三話 将軍の反抗
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先日、魔王はアスティアナさんの力になってやれと言っていた。
でも、これはあまりにも急すぎる展開だ。
魔王の説得を試みたものの、逆にあっさり私が説得されるという事態が起きた。
申し訳なくも、そのことを報告をすると、アスティアナさんは「やっぱり、領地に帰る!」と叫んで家出しようとしたのだ。
私たちはアスティアナさんを散々説得したり止めたりしたのだが、無理だった。
流石に戦艦潰しのアスティアナと呼ばれる彼女に抵抗できるほど、私も、ケイト女史も、物理的にも精神的にも力はない。
努力も虚しく、実力行使でこうして無理矢理、アスティアナさんの領地まで連れてこられた。
そう、私とケイト女史は、アスティアナさんの家出に付き合わされているのだった。
何も言えず、置き手紙すら出来ぬまま、ここに来てしまったが、今頃、魔王たち、大丈夫かしら。
将軍がストライキ。
城のどこにもいないとなったら軍も国も大騒ぎだろうな。
帝国の首都から離れた領地にあるアスティアナさんの屋敷まではそういった情報は噂すら届いていない。
もしかしたら、口止めしているのかもしれないわね。
だって、すごい兵器が逃げ出しちゃったようなもんでしょ?
色々な意味で言えないわよね。
偉い人たちに責められる魔王を想像しながら、私はぼんやりと窓の外を見た。
深い緑をした森の先に、薄らとコバルトブルーの海が見える。
広大な帝国の端、ルドベキアからもほど近い、海と面したノショウと呼ばれる地域がアスティアナさんの領地だった。
ノショウは元は私の父親の治めていた場所。
それを親戚であり、元々治めていたところが隣だったという理由から、十二年前からアスティアナさんが合わせて治めているという。
つまり、ここは私が生まれ育った場所ということらしい。
まあ、私が住んでいたときの屋敷は燃えてなくなってしまったのだから、この屋敷に覚えがないのは当然なのだが。
「食事中にお行儀が悪いですよ」
アスティアナさんがため息を漏らす。
「ごめんなさい!」
私は慌てて皿の中のチーズパイにナイフを入れた。
そうだ。
今は朝食中だった。
アスティアナさんとケイト女史と3人でとる朝食は新鮮だ。
普段はアスティアナさんは軍の食堂で、ケイト女史は別の女官たちと一緒に朝食を食べているらしい。
この時間に3人揃うことはないのだ。
私は新鮮な気持ちでパイを口に入れた。
「まあまあ。将軍の我儘に付き合ってるわけですもの。お疲れなのでしょう」
そう言いながら、ケイト女史はステーキを切り分ける。
ケイト女史は優雅な見た目にそぐわず肉食系らしい。
朝からもりもりお肉をたべる。
お肉嫌いの私からすると、朝からこんな脂っこいものよく食べれるわという感じである。
「じゃあ、今日は勉強はやめにして、外に出ません? せっかくのお休みですし」
アスティアナさんは楽しそうに顔の横で手を叩く。
アスティアナさんの場合、休みじゃなくて完全なるばっくれなのだから、もう少し申し訳なさそうな顔をしていてほしい。
「疲れているというのに外出ですか? 何度も申し上げますが、将軍の我儘に付き合ってるのですよ?」
ケイト女史の顔はにこやかだが、語気は鋭く苛立ちを隠せない様子だった。
年上かつ身分も高く、魔王すら恐れる実力を持つアスティアナさんに対してここまでハッキリと物言いできるのはケイト女史ぐらいだろう。
一見穏やかそうだが、誰よりも芯が強いのがケイト女史の性格とも言える。
私は口も挟めず、黙ってパイを咀嚼した。
「精神的な休息、息抜きという意味では外出は必要です。スクルドはそう思いませんか?」
アスティアナさんはキラキラとした笑顔でこちらを向いた。
こっちにパスが来ると思ってなかったから完全に何も考えてなかった!
私は慌ててパイを飲み込む。
「そうね。そういうことも偶には大事よね」
ケイト女史のじっとりと睨めつけるような目線を感じる。
あ、この受け答えは失敗だったかも。
「一般論ではね。でも、私には勉強が一番、大事なことなの」
私はそう付け加えた。
私には時間がない。
あと二年もしないうちに領主になるのだから。
優秀なサポート役を付けてくれる手筈にはなっているらしいが、頼ってばかりはいられない。
今はとにかく勉強をするしかないのだ。
「ご自身の従姪を困らせてはなりませんわ、将軍」
私の答えに満足したようにケイト女史が頷く。
「そうですか……では、大人しく一人で運動していますね」
しょぼくれたように下を向くアスティアナさん。
その様子はいつもの勇ましい姿からかけ離れている。
軍の人たちには見せられない姿だわ。
ケイト女史はため息をつくと、スケジュール帳を取り出す。
そして、パラパラと捲り、指で文字をなぞるとスケジュール帳を閉じた。
「仕方ありませんね。午後からは外出できるようにスケジュールを組みます」
なんだかんだ言ってケイト女史はアスティアナさんには甘い。
流石に可哀想に思ったようだ。
いや、可愛そうなのは、私の明日のスケジュールである。
おそらく、明日はここに来るまでに出来ずに溜まっていた分の勉強と今日分の勉強でギチギチなんだろう。
そして、それが出来るとケイト女史は判断したのだろう。
なんと恐ろしい女だ、ケイト女史!
仕方ない。
私は気合いを入れるため、ヨーグルトの蜂蜜がけをお代わりすることにした。




