十四話 私たちの行き先
「ところで、お姉様たちは何処へ行くところなんですか?」
ジェスカちゃんはヴィニウスを無視して話を始めた。
そうそう、勝手に怒ってるお子ちゃまは放置するに限るわ。
「俺も実は気になってたんだ。見たところこの兄ちゃんが護衛でどこかへ行く……ようには見えないし。というか、季節外れの海水浴でもしたように見えるのは気のせいか?」
目を細めてじっと眺めるようにしてから、リザルトも同意する。
確かに私たちの様子は普通じゃない。
水分は乾いていたが、髪はぐしゃぐしゃだし、服は汚れた上に、塩や砂でジャリジャリしている。
最悪だ。
「いやー、勘がいいわね。私たち海に落ちて軽く遭難してたところなのよね」
「「はぁ!?」」
ジェスカちゃんとリザルトは声を揃えて驚いてくれる。
流石は幼なじみ。
息がぴったり合っていらっしゃるわ。
「遭難に軽いも重いもないですわよ!」
珍しくジェスカちゃんがツッコミを入れる。
いつもは天然なジェスカちゃんにつっこまれるなんて新鮮だわ。
「そうそう、普通に生きてりゃなかなか遭難なんてしないはずだろ」
リザルトも適当な感じで相槌をうつ。
「そうよね。こいつに誘拐されて船に乗らなきゃ、私だって海に落ちなかったと思うわ」
私はじっとりとした目でヴィニウスを見つめた。
「な、確かに船まで連れて行ったのは俺だ。でも、落ちたのは自分のせいだろ!」
ヴィニウスは拗ねるのをやめてこちらに向かって叫んだ。
「足を滑らせたのは私だけど、船に乗せたのはアナタ! そして、船から逃げ出そうと提案したのもアナタ!」
私は舞台女優さながらに抑揚と大振りな動きをつけてヴィニウスを責め立てる。
そのまま、私もヴィニウスも睨み合って1歩もひかなかった。
「まあ、お姉様。つまり、魔王様という恋人がありながらこの方と愛の逃避行を!?」
そこをジェスカちゃんはものの見事に勘違いをして話を明後日の方向へ持っていく。
どこをどうしたらそんな発想になるのよ。
私もヴィニウスもずっこけそうになる。
嗚呼、ジェスカちゃんにこの古典的なリアクションは通じないんだったわ。
そんなくだらないことが脳裏をよぎる。
「あ、すみません。うちのジェスカさん、恋愛脳こじらせて、時々とんでもないことを妄想しちゃう可哀想な子なんです」
リザルトは小さく控えめに解説を入れてくれた。
流石、幼なじみ。
思考回路がよく分かっていらっしゃる。
ヴィニウスは同情するようにリザルトの肩をそっと優しく叩いた。
仕方ない。
勘違いされたままでは困るので、私は今までのことを説明した。
アスティアナさんの養子になると勘違いされて誘拐されたこと、誘拐は私の勘違いだったこと、この図体のでかい男は再従弟であって全く恋愛感情がないこと、あとから帰る手はずになっていたが行き違いがあり早く帰らなければならなくなったこと、早く帰るために船から逃げ出したら海に落ちたことを掻い摘んで簡単に話す。
「あーなるほど。話はよく分かりましたわ。じゃあ、早くアスティアナさんのところに帰らなくてはなりませんね」
ジェスカちゃんは愛の逃避行なんて甘いものじゃないことをようやく理解してくれたようだった。
「そうなの。でもね、まず、こんな格好だし、ここの場所から1番近い町か村に行きたいのよ」
「リザルト!」
リザルトはジェスカちゃんの声に反応し、さっと地図を差し出す。
その動きは訓練されたもののように素早く流れるように無駄のないものだった。
ジェスカちゃん、幼なじみにどんな訓練をさせてるのよ。
「そうなると、ここからだとやはりラウラちゃんとフローラちゃんのいる村が1番近そうですわ」
私の疑問をよそに、ジェスカちゃんは地図を眺めながらそう言った。
「少し遠回りになるようだが、仕方ないか」
ヴィニウスが上から覗き見をしながらそう呟く。
偉そうに言ってくれるわね。
「じゃあ、ジェスカちゃんたち、私たちも一緒に行ってもいいかしら?」
「もちろんですわ! 少しの間ですが、またご一緒できるなんて嬉しいです」
ジェスカちゃんは本当に嬉しそうに笑顔で答える。
来た!
美少女の本気の笑顔!
ジェスカちゃんにあんなに失礼なこと言っていたヴィニウスだってメロメロになっているはずだわ。
私は期待の眼差しでヴィニウスをじっと見つめた。
「何?」
ヴィニウスは冷たく返す。
なんですって!
あのジェスカちゃんの笑顔に動揺していないですって!
どういう事なの?
私は驚きのあまり言葉を失った。
「だから、何だって聞いてんだよ」
ヴィニウスは不機嫌そうに尋ねる。
「こっちが何だって聞きたいわよ! なんでジェスカちゃんの笑顔にメロメロにならないのよ! なんで不機嫌になるのよ」
私の言葉にヴィニウスは深くため息をついた。
「知らない女にそんなふうになるかよ」
ムスッとした顔でそう呟く。
ジェスカちゃんは何かを察したような顔をした。
「やっぱり、そうですよね! 嗚呼、でも、ライバルは大変な方ですわよ!」
嬉しそうにそう言って、ヴィニウスの肩をバシバシと強く叩く。
「お前、何を!」
ヴィニウスは慌てたようにジェスカちゃんに向かって叫ぶ。
「嗚呼、大丈夫ですよ。ワタクシ、言う気は全くありませんから! 寧ろ、応援しますわ!」
ジェスカちゃんは可愛らしく、意地悪そうな笑顔を浮かべた。
「だから何を言っているんだ!」
私は意味が分からず、2人のやり取りをただ見ているだけだった。




