八話 ピアス男の正体
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「まあ、なんだ。うちのクソババアが悪かったな」
男は私を担いだまま、ぼそりと呟く。
「え?」
私は最初、何を言われたのか分からなかった。
えーっと、もしかして、謝られたかしら?
「悪かったと言っているんだ!」
ぶっきらぼうに男は叫ぶ。
どうやら本当に謝っているようだ。
そんな殊勝な態度がとれるような奴だったの?
「連れてこないと死ぬとか言われたから連れて来たんだけど、あんなこと言うなんて。自分の母親ながらクソババアだと思うわ」
男はため息を吐く。
「えーっと、アスティアナさんの甥御さんってのはもしかしてあなた?」
「そう。アスティアナ・A・ハルピュイアの甥だけど? 言ってなかったか?」
「聞いてないわよ!」
私は叫んだ。
私が怖がってたこの男はつまり再従兄ってことになるのか。
怖がって損したわ。
「いやいや、そもそも覚えてなかったのか? 子どもの頃何度も会ったのに? 一緒に遊んだのに?」
私は記憶を探る。
この淡い空色の髪に覚えがあるような、ないような。
いや、こんなそこそこガタイのいい男なんてやっぱり知らないわ。
「全然覚えてない! こんなごつい男、知らないわよ!」
「あー、十二年で六十cm以上伸びたから……」
「ろくじゅう!?」
「あと、言っとくけど歳はそっちの方が上だからな」
「歳下?」
つまり、再従兄ではなく、再従弟ということか。
私はもう一度記憶を探った。
そうね。それなら、確かに父の親戚に歳の近い男の子がいた気がする。
髪の色は淡い空色で色白。
一緒に木に登って遊んでたら、私が下に落ちたのよね。
高いところじゃなかったし、下が草でふかふかしていたから怪我1つ無かった。
普通、泣くのは私なのに、男の子の方が泣いちゃって、泣き止ますの大変だったわ。
あのときの子の名前は確かヴィニウスって言ってた気がする。
あれ?
確かこいつもヴィニウスと呼ばれていたわね。
「もしかして、ヴィニウス? 色白でまるまる太っていた、あの泣き虫の?」
ふかふかした白パンのようなあのヴィニウスが服の上からも分かるくらい筋肉質な男になれるものなのね。
私は感心してしまった。
「思い出したか。中々思い出さないからついいじめちまった」
ヴィニウスは豪快に笑う。
「笑っているけどね、腕をへし折るとか笑えない冗談だと思うわよ」
ヴィニウスの腕と私の腕の太さは倍くらい違う。
冗談にしてはタチが悪い。
「悪い悪い。スクルドは本当に変わらないから驚かしてみたくなって」
「失礼ね! 変わったわよ。身長だってここ二ヵ月で一cmも伸びたんだから!」
胸のボリュームは増える様子が一向にないけど、身長はまだ伸びているのだ。
変わっていないはずがないじゃない。
「身長よりも変わった方がいいところが沢山あると思うけど」
ヴィニウスは苦笑しながら私を床にそっと下ろす。
私はヴィニウスの言葉を無視して辺りを見回した。
どうやらここが私を閉じ込めておく部屋らしい。
部屋の中にはふかふかとした気持ちの良さそうなベットと、簡素な机、椅子が置いてあった。
「まあ、とりあえず、ここで閉じ込められてる振りでもしといて。飯でも食べて、そのうち頃合い見て帰してやるよ。じゃないと、あのクソババアがうるさいからさ」
私の手に巻かれた縄を解きながらヴィニウスはそう言った。
なんだ。
意外といい奴じゃん。
「そうだ! アスティアナさんが探してるはずだから早めに連絡しないと」
私は少し焦っていた。
ヴィニウスの言うことが本当で、これが誘拐じゃないとすれば、急いでアスティアナさんに連絡する必要がある。
「それならババアの屋敷に使いをやったから大丈夫だと思うけど。探してもいなかったら帰ったと思って家に帰るだろ?」
「あー、家には帰ってないと思う……」
私は内心、焦りながらそう答える。
「は?」
「すごく言いづらいんだけど、あのカフェの店員さんにお会計頼んだじゃない? そのときに私、メモを渡してたのよ。アスティアナさんに渡すようにって言付けて」
「まさか……」
「誘拐されたって書いたメモなのよねー」
私はバツが悪いのを誤魔化すように笑った。
途端に、ヴィニウスの顔が真っ青になる。
うわぁ、髪の毛の色にそっくりな色になってる。
「馬鹿! お前は変に頭がまわるな! ババア、血眼になって探すぞ? 下手すりゃ、俺が殺されるわ!」
ヴィニウスは叫ぶ。
「だよねー」
私はもう笑うしかなかった。
我ながら面倒くさくなるようなことをしてしまった。
「いや、万が一、そんなこともあろうかと、居場所がなかなか分からないように船に連れてきたわけだから大丈夫か。いや、帰すのは時間がかかる。いや、でも、もう誰が連れて行ったかババアは分かってるはずだし……」
ヴィニウスはブツブツと呟く。
「どうしたらいいと思う?」
「やっぱり無理! 今すぐ帰るぞ!」
ヴィニウスはそう叫んで立ち上がった。




