十一話 森の中
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歩いても歩いても見渡す限り木、木、木ばかり。
道無き道をずっと歩いてきたが、村はおろか家なんて一つも見えてこない。
「本当に森の中って木と植物ばっかりね」
「だから森って言うんだろうが」
呆れたようにヴィニウスはため息をつく。
ため息をつくとストレスを軽減させる効果があるんだっけ。
ということは、私がストレス源ということなの?
だとしても、ヴィニウスだし、別にいいか。
「いい加減、家の1つや2つ出てきてもいい頃だと思わない?」
「そうだな。ここはよっぽど田舎なのか」
ヴィニウスは迷いがないと言わんばかりにさくさく歩く。
ここまで歩いて家が出てこないとなると、迷ったりしそうなものだが、ヴィニウスは違うらしい。
流石は将軍の甥。
精神も鍛えられているのね。
そんな精神的にも強そうなヴィニウスが、アスティアナさんに関してはあんなに怯えてたけど、何かトラウマでもあるのかしら?
「ねぇ、海の方に戻らない?」
ヴィニウスは精神的に強くても、私は違う。
ここまで来て人も家もないとなると流石に不安になってくる。
「戻っても崖で通れなかったろ?」
そう言えばそうだ。
岩場や崖で海岸沿いは歩くことが難しそうだったから森に入ったのだった。
「もー、じゃあ、ヴィニウスが飛んでちょっと見てきてくれない?」
私は歩き疲れていた。
いくら旅をしていたことがあるとはいえ、こんな道のないところを歩くなんてなかなかなかったもんだからクタクタだ。
精神的にも肉体的にも私は疲れていた。
ヴィニウスは体力馬鹿でなかなか休まないし、本当に辛いし。
「木の枝が邪魔で飛ぶのは無理だろ」
ヴィニウスは立ち止まり、上を指す。
私も立ち止まって上を見上げる。
木の枝が折り重なり僅かに光が落ちてくる。
確かにこの隙間を縫って飛ぶのはガタイのいいヴィニウスには難しそうだ。
「じゃあ、やっぱり海の方に戻って、そこから……」
そう言いかけたときだった。
ガサッと音がした。
どこから音がしたのか探るが、一瞬のことでよく分からなかった。
「熊? 狼?」
私は慌ててヴィニウスの後ろに隠れた。
「俺を盾にするんじゃねぇ」
ヴィニウスは迷惑そうに私を見下ろしながら喚く。
ヴィニウスの都合なんてわたしにとっては知ったことじゃないわ。
「ちょっと見てきてよ! 何かあったら逃げるから任せて!」
「なんだそれ、任せられないに決まってるだろ! 逃げ足が速そうなお前が見てこい!」
「そりゃあ、素早さと身のこなしはヴィニウスより上かもしれないけど、今はドレス来てるし、足も痛いし、無理よ。そもそも私は魔法使えないのよ! か弱いの!」
ヴィニウスの言う通り、足の速さにはそれなりに自信はある。
しかし、残念ながら、それは通常の状況であればである。
今はドレスを着ている上に足が痛い。
それに足場が悪い。
私の速さが生かせるとは到底思えない。
そうなってくると、一番の問題は、私が魔法を使うことができないということだ。
速さが生きない上に、魔法が使えないとなると、反撃のしようがない。
魔法を使う機会がなかったから暫く気づくことがなかったが、気付いたときにはもう魔法を使うことが出来なくなっていた。
どうやら、羽根をもがれたときに魔法を使うための重要な器官が壊されてしまったらしい。
そんなわけで私は身一つで戦うことしか出来ないのだ。
いざというとき、足場が悪いところで身一つで熊から逃げられる自信はない。
絶対に無理!
「飛べないし、魔法が使えないし、お前、本当に魔族かよ?」
そう言ってからヴィニウスは何か気づいたようにはっとした顔をした。
「また無神経なことを……ごめん……」
顔に似合わず気まずそうな顔をして小さく謝る。
「謝らなくていいわよ。代わりにちょっと見てきて!」
お願いするなら今がチャンスだ!
私はすかさずそう言った。
「それは無理! 俺だって武器なしでは熊には勝てないからな!」
ヴィニウスは慌てて首を大きく振った。
「無理じゃないわよ。ちょっとは私のこと守ろうとか考えないわけ?」
「うるせえ! 守って欲しけりゃ大人しくしろ、馬鹿!」
私とヴィニウスが言い合っていると、またガサガサと音がした。
私たちは黙って聞き耳を立てた。
ガサガサと言う音は次第に近くなってくる。
音の大きさから結構大きめのものらしい。
ヴィニウスは警戒しながら、私を隠すように後ろへ押しやる。
音は近づいてくるが、音の主はまだ見えない。
私は護身用のナイフを手にした。
海に落ちたときに流されてなくて本当に良かったわ。
音が止まる。
飛び掛るつもりなのかしら。
私もヴィニウスも身構える。
ガサッ。
すぐ近くの草が大きく揺れた。
来る!
「お、お姉様あああ!」
音が止んだ方から懐かしい声がした。
飛び掛ってきたのは綺麗な赤い髪をした勇者様だった。
「ジェスカちゃん!?」
私は驚いてナイフから手を離した。




