二十五話 変態は割となんでも知っている
私はブチ切れて、叫んだ。
びっくりした顔をして魔王と女がこちらを見つめていた。
「よくぞ言いました、お嬢さん!」
はいはい。またまたよく知った声が私の耳に届いた。
容姿と笑顔はまさしく天使。
そう、天使様の登場だ。
縄でぐるぐる巻きにされて、天使様に引っ張られてきたのは赤鼻狸親父のデュグライム。
その後には変態眼鏡、ジェスカちゃん、地味顔のリザルトが続く。
「お姉様ご無事でしたか?」
開口一番にジェスカちゃんが問う。
「ええ。でも何で皆ここに?」
「舐めないでいただきたい! 魔王様のいるところくらい、臣下として知っていて当然です!」
そう胸を張るのは変態腹黒眼鏡だった。
どうやら変態眼鏡が魔王に発信機か何かを仕掛けているようね。
「補足すると、俺たちはアンタと別れた後にデュグライムを引き連れたリュウ猊下と会った。その後、ナハツェール閣下に会って、アンタと魔王の居場所がここだって言うもんだから、ジェスカが連れていけと言う。で、ここにきた」
リザルトが長めの解説をしてくれる。
聞いてもないのにありがとう。
自己紹介も私の知らない間に済ませていたみたいね。
話の流れからすると、リュウ猊下=天使様ってことでいいのよね。
天使様は微笑む。
「申し遅れました。僕は教皇庁国務省特別室のリュウと申します。デュグライムさんも投降してくださいました。貴女も投降してくださると嬉しいのですが」
天使様は幽霊のような女に告げる。
「断る」
捕まる気はないようで女は剣を構えた。
「では仕方ありませんね。力ずくで貴女を逮捕します」
天使様はゆっくりと口角を上げた。
「ハン、教皇庁のお坊ちゃまに何ができると言うんだ」
挑発するように叫ぶ。
「そうですか。あまり手荒い真似はしたくなかったのですが」
天使様は笑みをたたえたまま、半身を取り構える。
一触即発状態。
初めに動いたのは天使様だった。
音もなく影が動く。
女はそれに向かい、剣を薙ぐ。
天使様は軽やかに跳躍し、避ける。着地と同時に素早く体を滑らせる。
そして、女が剣を構え直す間も与えず、鋭い突きを鳩尾に繰り出す。
ドンと謂う音と共に女の体はたやすく飛んでいった。
「最近のテロリストは弱いもんですね」
「貴様……っ」
その言葉に激昂した女は直ぐに立ち上がった。
「嗚呼、あまり動くと酷いことになりますよ」
天使様は相変わらず笑顔で言う。
女は怒りの形相で剣を振り上げた。
「うぐっ」
しかし、その剣は天使様には届かなかった。
女は床に膝をつき、苦しそうに肩で息をしていた。
「嗚呼、呪いを貴女に一つ移させて戴きました。命まではとりません。どうか投降してください」
にっこりと微笑を浮かべる天使様は、まさに“正義の天使”“神の代弁者”だった。
と言いますか、いつの間に何をしたんですか?
言っていることは激しく中二病臭いのですが。
「断る」
苦しそうに苦悶の表情を浮かべたながら女は立ち上がろうとする。
ドン!
ドン!
ドン!
続けざまに爆発音が3回した。
その場にいた皆が一様に驚いた顔をする。
その中で女だけがにやりと笑っていた。
「ふふ、これで俺の仕事も終わりだ」
ドン!
今度は近くで爆発音がした。
ぐらりと地面が揺れる。
わずかに床が傾く。
「お前、まさか!」
デュグライムが真っ青な顔でガタガタと震える。
「ああ、お前の溜め込んでた武器庫からいくらか火薬や爆発物を拝借したんだよ。あれだけあればさぞかしよく燃えるだろ?」
女は大きな声で笑った。
このままだと自分も死ぬかもしれないのになぜ笑えるの?
私は怖くなる。
この女、普通じゃない。
天使様はため息をついて、なにか呟いた。
すると、女は白目を剥き、泡を吹きながら倒れた。
「じゃあ、簀巻きにしときますか」
そう言いながら、変態腹黒眼鏡は女を縄をぐるぐる巻いている。
床が斜めになってきてるのに皆、落ち着きすぎじゃない?
「とにかく、逃げないと!」
真っ青な顔をしてヘタレのリザルトが真っ先に叫んだ。
そうそう。それが普通の反応よね。
私はリザルトの反応に少しほっとしていた。
「でもどうやって逃げたらいいんですの?」
ジェスカちゃんもパニックになっているらしくリザルトの肩をを何度も殴っていた。
魔王は無言で手のひらを天井に向けた。
ボコッという音と天井が弾け飛んだ。
何、何?
急に何でぶっ壊してんのよ?
瓦礫が落ちてくる。
と思ったが、そんなことはなかった。
天井だったものは砂のように細かくなり、風によって霧散する。
星の瞬く空が広がる。
2つの月も綺麗に輝いて見えた。
「あの……まさかなんだけど……空から逃げるとか言うんじゃないでしょうね?」
私は魔王に向かって詰め寄る。
魔王は飛んだりできるかもしれないけど、私やジェスカちゃんたち人間にはそんな芸当できるわけがない。
多分、変態腹黒眼鏡も無理だろう。
「そのまさかだ」
魔王は子供っぽく笑うと、魔法の光を空に放った。
光が花火のように弾け飛ぶ。
綺麗。
私はその光に目を奪われてしまう。
ん?
よく見ると光の中に黒い影がいくつも浮かび上がった。
爬虫類のような体に蝙蝠のような羽。
ドラゴンたちの群れだ。
「はぁ? はぁ? はああ?」
私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
ドラゴンって気難しいんじゃなかったの?
てか、なんでここにいるの?
「フローラとラウラという姉妹のご親戚だそうですよ?」
天使様は笑いながらそう告げる。
「聞いてない!」
「あ、僕が調査して連絡入れました。魔王様経由で」
「ああああ!」
だからか、だから魔王がここにいるのか。
全てこの、天使様から私の行動が漏れていたのか。
納得がいく。
でもね、でもよ!
「じゃあ、もっと早く助けに来なさいよおおお!」
この後、逃げ出した皆も無事、屋敷から脱出できたと天使様から聞くまで、ドラゴンの上で少し暴れてやりました。




