二十三話 鬼ごっこ
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廊下に出ると相変わらず、足音と兵士たちの声が聞こえた。
もしかして、皆逃げきれてないのかしら?
私はあえて兵士たちの声のする方へ走った。
これが間違いだったのかもしれない。
「きゃーー!」
女の子の叫び声がした。
声を頼りに階段を登った。
すると、緑髪の魔族の女の子が兵士に捕まっているのが見えた。
私は目に付いた高級そうな花瓶を手にする。
兵士は私に気づいていない。
チャンスだ。
私は兵士の頭に花瓶を振り下ろす。
強かに頭を打ち付けられ、兵士は倒れた。
「女ァ!」
背後から叫び声がした。
私は咄嗟に花瓶を頭に掲げて振り返った。
バリン。
花瓶が割れると同時にあの仮面野郎の顔があった。
こいつ、まだこの辺を歩いていたのか!
「あらぁ、またまた仮面ヤローのおでましぃ?」
私はふざけた声をあげた。
ふざけずにはいられなかった。
「お前、さっきの……」
「ピンポーン、大正解! ご褒美は何がいい? 美人な私のキス、それとも……」
そう言いかけて、私は後ろに飛び退いた。
床と剣が当たる音がした。
間一髪、避けることができた。
向こうが剣を振り下ろしてくれるもんだから、少し焦った。
まったく人の話は最後まで聞きなさいよ。
「貴様ァ!」
完璧にブチ切れている様子。
奴は力いっぱいスイングしてくれる。
私はもう1度、思い切り後ろに跳躍した。
危ない、危ない。
クリケットや野球じゃないんだから、剣をバッド代わりにしないで欲しい。
それこそバッドエンドだわ。
私は心の中でつまらない親父ギャグを呟いた。
しかし、奴は完全に私の挑発にのってくれてるみたい。
魔族の女の子を完璧に無視してくれてる。
私の本業は踊り子だから踊らせるのは得意じゃないけど、踊っていただきましょうか。
私は階段に向かって走った。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ!」
勿論、挑発も忘れない。
古典的かつ言われて1番ムカっとくる文句。
からの、あっかんべーである。
「女ァ!」
奴は叫んだかと思うと、追いかけてきた。
沸点が低いわね。
さぁて、問題はどうやって切り抜けようかということだ。
「おっと」
右からの鋭い突きが肩を掠めた。
私は慌てて、階段の手すりに手をかけ、下の階に飛び降りる。
高さはあるが、その辺は身軽が売りの私は難なく着地に成功する。
仮面野郎も同じく、飛び降りようとしているのが見えた。
私は廊下を走って距離をとることにする。
私はとにかく無茶苦茶に走った。
仮面野郎は追いかけてくるけど、魔法を使う素振りは全然ない。
ということは、人間なのかしら?
「小娘……」
仮面ヤローは相変わらずブチ切れモードらしい。
おかげで女から小娘に格下げされてる。
間違ってない。
間違ってないけど、腐っても二十四歳なんですが。
見た目はどうであれ、精神年齢がどうであれ、二十四年間生きたことは認めて欲しい。
まぁ、ヤツは私が魔族だとは知らないから仕方ないか。
やりあってまともに勝てる相手ではないのでこのまま巻いてしまいたいところなんだけど、なかなかしつこいようだ。
ずっとコバンザメのようについてくる。
私はいい加減追いかけっこに飽きてきていた。
私は逆方向──つまり仮面野郎の方へ向き直る。
奴は剣を構えようとするが、私の方が早かった。
ガラ空きだったヤツの懐へ潜り込む。
思ったよりも簡単に滑り込めた。
脚がしなやかに伸びる。私は一気に上へと蹴り上げた。顎のあたりに足が伸びた。
ボディへの攻撃は地獄で、アッパーカットは天国らしい。一瞬で気絶出来るから。
天国に行けてラッキーね。
自分が有利だと油断していたみたい。
仮面野郎はどさっと倒れる。
よし、戻ろう。
さっきの女の子、きっと皆とはぐれてしまったんだわ。
いやもしかしたら一緒に行動していた人たちは捕まってしまったのかもしれない。
あのままだとまた別のやつらに捕まっちゃうかもしれないし、とにかく、心配だ。
私はもと来た道を歩き始めていた。
ガシャン。
背後から嫌な音がした。
私は思わず振り返ってしまった。
「お化けぇぇぇ!!!」
眼下に飛び込んできたのは絶景。
絶景は絶景でも崖からの綺麗な風景とかじゃなくて、想像を絶するような凄まじい光景の略。
なら想絶光じゃないかと言うツッコミは敢えてスルー。
何故ならとんでもなくピンチなのだ。
鮮血を額から勢いよく流している女性が剣を片手に凄い形相をしていた。
出血し過ぎか、光の加減か、青白い顔。
本当に幽霊以外の何者でもないじゃない。
リザルトじゃないけど、幽霊はやめてよね!
女は剣を振り上げた。
こんな女に恨みなんて売った覚えも買った覚えもない。
呪うんなら眼鏡とか魔王とか呪っても死なないような奴にしてよ。
勘弁して。
若い身空で死にたくないっていつも言ってるでしょ!
完全に私はパニックに陥っていた。
「小娘」
幽霊がそう叫んだのにも、普通より五秒遅れで気がついた。
小娘ってそりゃあ幽霊から見たら小娘なんだろう。
確かに見た目もすごく餓鬼だし。
いや、注目すべき点はそれではない。
この声を何か聞いたことがある。
いや、気の所為かもしれない。
いくら魔族だからって幽霊と友好関係になった覚えはありませんからね。
「小娘えぇぇ!」
「ヒィィイィ!」
呪わないで呪わないで。
あな恐ろしや。
どうしたら許して戴けるかしら。
土下座でもしようかと下を見た。
すると、幽霊の足元に目線がいく。
足元?
視界は良好、視力Aの私。
気を取り直してもう1度、幽霊を確認してみる。
特に重点的に足を眺める。
ちょっと待って下さい。
足が、脚が、あしがありました。
あったんです。
つまり、幽霊ではないってこと!
じゃあ、一体誰なのだ。
こんな赤毛の女なんて知らない。
赤毛?
私は足元に目をやったまま、首を傾げた。
その拍子に床に転がってる白い破片が目に止まった。
もしかして、ガシャンってのは、仮面が壊れた音?
私の頭の中では数式が出来上がろうとしていた。
「もしかして幽霊は仮面野郎なのっ!!?」




