六話 誘拐されました
***
「おい、お前。変な行動をしたらただじゃおかないぞ。いつでもお前の腕をへし折ってやれるんだからな」
ピアス男はそう息巻く。
このスクルドちゃんの細腕をへし折るだなんて野蛮な奴ね!
暴力男!
と叫びたいところを我慢する。
「何もしないわよ」
私は表面上冷静さを保ちつつ、内心はパニックになりながらそう言ってやった。
アスティアナさんに何も言わずにここまで来ちゃったけど、どうしよう。
これってヤバイやつじゃない?
大丈夫だよね?
殺されないよね?
全年齢対象の小説だもの。流石に主人公は死なないわよね?
根拠はないが大丈夫であってほしいと私は祈った。
手だって両手を胸の前でグルグルに縄で縛られている。
こんなのじゃ、逃げようがないじゃない。
いや、手が動かせたって、動いてる馬車に乗っているんだもの。
どうやって逃げたらいいのよ。
それにしても、帝国の人間って何でワンパターンなんだろう。
このパターンはあれでしょ。
三ヵ月近く前にあったやつと一緒よね?
私は魔王に連れられて馬車に乗ったことを思い出していた。
どうせ乗るなら船とか、最近できたという「煙を吐く鉄の馬車」に乗ってみたいものだ。
それにしても、いったいどこに連れていかれるのかしら?
扉についてる小窓から外を覗こうとするが、窓にはカーテンがかかっている。
私はカーテンに手を伸ばす。
すると、ピアス男が威嚇するように舌打ちをする。
私は慌てて手を引っ込めた。
簡単に外を見せてはくれないようだ。
相手はどこに連れていくか私に知られたくないようね。
私は男をちらりと見る。
特徴的なのは淡い空色の髪とピアス。
髪の色はある程度血筋によって異なるが、長いこと魔族社会から離れていた私にはそれだけで人物を特定できるほどの知識はない。
今の私に分かるのは、せいぜい、魔族か人間かぐらいなものだ。
その厳つい見た目に反して繊細な刺繍の施された高そうな服を着ていることから貴族のようだ。
アスティアナさんをババアと呼んでいたからおそらくアスティアナさんと顔見知りなのは間違いないだろう。
アスティアナさんに近しい貴族となると、軍の関係か?
いや、有力貴族で将軍ともなれば、取り巻きや知り合いはたくさんいるはずだ。
相手を知るヒントは他にないかしら?
私は男の手を見た。
手袋しているため、マメがあるかどうかすらわからない。
足も特徴的な形をしているわけでもなさそうだ。
ドラゴンのように角や翼といった特徴がある種族もいれば、ケイト女史のようにぱっと見て分からない種族もいる。
敵を知るにはもう少し観察をする必要があると心の中で呟く。
男を観察しているうちに少し冷静になってきた。
いい調子だわ。
誘拐されているときは冷静になることが肝心だってケイト女史が言ってたもの。
「そろそろだな」
男がそう言って間もなく、馬車は速度を緩める。
どうやら目的地に着いたようね。
私は少しでも多くの情報を手に入れようと気合を入れる。
馬車はとうとう止まった。
男の手下が扉を開く。
眩しい。
私が目を凝らすとそこには青の色彩が広がっていた。
「早く降りろ」
私は男に促されるまま、転げるように外に出た。
潮の匂い。
間違いなく海だ。
幸いなことに時間からして、連れ去られたところからはあまり離れていないようだ。
「呆けてないで歩け」
私は男に腕を引っ張られる。
男の歩く速度はかなり早かった。
私の脚の長さと男の脚の長さ、どう考えたって違うのに。
どうやら、女性に気遣いのできない奴らしい。
頑張って脚を動かすがなかなか歩調が合わない。
「はやい! はやいから」
私は手を振り払おうとするが、男の力は強い。
私は何も出来ないまま、ついにはずるずると引き摺られるように移動する羽目になる。
引っ張って動くなんて荷車みたいね。
私は諦めてそれを受け入れることにした。
その瞬間だった。
男は急に手を離す。
私は当然のように倒れた。
一体何よ? 乱暴すぎやしない?
私は悪態を飲み込んで、立ち上がる。
目線の先、男の後ろには大きな影があった。
白い帆、そこから何本も張られたロープは木製の船体をしっかりと繋いでいた。
帆船だ。
「ふね?」
まさか、まさかね。
これに乗る訳では無いわよね?
後ろを振り返ると男の手下がさらに増えていた。
どうしよう。
完璧に逃げるタイミング逃したわ。
今、鏡があったら海と同じように真っ青な私が映っているに違いない。
「何転がってるんだ? さっさと行くぞ」
私はまた男に引っ張られて船に乗り込むのだった。




