十五話 反撃開始
まだ明るさが充分に残っているものの時刻は十六時。
打ち合わせ通り、私は兵士に捕まっている。
というか、捕まりに来てみた。
偶々、フローラちゃんのところに遊びに魔王領の田舎から来た親戚のお姉さん、という設定。
フローラちゃんの家があんなことになっているとは知らず、1週間かけて辿り着いた。
もぬけの殻の家に驚き、慌てて飛び出し、辺りを探しているところを発見され、捕まる。
という設定。
フローラちゃんと私、全く似てないんだけど、魔族というやつは混血の場合、親子でも発現する特徴が違っていることがある。
例えば、遠い祖先がドラゴンであれば、両親は翼を持たない容姿をしていても、子どもがドラゴンの羽を持って生まれるとか、両親には角があるのに子どもには角がなくて鱗があるとか。
だから、私に角がなくてもおかしくはないのだ、という設定だ。
念のため、変装も忘れていない。
赤毛のカツラを被り、そばかすメイクをした。
そして、顔が分かりにくいようにローブのフードを目深に被った。
いかにも旅をしてきたという姿だ。
万が一、一昨日の私の姿を見た者がいたとしても、ちょっとやそっとじゃバレないはずだ。
私はほかの人たちと少し拓けた場所に座らされていた。
前日に集めた情報によると、この後、私は馬車に乗せられるらしい。
「あの……この後、私たちどうなっちゃうんですか?」
隣にいた無愛想な顔のおじさんに怖ず怖ずと話し掛ける。
展開は既に分かっているのに、それを悟られないよう演技をしていた。
「馬車に乗るんだ」
おじさんの代わりに兵士が言う。
ニヤニヤと笑う姿は下品で、醜い。
情報通りだ。
私は怯える振りをしながら、心の中で笑った。
しばらく待つと、馬車がそこに現れた。
***
楽勝モノでした。
簡単に敵の懐に入れた。
予想通り、荷物は全部取られてしまったが、靴の中は見られることがなかった。
ちょっと身体検査甘すぎじゃない?
逃げ出すことを想定していないからなのかもしれないが、ちょっとこれではセキュリティが甘いとしか言いようがない。
まあ、私にとっては好都合なのだが。
私は人が1人入るくらいの小さな檻に入れられていた。
怯えていないとバレないように、檻の隅に小さくなる。
そして、目だけを動かして辺りを見回す。
薄暗い部屋の中に同じような檻がいくつもあり、女性が1人ずつ入っている。
男性の姿がない。
どこか別の場所にいるのだろう。
この中にフローラちゃんたちのお母さんがいる可能性は高いが、幼なじみくんはここにいそうもない。
同じ場所だったら幼なじみくんを探すのは楽だったのに。
しばらくすると、赤鼻の男が兵士たちを連れてゾロゾロと部屋に入ってくる。
そして、私の檻の前に立つ。
「デュグライム様、こちらが新しく連れてきた娘です」
兵士が赤鼻の男の名前を呼ぶ。
こいつがデュグライムか。
なるほど、確かに金儲けが大好きそうな顔をしている。
十本の指には全てデザインの違う金の指輪が嵌められている。
髭は長く、目付きは鋭いと言うよりは細いだけ。
お腹は狸のようで叩けばいい音がしそうだ。
それにしても鼻が丸い。
しかも、赤い。
赤鼻狸爺と言うのが相応しいくらい。
トナカイもびっくりな真っ赤さ。
酔っているのかしら?
これで鼻がライトさながらに光ったりするのなら、クリスマスプレゼントはこのおっさんに配ってもらいましょう。
嗚呼、脂ギッシュなおでこは鈍い光を燈している。
残念だ。
あともう少し、鼻まで光っていたら、赤鼻のトナカイの仲間入りだったのに。
やっぱりプレゼントはトナカイとサンタクロースに貰うしかないようだ。
こうなったら、偉そうな態度のデュグライムを面白可笑しく分析して暇を潰そうと腹を括った。
「なるほど……」
デュグライムは好色な目つきで私を見る。
予想通りだ。
とは言え、こいつもロリコンか。
全く、この世はロリコンが多い。
私、ロリコンには負ける気がしません。
私は目を潤ませて怯える演技をする。
「こいつも売れそうだな!」
私の演技に満足したのか、デュグライムは髭を触りながらそう声高に叫んだ。
やっぱり、こいつら魔族を集めて人身売買を行っているんだ。
そんなところだろうと思ったわよ。
見目麗しい魔族なら奴隷として高く売れること間違いなしだもんね。
こいつの考えることは単純だ。
だから、こいつがここに来ることも分かっていた。
商人だったら、商品がどんなものか自分の目で確認したくなるものだもの。
私もどんな顔か拝めて良かったわ。
「次の出荷はいつだったか?」
「三日後です」
セキュリティの観念がないデュグライムたちはペラペラと私たちを売る日にちを教えてくれるようだ。
「そんな!」
「お母さん!」
女性たちが口々に叫び、すすり泣く。
デュグライムは嬉しそうににやにやと笑っていた。
そうか。
こうやって聞こえるように日にちを言うことで、ここにいる人たちに絶望を与えているんだ。
そして、その絶望に満ちた顔や声を聞くのがとっても好きなのね。
変態サディスト野郎め。
私は怒りを堪えながら、泣いている振りをした。
絶対に許さないわ。