十六話 潜入中
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デュグライムと兵士が部屋を出ていってからどのくらい経ったことだろう。
1日かもしれないし、たった数時間かもしれない。
薄暗い部屋では時間も分からなかった。
「お食事を持ってきましたー」
明るい声を上げながら、メイド服姿のジェスカちゃんが台車を押して入ってくる。
私はびっくりして、叫びそうになった。
そんな予定はなかったはずだが。
そもそもどうやってここに入ってきたの?
ジェスカちゃんはにこやかにお盆に載った食事を運ぶ。
勿論、私の檻の前にも。
『ぎゅるるる!』
それをみた瞬間、勢いよくお腹が鳴いた。
どうやら、お腹が空いていたみたいだ。
お盆の上には、パンに野菜の入ったコンソメスープ。
私は匂いを確認した。
変な匂いはしないようだ。
ジェスカちゃんは配膳を済ますと、すぐ外に出ていってしまった。
私は何も聞けないまま、とりあえずパンをちぎって食べた。
パンは少し硬く、パサパサとして水分がない。
どうやら古いものらしい。
お腹が空いていなければ食べたいとは思えないようなものだった。
私はちぎったパンをスープに浸し、柔らかくして食べることにした。
うん、これなら食べられる。
黙々と食べていくうちにパンから白い紙が出てきた。
あぶない。あぶない。
間違って食べるところだった。
私は他の人に見られないように隠しながら紙を広げた。
『コネを使いました。心配だったので』
紙にはそう書いてあった。
なるほど。
色々とコネがある天使様に頼んだのね。
実は、私がここに連れてこられる前、フローラちゃんに頼んで新聞にある広告を出してもらっていた。
それは『四時、黒猫で待つ 魔王』というものだ。
これで察しが良さそうな天使様は気づくはずだった。
新聞に載せたのは「真実を知りたい」と言っていたことから。
真実を知りたいのであれば、私たちの近くで見張っているか、そうでなければ新聞か何かで様子を探っているに違いないだろう。
どちらにしても、広告を出しておけば何らかのアクションを起こしてくれるはずだ。
ちなみに、広告に書いてある黒猫とは、天使様と私が会った喫茶店のこと。
黒猫の旗がかかっていたし、『ボンベイ』というのは黒猫の品種だったはず。
ダメ押しで、魔王と書いておけば魔王と関係している私たちが真っ先に浮かぶだろう。
ジェスカちゃんには、その喫茶店にいて、助けを求めてもらうことにしたのだ。
ここにジェスカちゃんがいるということは、めでたく、天使様に会うことが出来たということに他ならない。
天使様はまったく表立って動く気はないようだけど、ここまでしてくれるなんてありがたいわ。
私は紙に隠し持っていたペンシルアイライナーで『三日後』と書く。
そして、それを残したパンの中に隠した。
しばらくすると、ジェスカちゃんが中に入ってきて、次々と下膳していく。
私は気づきますようにと祈りながらそれを見つめていた。
全ての下膳を終え、ジェスカちゃんは扉の前で頭を下げる。
私は、そのエプロンのポケットの中にパンが入っているのを確認した。
***
それから私たちの元に三回、ジェスカちゃんの手によって食事が届けられた。
その度にパンにはメモが入っていた。
ジェスカちゃんのメモには、それぞれ、『食事 一日二回 朝と夜』、『リザルト 居場所 分かった』、『今日の夜 決行』と書かれていた。
最初の食事が一日目の夜だとして、今日が三日目。
ということは、四日目である明日が売り渡される日。
つまり、出荷の日であるらしい。
行動を起こすのは今日しかない。
もっと色々準備できたんじゃないかとか、上手く出来るのかとか、色々と思うところは多い。
確かに不安要素が多いけど、逆境の方が燃え上がるってもんよね。
外で声がした。
兵士の交代の時間らしい。
ということは食事の時間はそろそろだ。
ジェスカちゃんが配膳に来たときが作戦開始の合図だ。
作戦はこうだ。
配膳に来たジェスカちゃんを人質にした体で廊下に出る。
そして、外の見張りを皆で倒して、他の捕らわれた人を助けて皆で逃げる作戦だ。
さらに、私は皆が逃げている間は敵を撹乱する役目、ジェスカちゃんは幼なじみを助ける役目をそれぞれ負っている。
そのへんは臨機応変に対応しつつ、最終的には天使様のコネの効く新聞社に皆逃げ込んで記事を書いてもらう手筈になっている。
さて、ジェスカちゃんが来るまでにやらなきゃいけない事がたくさんあるわ。
私はカツラを脱ぎ捨て、髪を留めていたヘアピンを手にした。
それを鍵穴に差し込むと簡単に錠は開く。
昔とった杵柄ってやつ?
一座で脱出マジックをやったときのことを思い出すわ。
あの時は、水中だったから開けるの大変だった。
この状況で開けるのなんて開けている間、死ぬ恐れがない分、楽よねえ。
さて、私は次々と隣の檻から順に開けていった。
もう、檻の中の皆さんとは、打ち合わせを済ませていた。
さすがは、セキュリティゆるゆるなデュグライム邸。
兵士が入ってくるのは、連れてきた人を入れるときと、朝の食事前の見回りくらいだった。
しかも、見回りも部屋の入口で中をぐるっと見回して終了。
完璧に女だと思って舐めてやがるわ。
こんな感じで何度も檻を抜け出しても全く気づかれていないもん。
打ち合わせも楽だったわ。
私はこっそり檻の中に隠していた武器になりそうなものを渡してまわった。
夜な夜なジェスカちゃんが兵士をあの手この手で眠らせたり誘惑したりして作ってくれた隙をうまく利用して集めたナイフや棒、フライパンなどだった。
バレないように集めると隠すのが大変だったわ。
それにしても、こんなに武器を集めても気づかないなんて本当にアホの集団ね。
もっとセキュリティを考え直した方がいいと思うわ。
「では、皆様、準備は宜しくて?」
武器を手に女性たちは静かに頷く。
私たちはジェスカちゃんが訪れるのを待った。




