると、ヴィニウスは首を振っていた。
文官……通常の官僚では意味が無いということか。
ヴィニウスはいつになく真剣な顔をしていた。
あんな顔見たことがない。
よほどの決意がうかがえた。
「それとも、地位や名誉が欲しいのですか? いずれは私は貴方に譲るつもりなのに……」
「それじゃあ、遅すぎる……いや、それ以上に大切なことがあるんだよ」
「そうですか。意志は強いようですね。しかし、私は貴方を危険な目に会わせたくない。私が指揮する軍で、あなたに何かあったら、死んだ弟にも、義妹にも合わせる顔がないでしょう」
アスティアナさんの意志も硬いようだった。
「じゃあ、なんで、俺を鍛えたりしたんだよ! 力を貸してほしいからじゃないのかよ」
そう言えば、ヴィニウスの大福から筋肉馬鹿への劇的ビフォーアフターはアスティアナさんに鍛えられたのが原因だと、本人から聞いたことがある。
だからこそ、あのドラゴン狩りのとき、アスティアナさん直伝のヴィニウスの馬鹿力が発揮されたのだ。
「違います! 私が間に合わなかったときのためです。私が遅かったせいで、私は大切な弟と親友、そして兄のように慕っていた人を亡くしました。あんな思いをしないために、少しでも貴方を強くしたかっただけです! 私が貴方を使うために? それじゃあ、私はアイツらと一緒じゃないですか。私はもう何もなくしたくないんです!」
アスティアナさんが叫ぶ。
あんなに苦しげに感情的に叫ぶアスティアナさんは見たことがない。
私は急に胸が痛くなってその場に座り込む。
アスティアナさんだって、私の両親が死んだ、あの事件で心を痛めていたのだ。
それを私が一番理解していなきゃいけないはずだったのに分かっていなかった。
私はいつも自分本位だ。
「俺だってなくしたくないのは一緒なんだよ! なんで分からねぇんだよ、このババア!」
「何の為に、私が将軍になったとお思いに? 貴方やスクルド、大切な人を守るためです。絶対に許しません」
アスティアナさんはなおも頑なだった。
「俺だって……あのとき、父さんと一緒に行けばよかったんだ。そうすれば、父さんだって生きていたし、スクルドだってあんな傷負わないで済んだかもしれな……」
え?
「やめなさい! 私は貴方があの場に居なくて本当に良かったと思っています。貴方の父だって死んだんです。貴方なら死んでいますよ! スクルドが生きていたのはあれの気まぐれなんです!」
アスティアナさんがヴィニウスの言葉を遮るようにヒステリックに叫ぶ。
「じゃあ、なおのこと、ババア一人じゃ無理だろうが!」
ヴィニウスも負けじと声を張る。
「貴方には関係ないことです」
アスティアナさんはため息を吐くと、踵を返し、歩き出す。
「話は終わってないぞ!」
ヴィニウスはアスティアナさんの肩を掴む。
アスティアナさんはヴィニウスの手を掴むと軽く捻り、更に腕を引く。
すると、ヴィニウスは簡単に床に膝をつき、あっという間にねじ伏せられた。
「貴方は弱い。もういいでしょう?」
アスティアナさんは手を離すと、唇を歪め、笑う。
ヴィニウスは床に膝をついたまま、悔しそうにアスティアナさんを睨んだ。
「もうこんな時間なので、パーティをお開きにしなくては。話は、今度、ゆっくりとしましょう。まあ、私の意思は変わりませんけど」
そう言いながら、足音が段々と遠ざかっていく。
「絶対認めさせてやる……」
ヴィニウスはそう呟くと、床にこぶしを何度も打ち付けていた。
私は壁に背中を預けるようにずるずるとしゃがみ込んだ。
ちょっと、ちょっと待ってよ。
アスティアナさんの力になりたいからヴィニウスは軍に入ることを決めた。
アスティアナさんはそれを反対している。
そこまでは分かったわ。
でも、さっきの二人の話ぶりだと、私の両親が死んだとき、ヴィニウスのお父さんがその場にいたみたいじゃない?
そして、そのとき死んでしまったってこと?
仮に私の両親、ヴィニウスのお父さん――アスティアナさんの弟も一度に全員死んだのが本当だとする。
じゃあ、なんで、二人ともそのことを私に言ってくれなかったの?
私が忘れているから何も言わなくていいと思っていたの?
それに、アスティアナさんは皆を救えなかったから、私やヴィニウスのことを守ろうとしてくれているってことよね。
だとしたら、なんで私が魔王を襲うまで私のことを放っておいたの?
それ以上に気になることは、ヴィニウスもアスティアナさんも皆を殺した奴のことを知っているような発言をしていることだ。
知らない奴に対してあれなんて言い方しないわよね。
魔王だけではない。ヴィニウスもアスティアナさんも私の両親を殺した奴のことを知っているんだわ。
なんで私にソイツのことを教えてくれないの?
二人の話は知らなかったことばかりな上に分からないことが多すぎて、私は酷く混乱していた。
私は頭を抱えながら、暗い気持ちで、ぼーっと床を眺めていた。
「おい!」
急に上から声が降ってくる。
私は驚いて立ち上がった。
「いつからここにいたんだよ」
そこには不機嫌そうなヴィニウスがにいた。
「え、あ……今よ。ちょっと頭が痛くて座り込んでいたところよ」
我ながら苦しい言い訳だ。
「今? じゃあ、何も聞いてないんだな?」
ヴィニウスは怖い顔をして問う。
睨めつけるような強ばったような顔つきは再従姉にするようなものではなかった。
今の話は、私に聞かれると不味いことなのね。
私の心は冷えていった。
魔王も、アスティアナさんも、ヴィニウスも、私に関係あることなのにこんな風に隠して、ごまかすのね。
私は暗い気持ちを隠して普段通りの顔を作る。
「何も……って? 誰かと話していたの?」
何も聞いていないというと不自然だから、私は敢えて質問で返してやった。
「いや……ならいい。会場に戻ろう」
ヴィニウスはほっとしたような顔をして私に手を差し伸べた。
私は戸惑いながら、その手を取った。




