十九話 勇者は魔法を使った!
ジェスカちゃんを信じていないわけでは無いが安心かどうかは分からない。
私はラウラちゃんとフローラちゃんを後ろに隠した。
私なんてクッションにもならないだろうが、ないよりはマシだろう。
そして、私は来るであろう衝撃に備えた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですわ。前を触ってみてください」
ジェスカちゃんは笑う。
私は手を前に出してみた。
ぷにぷにとした柔らかい感触がした。
どうやら、私たちの目の前には何か見えない壁があるらしい。
とは言え、本当に大丈夫なの?
いや、何度も言うけど、ジェスカちゃんを信じてないわけではないのよ。
でもね、恐いものは恐いのよ!
笑うジェスカちゃんを見たせいか、ほんの気の迷いで前を向く。
すると、ドラゴンのドアップが映った。
私は咄嗟にフローラちゃんとラウラちゃんを抱き寄せて、ドラゴンに背中を向けた。
直後、近くに雷でも落ちたかと思うほどの音がした。
恐怖で息が詰まりそうになる。
私は必死で二人を抱き締めた。
なんだろう。
この感じ前もあったような。
あの魔王の顔といい、船から落ちてからずっと頭の中に靄がかって思い出せない記憶があることに私は気付いていた。
きっと、忘れてることがあるんだ。
生きて帰ることができたら、魔王かアスティアナさんに聞かなきゃならないわね。
そう思うと、一層腕に力がこもった。
「痛い……」
ラウラちゃんが小さく呟く。
「ごめん!」
慌ててそう言ったものの、二人を放して大丈夫なのか判断しかねた。
すごい音はしたが、衝撃らしい衝撃は一切なかったからだ。
「大丈夫。もう終わりましてよ」
ジェスカちゃんが私の肩を叩く。
振り返ると、ジェスカちゃんが作りだした魔法の壁のあった辺りにドラゴンが倒れていた。
流石はジェスカちゃん。風1つ感じなかったわ。
「ジェスカちゃんすごい!」
「そうでしょう! ワタクシ、天才ですから」
ジェスカちゃんは豊かな胸を張る。
強調された胸に目がいくが、全然羨ましくない。
羨ましくないんだからね!
「スクルド! 怪我はないよな?」
ドラゴンの上からヴィニウスの声がした。
どうやら、ヴィニウスも無事なようだ。
「ええ、ジェスカちゃんのお陰で私たちは無事よ」
「そうか」
ヴィニウスは安心したような声を返す。
「叔父さん!」
私が手を放すとラウラちゃんとフローラちゃんがドラゴンに駆け寄る。
私はゆっくりとドラゴンを観察した。
飛んでいるときは一瞬でよく分からなかったが、フローラちゃんがドラゴン化したときに比べたら大きさは倍以上ありそうだ。
顔が似てるかどうかは分からないけど、色が真っ赤なのはフローラちゃんと一緒だった。
ドラゴンの目はしっかりと閉じられているので、瞳の色を知ることはできない。
大丈夫よね?
万が一、ヴィニウスが殺したなんてことになったら、ハルピュイア家とドラゴン族の戦争なんてことにならないわよね。
私はぞっとして生きた心地がしなかった。
「大丈夫。気絶させただけで生きてるぞ?」
ヴィニウスはそう言いながらドラゴンから飛び降りる。
ラウラちゃんとフローラちゃんはほっとしたような顔でドラゴンに抱きつく。
本当に良かった。
私も安心してため息をついた。
「あ、音がなくなった」
今まで黙っていたリザルトが急にそう言った。
そのときだった。
目の前のドラゴンがぱっちりと目を開ける。
オレンジ色の瞳と目が合う。
ぎゃあああ。
生き返った!!
いや、生きてていいんだけど。
寧ろ、生きてて有難いんだけど。
動くなら動きますって言ってからにしてよね。
私とジェスカちゃんは慌てて、ラウラちゃんとフローラちゃんをドラゴンから引き離した。
そして、少し離れて、私はナイフを、ジェスカちゃんは剣を構える。
遅れてリザルトが私とジェスカちゃんを守るように前に出て剣を構えた。
ヴィニウスは面倒くさそうに舌打ちをした。
「おい、どういうつもりで襲ってきたんだ?」
そして、ドラゴンの目の前に立ち、剣を突きつけた。
ドラゴンは力なく吠える。
「あ、分かんねぇからとりあえず、人化しろよ」
ヴィニウスは尊大な態度で命令する。
いやいや、ドラゴンにその態度はヤバいんじゃないの?
私はハラハラしながらやり取りを見守る。
とばっちりはいやだ。
絶対にとばっちりだけは避けたい。
殺るならヴィニウスだけにしてよ!
私の祈りが通じたのか、ドラゴンは怒った様子もなく、力なくもう一度吠えた。
吠えたかと思うと、ドラゴンは見る見るうちに小さくなっていく。
人化の魔法だ。
ドラゴンは倒れたまま、人の形になる。
短い赤の髪に瞳の色はオレンジ。
上品な顔立ちの男だった。
ラウラちゃんとフローラちゃんに似ているかと言われると微妙だ。
多分、二人はお母さん似なのだろう。
「もう一度聞く。どういうつもりだ?」
ヴィニウスは倒れたままの男に剣を突きつけてもう一度訪ねた。
男は目線をヴィニウスに向け、戸惑うような表情を見せた。
「すまない。何があったかあまり記憶にないんだ」




