二十五話 錬金術師との戦い
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雨の勢いが徐々に弱くなってきていた。
時間の経過だけでなく、どうやらジェスカちゃんの魔力切れも影響しているらしい。
早く最後の装置を壊さないと、またドラゴンが暴れ出すわ。
私は焦っていた。
ここは早くヴィニウスと合流したいところなのだが、なかなかヴィニウスが見つからなかった。
それに、鈍いながらも背後から2つ目の装置を守っていた土人形が追いかけている音がしていた。
滅多なことで追いつかれることはないと思うけど、最後の装置を守っている奴と戦っている間に土人形が襲ってきたらかなり苦戦を強いられることが予想できる。
果たして私1人で何とかできるかしら。
私は不安な気持ちを押し殺して走った。
「スクルド!」
上からヴィニウスの声がした。
上を向くと、ヴィニウスが空を飛んでいた。
なるほど、そっちの方が私を探すの早いもんね。
「最後の装置の場所で待ってるから、さっさと来いよ」
ヴィニウスはそう言って、先に飛んでいってしまった。
ムカつく!
ちょっとは心配したような素振りでも見せなさいよ!
薄情者め!
私は内心毒づきながらヴィニウスの背中を追う。
すぐに目的地である最後の装置の場所に着いた。
既に戦い始めていたのか、肩で息をしながらヴィニウスは何者かと対峙していた。
「ヴィニウス!」
私の声に気づいたのかその何者かはこちらを向いた。
黒いローブを着た明るい茶色髪の少年だった。
少年は丸眼鏡を掛けており、瞳の色は髪と同じ茶色をしていた。
人間?
「スクルド! ソイツに近づくな!」
ヴィニウスが叫ぶ。
「嗚呼、君が例の……」
少年の口から発せられた声は低く、見た目にそぐわないようなものだった。
私は声を聞いた瞬間、寒気がした。
恐怖を感じ、咄嗟に距離をとった。
少年は値踏みするように私をじっと見つめた。
私は急いでヴィニウスの元に駆け寄った。
「嫌われてますねぇ、僕」
少年は微笑むと、地面に何かの液体をばら撒く。
よく見ると、その液体で地面に文字のようなものを書いているようだった。
文字が完成すると、ボコボコと少年の下が隆起し始め、やがてそれは土人形となった。
「まあ、ドラゴンを狙ってる僕なんて嫌われて当然ですけど」
土人形の肩に乗りながら、少年は高らかに笑う。
「ああ! その土人形! アンタがこの事件の黒幕ね!」
ヴィニウスの後ろに隠れながら私は叫んだ。
「土人形? 嗚呼、このゴーレムのことですか?」
少年は土人形の頭をポンポンと叩いてみせる。
「ゴーレム? お前、錬金術師か!」
「ご名答」
「ババアに聞いたことがあるぞ。人間のくせに長生きで、魔法とは法則の違う『錬金術師』ってのを使う奴らだろ?」
「ちょっと違いますけど……まあ、知らなくても大丈夫です。ここで死んでもらうんで」
少年は笑顔のまま、手を振りあげた。
すると、土人形も一緒に手を振り上げる。
「スクルド、とりあえず避けて続けて装置に近づくぞ。何にせよ、雨が止むまでに装置を壊したらこっちの勝ちだ」
ヴィニウスはそっと囁く。
ドスン。
土人形が地面を叩く。
それを合図に私たちはバラバラに動き出した。
土人形は上から連続で地面を叩く。
さっきのものよりも動きが早い。
が、避けきれないこともない。
ヴィニウスは一気に間合いを詰めると、鋭い蹴りで土人形の片足を崩す。
「行け! スクルド!」
ヴィニウスの声に弾かれたように走り出す。
もう装置に手の届く。
と思った瞬間、私の身体は宙を舞っていた。
私は意識と反対方向に飛んで行く。
そして、強かに身体を地面に打ち付けてから二、三度転がった。
遅れて痛みが身体に走る。
あ、今ので腕の骨が逝ったかもしれないわね。
「残念でした」
少年の愉快そうな笑い声が聞こえた。
装置の横に、もう1つ土人形が立っていた。
私の後を追いかけていた土人形かしら。
完全に油断していてモロに攻撃を食らっちゃったじゃない。
私は起き上がろうと腕を動かす。
その度に痛みが走った。
うん。
完全に左腕は動かせないわね。
まったく、乙女に怪我させるってどういうことなのよ!
「おい! 大丈夫か!」
ヴィニウスが真っ青な顔をして叫ぶ。
ちょっとちょっと泣かないで頂戴よ。
「大丈夫なもんですか。最悪。多分、骨を折ったわ」
私は腕をなるべく使わずに立ち上がる。
いつまでも転がってる訳にはいかないもの。
「案外、平気そうだな」
ヴィニウスは真っ青のままだったが僅かに安心を滲ませる。
何よ! その基準は!
こっちは骨折したかもしれないのに!
そう叫ぼうとした時だった。
ヴィニウスの上に大きな影があった。
「ヴィニウス、上!」
ヴィニウスは私の声に反応し、上から来た土人形の腕を容易く避ける。
が、もう一体の土人形の腕がすぐ横に迫っていた。
ヴィニウスは2体目の土人形の攻撃を何とか身体を捻って避けた。
間髪入れず、少年の乗った土人形が上から押し潰そうと腕を振り上げてくる。
流石に攻撃の効かない敵を2体も相手にするのはつらいのか、ヴィニウスは大きく後ろに下がって距離をとった。
ヴィニウスが避けたことにより、攻撃の矛先が私の方を向く。
全てをなぎ倒すように土人形が腕を振るう。
幸いなことに足に痛みはないので私はそれを避ける。
が、腕は相変わらず動かせないし、痛む。
なんで私がこんな目に合わなきゃならないのよ!
ヴィニウス何とかしなさいよ!
そう思っていると、ヴィニウスの口から思ってもみない言葉が出てきた。
「雨が止んだ?」




