終幕 将軍と私
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ジェスカちゃんたちと別れてから約1週間が経つ。
なぜか、わたし、魔王の城に住んでます。
魔王の城に来て数日。
本当に色々とゴタゴタしていた。
そして、ゴタゴタのせいで魔王からは何も聞き出せてないのよね。
早く聞き出して復讐してやりたいのに。
焦る気持ちを抑えて私は魔王の城にいた。
今日、アスティアナさんというお偉いさんが来て説明があるらしい。
何を説明されるのかよく分からないんだけど、とにかく呼び出されたのだ。
アスティアナさんと言えば、魔王より強い人なのよね?
すごくプレッシャーなんだけど……
緊張して待っていると、部屋に入ってきたのは、小柄な女性と長身の女性の2人だった。
長身の女性の方が自らをアスティアナ・A・ハルピュイアと名乗った。
アスティアナ将軍は空色の髪をベリーショートにして銀ぶちの片眼鏡をかけていた。
背中にゆとりがあるマゼンタ色の軍服を着て、キリリとした表情で私を見つめる。
第一印象は硬く冷たい。軍人という雰囲気だ。
将軍という地位についているらしく、軍の最高責任者であることが説明された。
軍の最高責任者って、私はやっぱり処刑されちゃうの?
そう思いながら話をするが、アスティアナ将軍は丁寧な言葉遣いで、私の暮らしぶりや、ここ数日の体調などを聞いてくるだけだ。
私は、何不自由ない暮らしをしていること、皆思った以上に親切であること、非常に元気であること、罪人であるはずの私がこれでよいのかといった話をした。
アスティアナ将軍は私の話を聞いた後、それをメモにとり、頷く。
そして、ひとこと。
「ええ、よいのです。貴女はこれからある地域を治めていただきますので、それまではそのような暮らしになります」
「え、つまり、私が領主に!?」
まさに晴天の霹靂。
霹靂どころか夏のルドベキアに雪が降るくらい突然なことだった。
「ええ、貴女が十二年前、何者かによって滅ぼされたシレーネ家の嫡子、スクルド・A・シレーネ本人であることが確認できました。シレーネ家は元々貴族の家系。領地をお返し致します」
アスティアナ将軍は事務的に述べる。
表情はないと言っていいぐらいのポーカーフェイスだ。
何を考えているのかさっぱり掴めない。
「有難うございます」
魔王や変態眼鏡を相手にするように馬鹿にはできない。
緋色の軍服を纏った彼女を見ているとつい敬語になってしまう。
「つきましては、領主として相応しい人格、教養などを身につけて貰う為に2年間ばかり城で教育を受けて戴きますがよろしいでしょうか?」
服とは対称的な空色のベリーショートの前髪の隙間からモノクルの奥に隠された瞳が知的に光るのが見えた。
「私が? 本当に?」
この十二年間教育らしい教育を受けていなかった私が人並みの教育を受けることが出来るなんて夢のようだ。
「ええ、講義に関しては、こちらのケイト女史が教えてくださいます。ケイトはまだ九十二歳ですが、とても優秀です。歳も近いので私たちよりも貴女と話があうでしょう」
ケイトと呼ばれた女性が頭を下げる。
クロワッサンのような金の巻き髪が揺れた。
ケイト女史は、常に微笑んでいるような顔をしていた。
見たところ普通の若い女性のよう。
でも、九十二歳ってことは当然魔族なのよね。
「ケイト・D・ゴルゴーンと申します」
「スクルドと申します。宜しくお願いします、ミス・ケイト」
行儀よく返すとケイトは微笑みで返してきた。
「では、私はこれで」
無表情に告げると、アスティアナ将軍は部屋を出ようとした。
「待って、アスティアナさん!」
「何か?」
「何から何まで有難うございます」
こんなによくしてもらったのは久しぶりだった。
「失礼。申し訳ございませんが、これ以上は耐えられません。これより態度を崩すことをお許しください」
「え?」
私が返事をする前にアスティアナ将軍はキリリとした表情を崩し、穏やかな表情になる。
「スクルド、本当に無事で良かった。私はずっと貴女を探していたんですよ。無事でいてくれてありがとう」
「えーと、みなさんのおかげです」
やっぱり、犯罪者が逃げ出したら探すわよね。
でも、無事でいてくれてありがとうってどういうこと?
「いえ、まず、貴女が捕まったこと自体、こちらの不手際でした。貴女は魔王陛下の命を狙っている……ようでしたが、魔王陛下はあの程度ではかすり傷一つ負いません。貴女はさしずめ小鳥。小鳥がこちらに向かってきた程度でどうこうするようないわれはないのです。魔王陛下を殺すのであれば、私ほどの実力がなければ無理ですから」
アスティアナさんはコロコロと笑う。
「はい?」
「本来では必要ないことですが、陛下は貴女を逃がしました。処刑するつもりなどありませんのに。第一、私は一目見た時から貴女の身元が分かっていました。貴女のことはずっと探していましたし、貴女の顔は貴女の母上によく似ていますから」
「え、つまり、逃がされたけど、私、最初から犯罪者じゃなかったってこと?」
「まあ、犯罪だとしても、私が揉み消してますね。貴女の母上と私は親友でしたし、貴女の父上は私の従兄ですから」
私は十二年以上前の記憶を辿るが、アスティアナさんと会った覚えはなかった。
会ったこともないのに、ずっと私を探してくれていたのか。
「そう、貴女は親友の子であると同時に、私にとってはとても大切な、血の繋がった親類なのです」
アスティアナさんは拳を握った。
なぜ、ここで拳を握るの?
私の疑問をよそにアスティアナさんは続ける。
「なのに、魔王陛下と来たら、逃しただけじゃなく、あんな野蛮な場所に貴女を置いていってしまうだなんて。私だってあなたを助けに行きたかったのに、将軍が行ったら戦争になるからやめなさいって言われるし…」
アスティアナさんは鬼のような形相をしていた。
これって、もしかしてヤバイんじゃ。
その様子にケイト女史は慌てて椅子から立ち上がる。
「本当に魔王陛下でなかったら、こうしてやってますよ」
アスティアナさんはそのまま、拳を壁に打ち付けた。
ビシッという音と共に壁にヒビが入る。
これ以上壁に拳を入れたら部屋が壊れてしまう。
私も慌てて椅子から立ち上がった。
「この部屋はまだ将軍仕様の壁じゃないんですから、叩かないで下さいませ!」
そういって、ケイト女史がカッと目を見開く。
すると、アスティアナさんは壁に拳を付けたまま、ビシッと動かなくなる。
あ、ケイト女史はゴルゴーンって言ってたわね。
ゴルゴーンって、石化能力のある家系だっけ。
だから、アスティアナさんが固まったわけか。
アスティアナさん、固まっちゃったけど、どうやって元に戻すの?
そう思っているうちに、すぐにアスティアナさんは気合いで動き出す。
「はー、失礼。お見苦しいところを見せましたね。ケイト、流石です。よく止めてくれました」
軽く一撃で壁にヒビを入れられる女将軍と、それを止めることができる家庭教師。
うん。この2人を怒らせてはいけないな。
そう私は心に誓った。
「いいですか。貴女のことは私が守ります。ですから、もう2度と無茶はなさらぬよう。よろしくお願いしますね」
アスティアナさんは笑顔で私を抱きしめた。
アスティアナさんからは懐かしい匂いがした。




