二十話 幼なじみくん登場
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黒い隙間から声が聞こえる。
誰の声だろう。
もしかして魔王?
「このウスノロのお馬鹿さん」
いや、これはジェスカちゃんの声?
「だって……」
小さく目を開けると、赤い髪にツインテールの少女の後頭部が見えた。
間違いなくジェスカちゃんである。
その横には浅黒い肌の青年。
もしかして、あれって、幼なじみくん?
人間にしては、珍しい髪の色で、蒼に近い濃灰色。
瞳はサファイアのよう、綺麗な澄んだ青色をしている。
写真で見たときと同じ、犬を思わせる人懐っこそうな顔立ちね。
最近、魔族とか美形ばかり見ていたから地味顔に見えちゃうけど、不細工でもない普通の顔だ。
けして小柄とは言えない高い身長を縮めてしょんぼりさせ、子犬のような瞳がジェスカちゃんを眺めている。
「リザルトがコケなきゃ、こんな屋敷からとっくの昔におさらばしてるンですよ」
自称美少女のジェスカちゃんはその顔にそぐわないようなキツイ口調だ。
やっぱり幼なじみくん決定。
名前はリザルトだったもんね。
「だって、絨毯がちょこっと出っ張っていたから…」
「何ですか、そのコケた理由は。その絨毯が足引っ張ったって言うのですか?」
「そんなことは言ってねぇじゃんか」
「まぁ、その絨毯に引っ張られたリザルトくんのせいで兵隊さんに見つかってしまったんですよね? なかなかお姉様のところに行けなかったのは貴方のせいと分かってますか?」
「だから、泣くなよ」
リザルトは困ったような声を上げる。
「煩いんですわ。お姉様が起きないのも貴方のせいです」
ジェスカちゃんはどうやら泣いているらしい。
「分かった、何とかしてやる……ことができたらやるからさ?」
リザルトが何をしてくれるつもりなのか分からない。
分かっていることはただ一つ。
こいつは女の涙に弱い奴だ!
「じゃあ、逃げる為に何でもしてくれますよね?」
「いや、出来ることならや……」
「リザルト・D・ケイザリアくんは、してくれますよね?」
ジェスカちゃんは顔を伏せたまま、問う。
その口調はイエスかハイで答えろと言っているようなものである。
イエスかハイは肯定以外の何でもないことは、リザルトも充分理解しているようだった。
「します。させてください」
リザルトは素早く土下座をして見せる。
キングオブ押しに弱い男、リザルト・D・ケイザリアだ。
「有難う、リザルト」
語尾にハートマークを付けてジェスカちゃんはそう言って顔を上げた。
その顔は実に大変嬉しそうだ。
可愛い顔の裏で恐ろしいことでも考えていそうな顔をしている。
ちょっと怖い。
「おい、お前、謀ったな……」
リザルトは頭を上げると、ジェスカちゃんに詰め寄る。
ジェスカちゃんは知らんぷりするように横を向いた。
「あら、お姉様! おはようございます!」
ジェスカちゃんは私が起きたことに気づいたらしい。
私と目が合う。
そして、リザルトの言葉を無視して、私の元に駆け寄る。
嬉しそうな顔。からの抱きつき。
「あ、おはよう」
そこで私はようやく自分の置かれている状態を確認する。
ここはベットの上ですね。
「もう、無茶しないでくださいよ!」
可愛らしく頬を膨らまし、ジェスカちゃんは怒っている。
「ごめんごめん。ところで、なんで私はここにいるの?」
当然のように疑問が湧く。
死んだと思ったのに、私は寝ている。
誰かがここに運んだということなんだろうが、いったいどうやってあの状況を切り抜けたのだろう。
ぐるりと辺りを見回す。
豪奢なシャンデリアの飾られた広い部屋。
壁や家具、絨毯に至るまで高級なものだ。
「ワタクシにもさっぱり分かりませんの。だって、ワタクシたちが来たときには、既にお姉様ここで寝ていたんですから」
「寝ていた?」
「そうです。ワタクシ、お姉様と合流する前にリザルトの捕まっていた部屋の側を通ったので、ついでに扉を壊して助けに行ったんです。そこまではよかったんですけど、このお馬鹿さんのせいで見つかってしまったんですわ。逃げ回って逃げ回って、お姉様の檻の部屋まで行ったんですけど誰もいなくて……探している間に兵士に見つかりそうになったんで慌てて入った部屋がここですの!」
ジェスカちゃんは隣にいたリザルトを物凄い顔をして睨みながらそう言った。
折角の美少女が台無しである。
「よく分からないけど、命拾いしたってことね」
私はぽつりと呟く。
「お姉様! 離れている間に何か危険なことでもおありでしたのね! やはり、リザルト、許しませんわよ!」
「やめろ! お前は魔法なしでも体術がっ……ぶはっ!」
言い終える前にリザルトは簡単に空中に投げ飛ばされる。
「あら、こんなトコで汚いモン吹き出さないでほしいですわ。でも、そのまま、床に転がって居る方がお似合いですわ」
強い。
ジェスカちゃんてその筋の者なのかしら。
「非力さを強調したいんなら殴る蹴るは止めておけ……」
段々か細くなるリザルトの声に一抹の不安を覚える。
死ぬな。
生きろ。
少年よ、大志を抱く前に死んでどうすんだ。
「じゃ、このお馬鹿さんはほっといて、早く出ましょうか」
いい笑顔を向けるジェスカちゃん。
「え、ええ」
私は戸惑いながらベットから起きる。
どうやら、衣服を確認するが無くなっているものなどなさそうだ。
手を握ってみたり、手足を動かしてみるが、違和感もない。
身体もきちんと動くみたい。
「あれ? リザルトくんは?」
そういえば、リザルトが視界から消えている。
「見えませんか? まぁ、仕方ないですよね……」
「え? それって俗に言う……」
ジェスカちゃんが胸の前で手首を垂らす。
「そうですよ」
「幽霊……」
「ギャアァァア!! おばけ嫌い! おばけはやめて!」
絹を裂くとは無縁の野太い叫びが聞こえた。
丁度、後ろから。
床に転がっているリザルトはガタガタ震えている。
まだ、そこにいたんかい。
「リザルトは印象が薄すぎるあまり、幽霊というあだ名がついていましたのよ」
ジェスカちゃんの言葉でさらに精神的ダメージを受けたリザルトは動けない様子だった。
まったく仕方ないわね。
「ホラ、行くわよ!」
私はリザルトに手を差し伸べた。
リザルトは少し戸惑ったように私の手を見つめる。
「はやく!」
私に促されるまま、リザルトは手をしっかりと掴み、立ち上がった。




