一話 魔王、密談する
ドラゴン狩りがあって数日が経つ。
ようやく復旧工事に着手しはじめた頃、ひとまず、アスティアナは魔王城に戻ることになった。
いつもであれば魔王のすぐ横にはグィルセンヴォルフがいるはずなのだが、彼の姿はそこにはない。
魔王に対峙するアスティアナは跪き、首を垂れるが、表情は怒ったような顔をしていた。
「今日は先日のドラゴン狩りに関してご報告したく、伺いました」
アスティアナは顔を上げたが、表情はこわばったままだった。
アスティアナは自分が目の前の王に対して怒りを持っていることを理解していた。
しかし、それをそのまま出すようではならぬと拳を強く握った。
「先日のドラゴン狩りは錬金術師と人間によるものでした。錬金術師が作った装置でドラゴンを混乱させ、生け捕りにしようとしたものと思われます。また、錬金術師の発言から薬を作ることを目的とした捕獲のようです。スクルド、ヴィニウス、勇者一行の助けもあり、無事未遂に終わりましたが、被害は甚大なもので村ひとつが壊滅的な状況になっております。同じようなことがまた起きる可能性がありますので、国境の警備、軍備の強化や再編成の案を作成しました。また、事件の資料も合わせてナハツェール卿に提出させていただきましたので後日ご自分の目でご精読ください」
魔王は大きくため息を吐いた。
「怒っているのはお見合いがいやだったからか?」
「いえ、私が怒っているのはそんなことではありません。陛下が私を騙したことと、義妹に告げ口したこと、それによってスクルドを危険な目に合わせたことです」
「騙した?」
「お見合い話は単なるブラフでしょう? 本来はもっと別の目的があった……とか?」
アスティアナは魔王の顔色を窺うようにちらりと瞳を動かす。
魔王の顔はいつも通り、酷く表情のないものだった。
「ほう? 話を聞こう」
魔王の声色は変わらない。
嗚呼、いつもの魔王モードか。
アスティアナは心のうちに呟く。
こうなっては、魔王はおそらく本心を隠したまま、理想の魔王を演じるに違いない。
そっちがそのつもりなら私だって考えがある、とアスティアナは思った。
「まず、陛下はお見合いをちらつかせました。以前、このようなことがあったときも私は自身の領地に戻っています。そこにスクルドがいれば、故郷を見せてやりたいと考え、自然と向かうのはノショウの屋敷になります。しかし、陛下の行ったことはそれだけではないと考えます。実は、義妹に私の居場所を何故知っていたのか聞いたんです。親切な方が教えてくれたのだと言っていましたよ。リークしたの陛下ではないですか?」
「それで?」
魔王は顔色も変えずに淡々と返す。
「では、陛下がリークしたと仮定して話を続けますね。義妹は夫を失い、精神的に不安定でした。唯一の生きがいは息子。その息子が貰い受けるであろう財産を横取りされては困るという不安が義妹にはずっとあった。私の一族のゴタゴタは陛下もご存じですよね。私がスクルドの両親と仲が良かったのを義妹は知っています。私とスクルドが一緒にいることを知ったらどうなると思いますか? もしや、私がスクルドを養子にするのではないかと、疑うでしょう。そうなったら、義妹のことです。私のいない場所でスクルドに釘を刺す様な行動をとるでしょうね。ということは、スクルドが誘拐まがいなことに遭ったのも、計算されたことなのではないかと」
アスティアナは追及する手を緩めなかった。
「それは面白い話だな」
「スクルドは意識していないですが、彼女はトラブルを呼び寄せる性質があるようなのです。誘拐されたら、間違いなくトラブル起きる。そうなれば、私は彼女を助けに行きます。そして、私は彼女を自分の庇護のもとにおこうとするでしょう。彼女を守ろうとするなら私も無茶できなくなる。つまり、陛下は彼女を私の手綱として利用しようとしたのではないかと考えました」
「で? そこまで分かっているなら申し開きはないのだが……」
魔王は悪びれもせずそう言った。
アスティアナは目を見開き、それから眉を顰めた。
「陛下はスクルドを愛していないのですか? あんな怪我までさせて!」
珍しく興奮したように大きな声を上げる。
元来、アスティアナは感情が豊かな女だった。
アスティアナは淡々と殺してきたものが泉の如く湧いてくるのを感じた。
「それとこれとは話が別だ。私はスクルドが好きだ。愛している。一方で、貴女にも死んでほしくないのだ」
「だからと言って人の心を弄ぶようなことをなさらないでください! スクルドも義妹も甥も関係ないでしょう!」
アスティアナは苛立つようにまた大きな声で叫んだ。
「それに関しては謝っておこう。すまない」
魔王は素直に首を垂れる。
「いえ、言葉が過ぎました」
首を垂れる魔王を見て、我に返ったアスティアナはひどく落ち込んだような表情をした。
「しかし、分かってほしい。貴女の甥も、スクルドも、貴女の無茶を望んでいないのだ」
嗚呼、今度は情に訴える作戦か。
アスティアナは冷えてきっていた。
「ええ、分かりました。以後、気を付けます」
暗いトーンでアスティアナは返す。
「分かっているならもういい。疲れているところをすまなかったな、報告がもうないのなら下がってよい」
魔王は労うような温かい声でそう返す。
「かしこまりました」
アスティアナは短く返すと立ち上がり、踵を返す。
そして、そのまま、歩いていき、扉に手をかけるが、一瞬戸惑うようなしぐさを見せる。
「まだなにか?」
魔王の問いにアスティアナが振り返る。
「陛下のお気持ちはありがたく思っております。ですが、私は奴らを許しません。それはきっとスクルドも、ヴィニウスも一緒です。……ただ、私はこの暗い気持ちをあの二人には持っていてほしくないのです。だから、私が誰よりの先に奴らを見つけ、葬ると決めたのです。今回は逃がしましたが、もう逃がしません」
アスティアナはそう言うと、部屋を出て行った。
***
アスティアナが出て行ったすぐあとに、グィルセンヴォルフがヴィニウスを連れて部屋に入ってくる。
魔王は大きくため息を吐く。
「すまないな。アスティアナの説得は難しそうだ。あれは分かっていて、無茶をするタイプらしい」
「重々承知しております。御心砕いていただきありがとうございました」
珍しくヴィニウスは丁寧な言葉づかいで恭しく頭を下げた。
「陛下よろしかったのですか? この計画は彼が――ヴィニウス・A・ハルピュイアが最初に考えたことだというのに。このままでは陛下が悪者ではないですか」
グィルセンヴォルフは苦虫を噛み潰したような顔をする。
そう、お見合いをちらつかせ、アスティアナをノショウに向かわせたのも、実母を使い、スクルドの誘拐を装って連れ出したのも全てはヴィニウスの計画だった。
彼は、伯母の持つ調査書を十二年間も盗み見していた。
そのため、スクルドが今までどんな生活をしていて、どんな危険なことを冒してきたのか知っていた。
そう、彼はアスティアナとスクルドの性質をよく理解する人物だった。
ヴィニウスは彼女たちをお互いに繋ぎ止める鎖にしようとしていた。
お互いがお互いを思えば無茶できなくなる。そういう関係にしてやればよいのだとヴィニウスは思った。
それが二人を守るため、十二年間、ヴィニウスが温めてきた計画だったのだ。
偶々、魔王がそれを知り、協力しただけのこと。
グィルセンヴォルフが苦虫を噛み潰したような顔をしてしまうのも無理はない。
「よいのだ。私もスクルドを見守らせることでアスティアナを制御しようと考えていたのだから同罪だ」
魔王の言葉にグィルセンヴォルフは納得いかないような顔をしてみせる。
「さて、ヴィニウス・A・ハルピュイア、貴方の報告も聞こうじゃないか」
魔王はヴィニウスのほうを向くと、微笑を浮かべた。
ヴィニウスは頷くと、唇を開いた。
四章の執筆中です。
1月が始まる前に更新再開の予定です。
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