八話 馬車の中で
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運が良く、乗り合いの馬車に乗れた。
うまく乗り継げば、十日もかからず目的地につけるかもしれない。
女二人の旅となると色々と厄介事も多いかと思っていたが、思いの外、ジェスカちゃんとの旅は好調だった。
「あのお姉さま?」
「どうしたの?」
「お姉さまも魔族なんですよね?」
ジェスカちゃんは声を低くした。
誰かに聞かれるとまずいと思ったのだろう。
「一応。旅の一座で踊りとかしていたからあんまり普通の魔族として暮らしたことがないんだけどね」
私も声を低くして答えた。
「そうだったんですね。今までイメージしていた魔族の方とは違うなぁって思っていたから……」
「どんなイメージ?」
「うーん、強大な魔力を持ってて、知識がすごくて、なんだか威厳があって冷たい感じですかね」
確かに、魔族は人間と違って息を吸うように魔法が使える。
つまり、それだけの強大な魔力を持っているのだ。
それに長生きだから、普通の人間よりも多くの知識を持っている者も多い。
また、ドラゴンのように迫害されたものもいるから血筋を大事にする者も多く、威厳があるというもの一理あるような気もする。
でも、確かに私はそれに当てはまらない。
十二年前に両親を殺されたときに負った傷のせいで、魔法なんて全く使えないし。
「え、アホっぽくて弱そうってこと?」
ジェスカちゃんに限ってそんな失礼なことを考えているとは思えなかったが、思わずそう答えていた。
「そんなことないです。お姉さまはとても素敵な方ですわ! そうじゃなくて、ワタクシが美少女で魅力的であるとはいえですよ。普通は勇者に魔族が力を貸しそうもないじゃないですか」
「確かに」
あわよくば、勇者と仲良くして魔王様を倒すなんて下心もあるけど、それ以上にジェスカちゃんに対して放っておけない気持ちが強い。
困っている人は放っておけない質なのかもしれない。
「魔王様と眼鏡の方も魔族っぽくないんですけど、輪をかけて魔族っぽくないというか……」
「あー魔王は、見た目は魔王なんだけど、中身が天然なんだよね」
お城の清掃活動をしてみたり、部下に怒られると青くなったり、一目惚れしたと告白してきたり、思い描いていた魔王像を悉く裏切ってくれた。
裏切らなかったのはあの見た目だけだ。
両親を殺してくれた男の姿。
黒い髪にアメジスト色の瞳。
完璧なまでに美しく、微笑みを浮かべる顔。
憎くて憎くて何度も夢に見た、あの顔だけは全く変わっていない。
間違いなく同じ顔であると思う。
でも、本当に魔王が私の両親を殺したんだろうか?
私の心は迷っていた。
魔王の言うことは嘘でなさそうだ。
なのに私の記憶の中の男は間違いなく魔王なのだ。
許せもせず、憎めもしない。
私はどっちつかずだ。
「魔王様ってどんな方なんですか? せっかく会ったのに、すぐ別れてしまったから。よかったら、教えてくれませんか?」
「え? 魔王?」
ジェスカちゃんがキラキラした瞳を向けてくる。
何か勘違いしているような気もするが。
「魔王は私にとって両親を殺した憎い敵と同じ顔で、憎くて憎くて。でも、思っていたのと違ったみたい。無表情なのにボケたこと言ってきて魔王っぽくないの。ほぼ初対面で告白するようなぶっとんだ頭だし」
ジェスカちゃんをガッカリさせたくなかったが本当のことだ。
喚いたところも見られているし、今更、自分をよく見せようなんて思わないことにした。
「告白……じゃあ、恋人同士なんですね」
「違う違う、敵よ! 敵! 告白は断ったし、私の両親を殺した男と同じ顔をしているのよ? 好きになれっこないわ」
「そうなんですか?」
ジェスカちゃんは首を傾げる。
「え、なんでそう思ったの?」
「いやあ、あの金髪の方が来てから元気なかったんで、てっきりデートを邪魔されて怒っていたのかと……」
ジェスカちゃんも天然か?
あんな魔王様か恋人だったら、私はツッコミ疲れで死んでしまうかもしれない。
「絶対、ないから! 魔王とは三回くらいしか顔合わせたことない人だし!」
「え、それだけしか会ったことがないんですか?」
ジェスカちゃんは不思議そうな顔をしている。
魔王と会ったのは確かに三回だけだ。
両親が殺されたときと、襲いかかったとき、牢から出たときだけ。
会った回数も少なければ、私の両親を殺した男と同じ顔をしている。
そんな奴、好きになりようがない。
「そうそう! だから全然ないの!」
「じゃあ、分からないじゃないですか! これから好きになるかもしれないでしょう? ワタクシとお姉さま、初めて出会ってこんなに仲良くなれたんですから」
ジェスカちゃんは笑った。
そんなこと考えたことなかった。
魔王を好きになる未来。
いや、想像したくなかっただけだ。
魔王を好きになったら、私は私を否定しなければいけなくなる。
私は魔王が嫌い。
魔王を憎みたいの。
憎んで憎んで仇を討つ。
それだけが私の目標だったのに、今更、何を生きる目的にすればよいの。
私は叫んでしまいたかった。
返してよ、私の望んでいた未来を!
とうの昔忘れた夢が見られる日など来るはずもないのに、と。
もう、誰にこの感情をぶつけていいのかも分からない。
「そうね。可能性は、無限よね」
私は暗くなった気持ちに蓋をして、笑顔を作った。