二十一話 噂とスパイ活動1
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部屋を出ると、あちらこちらから声がしていた。
どうやら、まだ無能な兵士たちが私たちを探しているらしい。
他の皆は無事に逃げられているのだろうか。
「ジェスカちゃん、ちょっといいかしら?」
私はあることを思い出していた。
私の声にジェスカちゃんは首を傾げる。
勿論、足は休まずに。
「どーしたんだい、お嬢ちゃん?」
ジェスカちゃんの代わりにリザルトが返事をする。
さっきまで幽霊って言葉だけでビビりまくっていた奴とは思えないような横柄な言い方だ。
「お嬢ちゃんじゃないわ。スクルドよ!」
少し頭に来るわ。
あの変態腹黒眼鏡と同じ、明らかに人を小馬鹿にしたような呼び方だ。
絶対、私のこと子どもだと思ってるわね!
あんたよりも年上よ!
人をガキ扱いするなってーの。
「じゃ、そのスクルドちゃんは一体全体どうしたんだい?」
今度は子どもをあやすような言い方に変えてくる。
ダメだ。
完全にお子様扱いされている。
私は二十四歳なのよ!
嗚呼、年上なんだからここは冷静に。
幽霊やおばけが怖いお子ちゃまに熱くなる方が馬鹿だわ。
しかし、冷静になってみると、確かにリザルトの問いはもっともだ。
私の言葉は、5W1Hの全てが何処かに置き去りにされていたのだから。
私の方が大人なんだから多少のことで怒っちゃダメよね。
スクルドちゃんは我慢もできる立派なレディなのだ。
「天使様から何か聞いていることとかないかしら?」
そう、ずっと気になっていたのよね。
人身売買以上の何かすごいネタってやつがあるんじゃないかってこと。
私の考えが正しければ、あの落ちた部屋がものすごーく怪しいのよね。
地図にはあんな地下室のこと描いてなかったはずだし。
「特にはなにも……ただ、何かあったら写真を撮ってくるようにと言われてましたわ。だから、ワタクシ、人身売買の証拠として、お姉様たちの檻の部屋の写真を撮ってたんですの」
「そう……」
どうやら、私の推理は的外れだったらしい。
「人身売買? 麻薬売買の間違いじゃなくて?」
リザルトが口を挟む。
前から兵士が二人、こちらに来るのが見えた。
ジェスカちゃんは魔法を無詠唱で発動させる。
手のひらをくるりと兵士のいる方向に動かすと、廊下に飾ってある花瓶や壺がそちらに向かって飛んでいく。
兵士たちが飛んできたものに慌てているところをリザルトが棒を使って、的確に急所を突いて倒していく。
ヘタレのくせに剣技は一級ってジェスカちゃんが言っていただけのことはある。
二人とも息がぴったり。
流石は幼なじみだ。
「なんで急に麻薬?」
私は構わず話を続けた。
「麻薬というかドラッグみたいな。そういうのがルドベキアで流行ってるって聞いたことがあったんだ」
「そういえば、飲むと魔力とかがこう、わっと膨れ上がってすごく強くなるけど、飲みすぎると廃人になるみたいなやつがありましたね。でも、都市伝説でしょう? そんなもの見たことないですもの」
強くなるけど、飲みすぎると廃人になる薬ってなんだかすごく悪そうでお金になりそうな薬ね。
デュグライムにぴったりじゃない。
もしも、それがここで作られていたら?
あるいは、作られてなかったとしてもそれの在庫が大量にあったら?
うーん。
人身売買以上にすごいネタかと聞かれると少し微妙な気もするわ。
やっぱり思い過ごしかしら。
いや。
でも、急にあんな攻撃してくるなんて何かがあるはずだ。
「悪いけど、ジェスカちゃん、先に行っててくれる?」
何処まで言えばいいんだろう。
言ってしまったら、ジェスカちゃんはついて来ちゃう。
折角、ここまで来たのに捕まったら元も子もない。
それに、ここで勇者が捕まったらよ。
この騒動の犯人、いや、下手したら勇者が人身売買の黒幕として吊し上げられて、拷問、あるいは処刑されるかも。
デュグライム的には新しい勇者は選びたい放題。
さらには自分が人身売買を止めた英雄となって、さらに権力をつけていく。
まさに、バットエンドまっしぐら。
うん。
絶対に、ジェスカちゃんたちが逃げることを優先させなければならないわ。
やっぱり絶対言っちゃだめだわ。
理由を言うのはなし。
私一人で捜査しよう。
何も無かったら即撤収。
行動指針は決まったわ。
「ちょ、今更なに言ってんの? 絶対捕まるからやめといた方が……」
「分かりましたわ」
リザルトの言葉を遮るようにジェスカちゃんは頷く。
意外にもリザルトが止めて、ジェスカちゃんは私の意見を尊重してくれる模様。
いや、リザルトの場合は、ヘタレで、私のことお子ちゃまだと思っているからなのかもしれないけど。
ここは好意的に受け取っておこう。
「二人ともありがとう!」
私は元来た道を戻ろうと踵を返した。
「お姉様!」
ジェスカちゃんは何かを投げた。
私は慌ててそれをキャッチした。
「カメラ……?」
「帰ってきたら美味しいもの食べましょう!」
ジェスカちゃんは笑顔だった。
そうね。ルドベキアには美味しいものがたくさんあるんだったわね。
「ありがとう!」
多分、私は大丈夫だ。
今まで持っていなかった何かをしっかりとこの手に掴んでいるのだから、もう怖いものなんて何もない。
私はもう振り向かなかった。
あの部屋を暴けば、きっとジェスカちゃんの為にもなるわ。
絶対に、デュグライムの好きになんてさせてやるものか。
私はあの部屋を探した。




