二話 夜這いではありません
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と、言うわけで、魔王を説得するハメになったのだけど……
魔王、忙しすぎ!
仕事仕事仕事仕事仕事仕事。
時々、軍の訓練に参加もしくはメイドに混じって清掃活動などなど。
1日中観察していたけど、ずーっと何かをしている。
しかも、あの変態腹黒眼鏡が一緒にいて、目を光らせているので話しかける余裕すら無い。
私が扉の外にいる時点で、変態腹黒眼鏡に気配を気付かれて、「陛下は忙しいので後日お願いします」って言われて扉閉められるのよ? 詰んでない?
勿論、私が勉強している時間は魔王の様子なんて見ていられない。
もしかしたら、その間が暇なのかもしれないけど、それにしてもずっと動いていらっしゃる様子。
あれ?
これはわざとかな。
絶対、私に会いたくないからってわざと仕事入れてるでしょ。
部下が有能過ぎてやることないって言ってたじゃない。
よく良く考えれば、ここに来て最初の頃は、私が勉強中に魔王が遊びに来たわ。
ケイト女史に「勉強にならないでしょう」と、怒られてた魔王を思い出す。
あんな年下に怒られる魔王。
もっと威厳を持てよと思ったのは一ヵ月前までのことか。
それに、ご飯を食べるのも一緒だったはずなのに、いつからか別々になってしまっている。
顔を合わせれば求婚求婚求婚。
お前は発情期の動物かと思うほどの熱烈なアタックをされて、私は疲れていた。
それがここ一ヵ月なくなって、清々していたところだったんだわ。
アスティアナさんの件でお話がしたいときに限ってこれだ。
嫌われるのは構わないのだが、話したいとき話せないのはとても困る。
えーい、こうなったら、寝ているところを突撃するしかない。
私はそう決意した。
流石に魔王でも寝ないということはないだろう。
そして、寝ているときはあの変態腹黒眼鏡も一緒にいないはずだ。
完璧な作戦だ。
私は意を決して夜を待つことにした。
そう、私は夜を待つことにしたのだが……
スクルド、痛恨のミスです。
やっぱり、夜はだめでした。
「なんでこんなことになってんのよーー!」
私は魔王の下で叫んだ。
ベットの上で、魔王に覆いかぶさられている私。
この体勢、俗に言う「押し倒された」ってやつじゃないの?
幸いなことに両手は自由がきくのだが、魔王は叩こうが押そうがびくともしない。
意外と筋肉質な身体してるのね。
なんて考えてる場合じゃない。
乙女の危機。
貞操の危機。
私はまだ清らかでいたいのよ!
「女性が勇気を出して夜這いにきたのだから、それに応えるのが務めでは?」
魔王は馬鹿真面目に答える。
月明かりに浮かぶ顔は相変わらずの無表情のポーカーフェイス。
「ちっがーーーう! 私は話がしたくて来ただけなの! 大体、私がこうでもしなきゃ話せないじゃない! 魔王のえっち! すけべ! 変態! ロリコン! 」
なんで、ベットに横になってた魔王に声を掛けただけで、腕を掴まれて、ベットに引き込まれて、覆いかぶさられなきゃならないんだ。
私はまだ「魔王」としか言ってなかったのに!
「夜、男の部屋に入るという意味が分かっていないのか?」
魔王は威圧感のある声でゆっくりとそう言った。
確かに魔王の言うことには一理ある。
私は暴れるのをやめて、魔王を見据える。
「そうね。あの変態腹黒眼鏡の妨害を気にするあまり、時間帯をもう少し考慮するべきだったわ。魔王が絵に描いたようなポンコツ野郎でも、現実味のない美形でも、男であることには変わりないわね。魔王だから安心してたのに。裏切られた気分だけど、私のせいなのよね」
私はあえて魔王の良心を抉るような言葉を選んだ。
「それは……」
魔王は落ち込んだような顔をする。
本当に子犬のような可愛らしいお顔をしますこと。
威厳がなくなるから普段は無表情でもいいのだが、こっちはこっちでいじめがいがある。
「魔王は違うと思ってたのに! 所詮、魔王も男。そういう目でしか私を見ないということなのね。酷い!」
私は両手で顔を隠し、啜り泣く。
「違う……違う……」
魔王は僅かに顔を曇らせて困ったような表情をする。
いつもはあんなに無表情なのに、私にだけこんな顔をする。
そこはちょっと可愛い。
「仕事仕事で一ヵ月も放っといて、私が話し掛けたら急にこんなことするなんて」
一ヵ月も放っとかれてることに気づいたのは、実は今日なんだけど、「今まで傷ついてました」アピールをする。
いい調子ね。
魔王を良心をガンガン攻撃してやるわ。
「……すまない。仕事が多かったのは事実だが、言い訳になる。スクルドには、色々と話さなきゃいけないことが沢山ある。が、それを伝えるのに、自分自身、整理が付かなかった。避けてきたのは事実だ」
「色々?」
「色々。だが、調べてることもあるからもう少し時間が欲しいのだが」
魔王は苦しそうに顔を歪めた。
もしかして、両親の仇のことかしら?
やっぱり何か知ってるのね。
私は気が長い方じゃないから早く教えて欲しいのだけど、魔王を見てるとそうも言えなかった。
「仕方ないわ。もう避けないでよね」
「すまない」
魔王はそう言うと、私の上から退いた。
そして、電灯を付ける。
部屋は明るくなり、魔王の顔が良く見えた。
「で、話とは?」
元の無表情に戻った魔王は淡々と問う。
「とりあえず、座って。それから話しましょ?」
私は身だしなみを整え、ベットのヘリに座った。
魔王もその横に来てちょこんと座った。
「じゃあ、本題ね。アスティアナさんのお見合い、もうやめにしてくれない?」
これが言いたくてこんなところまで来たのだ。
この一言さえ言えれば、アスティアナさんへの言い訳もできる。
「アスティアナに言われたのか? それは無理な相談だ」
「なんで!」
魔族なんて寿命が長いし、その分出産が可能な年数も長い。
今すぐ結婚しなくたって大丈夫なはずだ。
「彼女は有力貴族だからだ。配偶者も子もいないとなると、後継ぎ争いが起きる。増えた領地が減ることもあるからな。後を継ぐ気でいる連中も騒がしいと聞く。そういう連中を黙らせるには結婚して子をつくって、表面上だけでも何も言えなくする方が楽だろう。結婚しないとしてもだ。せめて、噂だけでも結婚する気があるとしておけば、少しは牽制になるやもしれんから、こうしてお見合い話を持っていくのだ」
魔王の言葉に私はドキリとした。
増えた領地が減る。
アスティアナさんに預けた、私の父親の領地を私に渡すことを指しているんだわ。
私のせいで、アスティアナさんは苦労をしているのね。
「私のせいなのよね?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。元々、後継ぎに関してはアスティアナの弟がアスティアナの後を継ぐ予定だったのだが、先に亡くなってしまってな。そこからまたゴタゴタが起きているらしい。スクルドの件がなくとも、問題は起きていたわけだ」
魔王も一応、考えて行動してくれているのね。
「でも、本人は嫌がってるわけだし、どうにかならない?」
「もう少し、お見合い話を持っていく頻度を下げることは考えるが、後継ぎ問題が解消されない限りはどうにもならん。妨害等で仕事に支障が出てくる恐れもあるからな」
あまりにもまともな回答ばかりだ。
軍人であるアスティアナさんの仕事となると、国に直結するわけで、その仕事に支障が出てくるということは個人レベルでどうこうという問題ではないということだ。
個人が国に対して反論なんて出来るはずがない。
お見合い話を持っていくの頻度が下がるぐらいで妥協しておくのがよいだろう。
でも、私の感情としてはなんとかしてあげられたらという気持ちはある。
魔王の説得は無理でもなにか出来ることはないのだろうか?
「じゃあ、私に出来ることはない?」
魔王はしばらく考え込むような素振りを見せる。
「そうだな。相当ストレスも溜まっているだろう。話し相手になるなり、アスティアナの力になってやってくれ」
魔王は柔らかく笑うと私の頭を撫でた。
急なことで私はびっくりしたのだけど、なんだか懐かしいような気持ちになる。
私はしばらく魔王に撫でられることにした。
「じゃあ、さっきの続きでもするか?」
魔王は真剣な顔で冗談めいたことを言う。
どうやら魔王は反省していなかったらしい。
素直に撫でられてる場合じゃなかった!
「変な冗談はやめてよね! 魔王の変態!」
私は魔王を突き飛ばすと、慌てて魔王の部屋を飛び出した。




