十三話 勇者様の行き先
「いえいえ、ここは帝国ですわ」
ジェスカちゃんはあっさり手を振って否定する。
良かった。
ヴィニウスはまだ死なないで済みそうだ。
「じゃあ、なんで2人はここにいるの?」
ここが聖教国でないとなると、そこが疑問になってくる。
そもそもよ。帝国に用事があるなら手紙の1つでもくれてもいいのに。
と、私は密かに悲しい気持ちになった。
「嗚呼、お手紙を送ったのですが、まだ読んでらっしゃらないのですね。ワタクシたちがここにいる理由は、ラウラちゃんとフローラちゃんの新しいお家に伺うためですわ」
そうか。
ここ数日、アスティアナさんのことでゴタゴタしていたし、魔王の城にもいなかったから手紙を受け取ることができなかったのよね。
知らないわけだ。
ジェスカちゃんのせいじゃないのに勝手に悲しくなって申し訳ない。
「俺はその付き添い。まあ、あの屋敷から脱出するとき世話になったからな。挨拶に行くが礼儀だろ?」
リザルトは胸を張る。
そんなに威張っていうことではないと思うが、そのツッコミは私の胸にそっと閉まっておいた。
「ラウラ? フローラ?」
ヴィニウスの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。
「嗚呼、ごめん。ラウラとフローラって子はリザルトたちを助けるときに、私たちの手助けをしてくれた姉妹でね。ドラゴンと人間のハーフの子なんだけど、親戚のドラゴンの住む場所に一緒に住むことになって帝国に引っ越したの。でもね、人間である母親が土地に合わなかったみたい。体調を崩してしまったから仕方なく、聖教国に近いところに引っ越すことになったのよ」
「父方の一族もそろって引っ越しをしたみたいですから、大移動だったそうですね」
ジェスカちゃんは頷きながらそう説明を加える。
「ドラゴンと人間のハーフ? 勇者も知り合い? どうなってんの、俺の再従姉は?」
ヴィニウスは混乱したようにそう呟く。
「あら、踊り子の仕事していたときはラミアのハーフとか、アラクネとか他にも色々な種族の友だちにいたわよ? 普通じゃない?」
旅の一座にいたときは色々な種族の人がいたから、私にとっては特別なことではない……と思うんだけど。
嗚呼、でも、ヴィニウスはずっと貴族の息子をやってきたんだもんね。
そりゃあ、温室育ちのお坊ちゃんには普通ではないのかもしれない。
私はヴィニウスの答えを聞く前に1人で納得していた。
「それとこれとは話が違うだろ! 人嫌いで有名なドラゴンだぞ? 勇者は人間だぞ? 魔王の敵だろ?」
「あ、そっか。ドラゴンって人嫌いだし、気位が高いので有名だったわ。普通は人間と子供ができるわけないし、手を貸すわけがないわね。よくよく考えてみれば、勇者が魔族と仲がいいのもなかなかないことよね」
私はヴィニウスの言っていることに素直に納得していた。
確かに私もそう考えていた。
人間は基本的におぞましい生き物だ、とか。
魔族と人間は相容れない部分があるとか。
魔王と勇者は敵同士とか。
ドラゴンは気難しい頑固者とか。
でも、実際は全部が全部そうではないのよね。
ドラゴンは人嫌いで気難しいと思いきや、ラウラちゃんとフローラちゃんの親戚のドラゴンたちはわざわざ遠くから助けに来てくれてたり、最終的には火事で被害が広がらないように人間たちと一緒に消火活動を行っていたり、色々してくれたのよね。
魔王とジェスカちゃんだって、意外と仲が良くて時々手紙のやり取りをしているみたいなのよね。
「でも、まあ、そういうこともあるのよ」
私は説明が面倒でそうまとめてしまった。
そういうこともある。
なんだかその言葉がしっくりときた。
ヴィニウスはしっくりときていないようで首を傾げた。
「あ、あと、さっき、踊り子の仕事って言ってたな! お前、腹見せて踊ったりしてたのか? 若い娘がそんな格好をしたらダメだろうが」
思い出したようにヴィニウスは私を責める。
もう、これ以上聞いても無駄と思って、責め方を変えたのね。
そんなこと言われても過去は過去で変わらないのに今さらダメ出しされてもこっちは困るわよ。
厳つくて、自分の耳なんてピアスをだらけのチャラチャラした男のくせにこんなときだけ妙に真面目なことを言う。
変な奴ね。
「お前は私の父親か! ダメってことはないでしょ? そんなの職業差別だわ! まあ、おへそを出す服が多かったのは事実だけど」
「そういえば、出会ったときもそういう露出の多い服をお召になってましたわね」
ジェスカちゃんも私の言葉に同意する。
私が持っている衣装の中では露出が少ない方なんだけど、世の中ではおへそを出す服というのは露出が多い分類に入るらしい。
その言葉にヴィニウスは顔を真っ赤にする。
「ははあ、温室育ちのお坊ちゃんには刺激が強い話だったようね」
私はヴィニウスを揶揄するように言った。
「うるせえ! 俺は本当にお前を心配して……」
ヴィニウスは真っ赤な顔のまま、喚き出す。
また、心配性な父親みたいなことを言いやがる。
「はいはい。ご心配ありがとうございます」
私はわざと慇懃な言葉を返した。
「もう心配してやらねえよ!」
ヴィニウスはそっぽを向いた。
無駄に私を責めたり、こんなことで拗ねるなんて子どもっぽいんだから。
私はヴィニウスに構うのを少しやめようと思った。




