十話 流れ着いた先
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目を開けると、そこは砂浜だった。
私はなんでここにいるんだっけ?
記憶を辿る。
そうだ。
誘拐されて、逃げ出す途中で海に落ちたんだ。
髪や服はびしょ濡れだし、船でここまで来たのではなさそうだ。
あのあと流されてここに着いたってところか。
身体のあちこちが痛いが、目立った怪我はない。
良かった生きてる!
「そういえば、ヴィニウス! どこなの!」
私は一緒にいたはずの再従弟の名前を呼んだ。
「いるよ」
後ろで怒ったような声がした。
その声に私は1人じゃないことにほっとしたような申し訳ないような気持ちになった。
「あ、アンタも海に落ちたの?」
振り返ると、波打ち際で胡座をかきながらヴィニウスが濡れた髪をかきあげていた。
その顔には夜でもずっと掛けていたサングラスはない。
代わりに翡翠色の瞳が恨めしそうにこちらを睨んでいる。
筋肉質で高身長な体型に似合わず、ヴィニウスの顔は、知的な顔をしていた。
釣り上がった眉に垂れた目はサングラスより眼鏡が似合いそうだ。
その顔はキリリとしていて、記憶の中の父の顔やアスティアナさんの顔に少し似ていた。
なかなか格好良い顔をしているが、魔王のような美形を見過ぎている私にとってはなんの感慨もない。
日常の光景だ。
例えそれが海水に濡れて服が胸元まではだけた上に張り付いて妙に色っぽい格好をしていても、だ。
正直、魔王の寝起きの方が色っぽいんだよね。
色気は、魔王>ヴィニウス≧私の順だと思う。
やっぱり私は胸がないのがネックだわ。
いやいや、貧乳は貴重なの。
ステータスなのよ。
目の前にいなくても私にダメージを与えることが出来る魔王はやはり、私の敵だ!
魔王がいたら殴ってやれるのに!
私はそう思った。
「落ちるなっていったのに! お前が落ちるから下でキャッチして、小舟が衝撃で壊れて俺もそのまま海に落ちたんだ! お前を助けようとした結果がこれだ!」
ヴィニウスは怒ったように喚きながら、上着を脱ぐ。
よく鍛えられた筋肉と真っ白な羽根が太陽の元晒される。
ヴィニウスのくせにいい身体をしているわね。
「それは申し訳ないことをしたわ」
私は再従弟の成長に密かにダメージを受けながらそう呟いた。
コイツは成長しているのに、何で私の胸も身長も成長してくれないのよ!
「まあ、今回は運良く助かったから良かったけど、普通は死ぬからな!」
そう言いながらヴィニウスは脱いだ服を絞る。
私も服を脱いで絞ってしまいたかったが、再従弟とはいえ男の前でそれをやるのは憚られた。
仕方なしに控えめにドレスの裾や袖を絞るだけに留めておくことにした。
「そうなのよ。私、運がいいのよね」
なかなか抜けないドレスの水気を絞りながらそう答える。
実際、何度も死にかけている。
が、この通り生きている。
そもそも、いくら魔王が頑丈で強いとしても魔王の命を狙って生きていること自体、運がいいと思うもの。
「馬鹿か? 運でなんとかなったんじゃない。俺がなんとかしてやったんだぞ!」
自分が最初に「運良く」って言ったのに、私を馬鹿呼ばわりするのは酷くない?
と思ったけど、私はその言葉を飲み込んだ。
助けてもらったのにケチつけるのは悪いわよね。
「いや、本当に申し訳ない」
こうなっては私は謝ることしか出来ない。
ただ謝ってことを済まそうとした。
ヴィニウスは大きくため息をつく。
「まあな……実は俺も謝らなければならないことがあるんだ」
「え?」
ドレスからヴィニウスの方に目線を移動させる。
「さっきから偉そうに言っているが、ここがどこだか分からないんだ!」
そう叫ぶと、ヴィニウスは土下座を始めた。
砂浜の上、ずぶ濡れの半裸の男が土下座している。
それを見て立ち尽くす、同じくずぶ濡れの私。
なんてシュールな光景なんでしょう。
「いや、いやいやいや、土下座しなくていいから。頭を上げてよ」
そう言いながら、私は辺りを見回す。
見渡す限り、青い海と砂浜に、深い緑の森が広がっている。
こんな状況でなければ、うっとりするような美しい光景なんだけど、今は要らない。
今必要なのは場所が特定できるような特徴的な地形だったり、人だ。
しかし、周りに家はおろか、人の気配すらない。
確かにヴィニウスが焦る気持ちも分かるが、そんな土下座をしなくてもいいだろう。
それに、土下座したところで状況が変わるとも思えないし。
「本当にババアに殺される。完璧に未来が決定した。きっとすぐにババアは俺たちを見つける。それで俺はババアに殺されるんだ」
ヴィニウスは真っ青になり、ガタガタと震えていた。
「なにいってんのよ。大丈夫でしょ? 私もアンタもこんなにピンピンしてるし……あ、近くの村に行ったらすぐにアスティアナさんに連絡入れたらいいのよ! 私も謝ればなんとかなるかもしれないし……多分」
アスティアナが怒ったら止められる気がしないけど、怒る前になんとかすればいいのよね。
もう、怒ってるかもしれないけど。
「本当に? 大丈夫だよな?」
ヴィニウスは私に縋りつくようにそう言った。
大柄な男がブルブル震えて涙を浮かべているのはちょっと可哀想だが、あの生意気なヴィニウスだと思うと小気味よい。
「大丈夫、大丈夫! さ、どっか村でも探そう!」
私はほんの少し罪悪感を覚えながらヴィニウスの背中を叩いた。




