五話 買い物に行こう2
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カフェの中は若者や女性客でいっぱいだった。
内装をぐるりと見回す。
赤レンガの壁にアンティーク風の木製の床、ライトオークの机と椅子が並ぶ。
流行りのオシャレなカフェという感じね。
「ねぇ、アスティアナさん、そろそろ城に戻らない?」
くるみやアーモンドの入ったパイを食べながら、私は思い切ってそう言った。
「いやです」
アスティアナさんは顔をしかめてコーヒーを机の上に戻し、首を振る。
「魔王も一応、いろいろ考えてお見合いを持ってきてるみたいなんだし」
私の言葉にアスティアナさんはため息を大きくつく。
「なんであんなことをするのか大方のことは予想がつきます。どうせ、後継ぎの問題でしょう」
「知っていたの?」
「後継ぎの問題からいえば、結婚してしまったほうが楽かもしれませんね。ですが、私には結婚する気がありません。まだやらなければならないことがあるんです。陛下もそれについては知っているのですが、諦めさせたいのでしょう。だから、結婚しろとうるさいのです」
「やらなきゃならないこと?」
「仕事とかそんなところです。貴女を無事独り立ちさせることも含まれますかね」
はたして魔王がそんなことを諦めさせたいのだろうか。
だって、天下の将軍様よ?
素人でも、帝国にとってアスティアナさんが必要なことぐらい分かる。
本当に仕事のことなら諦めさせるより続けてもらう方がいいに決まってる。
明らかに、アスティアナさんは嘘をついている。
違和感を抱きながら、私は紅茶のカップを手に取った。
いや、そんなことを考えるのはやめよう。
きっと私に積極的には知られたくない何かがあるだけに違いない。
嘘なんてそんな悪意のあるもの、アスティアナさんがつくはずはない。
私は気を取り直して紅茶を口にした。
「大体、陛下のされていることは逆効果なんですよ。断り続ければ結婚する気がないなどと噂が立つでしょう。それならば何もしない方がましというものです」
アスティアナさんはコーヒーを口に含む。
そこに関してはアスティアナさんの言うとおりだ。
「でも、寿命が長いとはいえ、やっぱり何があるかわからないし、魔王はそこを心配してるんじゃない?」
「人を年寄りみたいに言うのはおよしになって。とにかく、子どもはともかく、結婚はしません」
アスティアナさんは頬を膨らまして拗ねたようにそう言った。
アスティアナさんの言い方、妙に引っかかるわね。
「子どもはいたらいいなってこと?」
さっきの言い方だと、結婚はしたくないけど、子どもは欲しいってことになるわよね。
「まあ、配偶者は欲しいとは思いませんが、子どもはいたら良いなとは思いますね」
「ちょっと失礼かもしれないけど、後継ぎが欲しいなら結婚しないでも子どもがいればいいわけでしょ? 例えば、養子をとるとかそういうのはどうかしら? 子どもさえ居れば魔王だってお見合いを持ってこないでしょう?」
私の意見にアスティアナさんは少し困ったような顔をする。
「そうですね。実際、甥を養子にと言われたことがありますが、子どもを政治的に利用するみたいでどうも気が引けるんですよ。それに、私みたいな粗野で粗忽者が親になるなんて…… たまに貴女とこうして出かけるぐらいが丁度いいんです」
「そんなことないわ。アスティアナさんは充分しっかりしていて、今だって親代わりになってくれてるじゃない!」
「いえ、本当に今はいいんです」
アスティアナさんは首を振った。
「でも……」
「とにかく。今日は休暇ですから、その話はもうやめましょう」
アスティアナさんは笑顔だったが、それ以上何も言わせないような凄みがあった。
「ええ」
少しでも力になってあげたかったのだが、どうやらお節介だったらしい。
私は言いすぎたことを反省した。
「さてと、このあとは服を見に行きたいんですけど、お付き合いおねがいしますね」
アスティアナさんは手を叩いて、はしゃぐような声でそう言った。
私もとりあえず、この時間を楽しもうと決めた。
「……その前にちょっといいですか?」
アスティアナさんは恥ずかしそうにトイレの方を指す。
服を買いに行く前にトイレに行きたいと言うことらしい。
私が頷くと、すぐに席を外す。
暫く待つ。
あれ? なかなかアスティアナさんが帰ってくる気配がない。
ちらりとそちらを見る。
カフェのトイレは混んでいるようで列ができていた。
長そうね。
私はそう判断して、店員さんにお会計をお願いする。
店員さんと入れ違いに見たこともない男がテーブルの前に立つ。
「お前がスクルドって奴?」
そう言いながら淡い空色をした髪の男がアスティアナさんの座っていた席にドカッと座る。
耳にジャラジャラと大量のピアスを付けたちょっと厳つい男だった。
濃い色のサングラスをかけているせいか表情は読めない。
「そうだけど。あなたは?」
私は訝りながらそう尋ねる。
「それはいいから。ババアに言わずにちょっとついてきてくんない?」
厳ついピアスの男は顎で合図をする。
私の後ろで人が集まる気配がした。
振り返ると、同じく体格のいい男が3人、私を取り囲んでいた。
逃げることは無理そうね。
先程から動かないトイレの列を見る限り、アスティアナさんは、まだ帰ってこないだろう。
私は観念した。
「その前にお会計をしてもいいかしら?」
その言葉にピアスの男は舌打ちをする。
「時間稼ぎなら無駄だ。早くしろよ」
私は男たちの後ろで困っている店員さんを呼び、お金を渡した。




