十話 喫茶店
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聞き込みを始めてから三時間余り経つ。
なのに何故、収穫がないの。
せめて居場所ぐらいは分かればよいのだろう。
しかし、既に2人で泊まっていた宿やジェスカちゃんが街の人に呼び出された場所を探してみたものの見つける手がかりすらなかった。
これじゃいつまで経っても幼なじみくんの救出なんてムリムリだわ。
現在の時刻は十三時十七分。
得た情報と言えば、ジェスカちゃんに教えて貰った幼なじみくんの名前ぐらいなものだ。
リザルトなんて名前の人物、この世に五万どころか七万くらいいそうだ。
白黒でもいいから写真とかあったら進展しそうな気もする。
しかし、唯一、奇跡的にジェスカちゃんが持っていた写真(人質になって縄でグルグル巻きになっている幼なじみの写真)もピンぼけでイマイチ顔が分からない。
写真での捜索は諦めた。
本当についていない男。
それが幼なじみくんの印象だった。
私は投げやりな気持ちで人混みの中を歩いた。
こんなに人がいるんだから適当なところで歩いてないかな、幼なじみくん。
いやいや、そんな適当に見つかったら逆に腹が立つわ。
そういえば、こんなに大きな街なのに、魔族らしき者は誰一人として見かけることがなかった。
混じりっけなし、百%人間の雑踏の中で唯一の魔族が私。
なんだか憂鬱になってくる。
いつも、どんな時だって私以外の魔族が近くにいた。
旅の一座にいたときだって、ハーフの子やクォーターの子がいた。
座長は明らかに魔族な人で、とても綺麗な人だったし。
なんだか急に心が萎んでいくのがわかった。
残り時間も気になるが、ここは一つ気分転換。
そうよ。
気分転換しよう。
キョロキョロ見回すと前方200メートル付近に喫茶店らしき旗を見つける。
壁につけられたポールに小さな旗が踊っていた。
逆三角形のそれはワインレッドに染め上げられ、真ん中には黒猫と湯気を立てたコーヒーの絵が描かれていた。
店の名前は『ボンベイ』というらしい。
丁度お腹もすいているし、ここらでご飯でも戴こう。
ジェスカちゃんのお金なのが少し気が引けるけど、後で返せば万事OKだ。
それに、喫茶店で何か情報があるかもしれない。
私は僅かな希望を持って喫茶店の扉に手をかけた。
店内に足を踏み入れてみると、コーヒーの香ばしい香りが漂っていた。
オークブラウンを基調として、アクセントに白い皿やランプ、アンティークドールなどが飾られている。
なんだか自分が酷く場違いな感じがした。
でも、歩き疲れてクタクタだし、一先ずカウンターに座ろうと脚を動かす。
身体は重く、私はそれに引っ張られるようにカウンター席に座った。
何にしようか。
メニューを指でなぞる。
サンドイッチは頼むとして、コーヒーと紅茶、どちらにするかで悩むところだ。
脳内では、コーヒーと紅茶の格闘中だった。
不意に、背中を突かれるが気にしない。
こちとらメニューとにらめっこしてるんだ。
再度、誰かが背中を突く。
アッサムにしようかな。アールグレイもいいな。
めげずに誰かが背中を突く。
だから、メニュー見るのに忙しいのよ。
やっぱり誰かが背中を突く。
気にしない。
それでも誰かが背中を突く。
気にしない。気にしない。
どうしても誰かが背中を突く。
ブチィ。
何かが引き千切られるような音がした。
臨界点突破の5文字が頭の中で踊り出す。
そんなの踊ったって楽しくなんかない。
「何よ」
私は不機嫌な声のまま、振り向いた。
誰、また変な人の登場なの?
というのが正直な第一印象だった。
「こんにちは。美しいお嬢さん。またお会いできて嬉しい限りです」
フードを目深に被り、ローブを着けた怪しい人が目の前に居た。
先程分かれたジェスカちゃんの格好とそっくりだったが、違う。
声からして男の人だとすぐに分かった。
何だか前に聞いたような声な気がする。
魔王?
いや、身長が魔王にしては少しだけ低いし、魔王にしては渋さが足りない声だ。
眼鏡は論外。
こんな歯の浮くような台詞を吐くわけがない。
したがって、知らない人の確率大。
人違いの確率も大だ。
「人違いじゃない?」
「いえ、そんなはずはありませんよ」
そんなはずがない?
いやいや、私の脳内検索機には一向に引っかからないんですけど。
「僕はコーヒーで」
男はそう注文しながら私の隣の席に座る。
「あ、私はサンドイッチと紅茶で」
私も慌てて食べたかったものを注文した。
「失礼、本当にどなた様ですか?」
新手のナンパか?
私は睨みつけるように男を見据えた。
「僕ですよ」
男はフードをとる。
黄緑がかった金髪がさらりと揺れる。
そこでは金髪碧眼の天使様が微笑んでいた。
あのときの魔王を探しに来た天使様じゃない!
なんでなんでなんでなんでここにいるの!
私は驚いて口をあんぐりと開けた。
「あの……魔王と城に行ったはずじゃないの?」
そう、確かに別れたはず。
不意に、魔王サマの切なそうな顔が浮かぶ。
違う。違う。
そうじゃない。
魔王は敵。魔王は敵。魔王は敵。魔王は敵。
良心なんてちーっとも痛まないんだから。
「ええ。僕も話を聞いてましたんで、可愛い方々がどうしたのか心配でさっさと戻ってきたんですよ」
頭を振る私に向かって、天使様が笑顔を放った。
放ったって表現は間違いじゃない。
だって、荒んだ心が浄化されそうなくらいまばゆいばかりの笑みだったの。
後光も見えたような気もする。
嗚呼、やっぱりこの人は天使なんだって妙に納得した。
「魔王と言い、貴方と言い、よくもまぁ見え透いたお世辞が言えるわ」
皮肉じゃなくて心底驚いたから出た言葉だった。
うーん、本当に高貴で美形なヤツらは美的センスの根底から可笑しいのね。
顔だけならいい方だと思うんだけどね。
ホラ、私ってば貧乳まっしぐらじゃない!
は! もしかして、高貴な方々はロリコン趣味がお有りなの!?
もしや変態!?
全身全霊をかけて魔王サマと腹黒眼鏡を罵ってから、ふと我に帰る。
さっきから私ってば悲しいヤツじゃない?
一人ボケ一人ツッコミの虚しさと言ったらこの上ないんだろうけど、悲しいかな我が性。
ひとしきり悶えた後、天使様を見る。
どうやら待っていてくれたみたい。
律義と言うか、間抜けと言うか。
「お世辞ではありませんよ。僕はお金にうるさい守銭奴ですが、女性には優しくをモットーに正直に生きてますから」
天使様はフェミニストの正直者らしい。
悪魔で自己申告だから客観的ではないのだけど。
しかも、守銭奴とかフェミニストだなんて自分から言うかしら?
つっこみどころ満載だ。
「そうだ! まさか魔王は一緒に来てるんじゃ……」
あんな別れ方をしたので正直会いたくない。
と言うか、もう一生会いたくない。