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私の魔王様!?─仇討ち少女は魔王を倒したい!─  作者: シギノロク
参章 将軍の苦境─正しいお見合いの断り方─
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二十一話 発作とドラゴン

 ***


「うっ……」

 焼け焦げる匂い。

 私は込み上げる吐き気を堪えるように両手で口を押さえた。


 村の様子は酷いものだった。

 家は壊れ、レンガや木材が辺りにちらばっていた。

 炎を吐いた跡だろうか、地面が焦げているところもある。

 そこに何人ものドラゴンが倒れていた。


 頭の奥がチカチカした。

 白く精気のない肉の塊が飛び散る。瞳孔は開ききり、濁りきった碧の瞳。白金や水色の髪が散らばり、羽根が点々と落ちている様子が映し出される。

 大丈夫。これは幻覚だ。

 そう思うのだが、やけに手足が冷たい。


 笑い声が聞こえた。

 幻聴まで聞こえるなんて今日のは一段と豪華ね。


 背中が熱く、痛む。

 ないはずの羽がじわじわと剥がされていくような感覚がした。


 呼吸が浅くなる。


「スクルド!」

「お姉様?」

 二人の声が遠い。


 私は首を振った。

 大丈夫だと言いたいのに唇が震え、息を吸うことしか出来ない。


 いつものことだが、私にはどうすることもできない。

 ただ、やり過ごすだけだ。

 それは分かっている。


 ただ、急に地面がなくなったような恐怖がじりじりと胸を締め付ける。

 この恐怖は何度味わってもなくなることはない。

 怖い。

 怖くて怖くて、私は地面にうずくまった。


「いいか、息を吐け」

 声がした。


 私は声の通り、息を吐こうとする。

 しかし、思うように息が吐けず、私は何度も息を吸った。


「大丈夫だ。ゆっくりでいい。息を吐くことだけ考えろ」

 私はその声に縋るようにただ息を吐くことだけを考え続けた。

 ぼんやりとした頭が次第にすっきりとしてくる。

 どうやら上手く息ができてきているようだ。


 冷たかった手も徐々に温かくなってきた。


 そういえば、誰かが背中を支えてくれている。

 余裕もでてきた私はゆっくりと顔を後ろに向けた。

 すると、顔面蒼白なヴィニウスが私を支えていた。


「なんて顔してるのよ」


「お前が死ぬかと思って怖くて……」


「死ぬわけない……」

 軽口を叩こうとして、私ははっとした。


 ヴィニウスも父を亡くしているんだった。

 身内の死に恐怖を感じるのは当然よね。


「ありがとう。心配かけたわね。びっくりしたでしょ? もう大丈夫だから」

 私はなるべく笑顔を心がけてそう言った。


「そうか。なら、いい」

 ヴィニウスの口調は淡々としたものだったが、表情は穏やかそのものだった。


「お姉様、無理をされているのでは? 以前もこのようになってましたもの。心配ですわ」

 ジェスカちゃんは不安げな表情で水筒に入った水を差し出す。


「以前にも?」


「あーっ! 大丈夫。大丈夫だから!」

 私は慌てたように水筒をひったくり、口の中に水を流し込んだ。


 そうだった。

 ジェスカちゃんには前回の発作を見られていたんだったわ。


「私はもう大丈夫なの」

 私は念を押すようにもう一度言った。

 それはまるで自分に言い聞かせているようでもあった。


 魔王の城に来てからしばらく見ることがなかったからちょっと安心しきってただけだもの。

 大丈夫に決まってるわ。


 私の言葉に二人は納得しきれないような顔をする。



「ほら、私のことより、みんなの手当てをしなきゃ!」

 私はそう叫んで、ドラゴンたちの方へ向かった。


「お姉様、危ない!」

 ジェスカちゃんが私にタックルする。

 そのまま私たちはゴロゴロと地面を転がる。


「ジェスカちゃん?」


「またあの音が聞こえたんですの。今、近寄ったら不味いですわ」

 ジェスカちゃんは顔を上げて首を横に振った。

 キラキラと輝く美少女のドアップは破壊力抜群ね。

 私は色々な意味でダメージを負いながら、首を縦に振った。


 ヴィニウスは警戒するように剣を抜く。

「来るぞ!」

 その声に、私とジェスカちゃんは慌てて体勢を立て直す。


 倒れていたはずのドラゴンたちが一斉に立ち上がった。

 そのうちの1体がゆっくりと口を開いてこちらを向く。

 口の中がちかちかと光った。


「避けて!」

 ジェスカちゃんが叫ぶと同時にドラゴンから炎のブレスが吐かれた。

 間一髪、私たちはそれを避ける。


「おいおい、このドラゴン、全員相手にしなきゃならないわけじゃねえよな」


「多分大丈夫だと思うけど……」


 向こうではドラゴン同士が既に戦っている。

 空中を駆け回ってブレスを吐いたり、尻尾で相手を思い切り打ったり、ドラゴン同士の激しい戦闘に少し引いてしまった。


「あれを止めるのはちょっと難しいわよ」


「ワタクシに考えがあります。一分……いえ、四十秒ほどお時間を稼いでくださいませんか?」

 そう言ってジェスカちゃんは剣を抜いて、呪文を唱え始めた。


「時間を稼ぐ……要は勇者を守ってやればいいんだな」

 ヴィニウスはニヤリと笑うと、こちらを向いているドラゴンの方に走り出す。


 ドラゴンの方は、もう一度、炎のブレスを吐こうと大きく深呼吸しているようだった。


「ヴィニウス! ブレスよ!」


「分かってる!」

 ヴィニウスは跳躍すると、羽を二、三度羽ばたかせる。

 そして、ドラゴンの近くに着地する。


 ドラゴンの口の中がちかちかとまた光った。

 ブレスがまた来る。


 私は手を大きく広げ、守るようにしてジェスカちゃんの前に立った。

 魔法が使えない上にヴィニウスのような体力馬鹿でもない私にはこんなことしかできない。

 あのブレスをモロに食らったら確実に死ぬわよね。

 不吉なことを思いながら震える脚に喝を入れた。


 しかし、ブレスを吐くより先にヴィニウスが動いていた。

 着地と見せかけて、ヴィニウスはドラゴンの下でもう一度跳躍していたのだ。

 そして、その勢いのまま、右の拳をドラゴンの下顎にぶつける。

 ドラゴンはアッパーを食らい、仰け反った。

 その後、一拍置いて、溜め込まれた炎のブレスはドラゴンの真上に吐かれた。


「あっつ!」

 ヴィニウスは大きな声を上げながら、後ろに大きく飛び退く。


 ドラゴンはそのまま地面に強かに身体を打ち付けて倒れ込んだ。

 良かった。

 間一髪助かった。

 そう思ったのもつかの間だった。


 その音に他のドラゴンたちも一斉にこちらを向く。

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