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冬の桜  作者: 小月 恵
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第3話:線香花火 - 2

希衣の葬儀は、身内と特に仲の良かった友人幾人かで慎ましく行われるようだった。


「あ!唯ちゃんだ!舞華ちゃんもいる!みんな来てくれるんだぁ……」


会場へ向かう道すがら、希衣は喪服に包まれた友人を見るたびに「ありがとう」と頭を下げていた。

しかし、友人たちは希衣の方を見ることもなく沈んだ表情で去っていく。


そんな姿を、雄太郎だけが見ていた。


会場は小さなホール。そこには黒と白の垂れ幕がかかっている。誰かが死んだことを実感させるその色は自然と雄太郎から、家族から、言葉を奪っていく。



「こんな小さなとこでやってぇ!もっと大きなところでどーんとやってくれればいいのに!!」


空元気。雄太郎には、そう見えた。

そして会場へ入った瞬間、それが間違いではなかったことを知る。


「ママ………」


会場には、希衣の両親がいた。

黒い服に見を包んだ二人は、ひどく小さく見えた。

やつれた頬や、光を失った目。どれも、雄太郎が知っていた人物とは違っていた。


希衣はそんな両親を見て固まっている。


「やっぱり希衣は帰ったほうがいい……こんなの辛すぎるだろ……」


雄太郎の声など聞こえてないように希衣は両親の元へとふらふらと歩いて行く。


「ママ………」


両親の前に辿り着いた希衣の顔は、なぜだか見てはいけないもののような気がして、


雄太郎は目を伏せた。


「ごめんね、ごめんねママ。私、死んじゃって………」



細い声、希衣は俯いていた。



「ダメだね私、馬鹿だからさ自分のことしか考えてなかった。一人で泣いて、私一人が辛いなんて思ってた。

パパとママのこと、大好きだったのに、二人がどれだけ辛いのか考えもしなかった!」



希衣の両親はその場から動かない。

届かない声を、希衣は紡ぎ続ける。



「急に死んじゃってびっくりだよね。私だってびっくりだもん。

ママ、たくさん泣いてくれたんだ。パパも……涙の跡、残ってるよ」



希衣は、両親の頬へ手を伸ばす。しかしその手は愛しい母をすり抜けただ空を掴んだ。



「ごめんね、ママ。ごめん……ごめんなさい……」





雄太郎がお焼香を済ませ、希衣の方を見ると、そこに希衣はいなかった。

半透明の少女は、消えていた。


「希衣………?」



葬式が終わっても、希衣が部屋に帰ってくることはなかった。




 ■ ■ ■


日の暮れた公園で雄太郎は大きな木の下に腰掛けていた。


「見つかっちゃったね……へへへ……」


その隣には希衣が座っていた。頬には涙の跡が残っている。


「希衣がいそうな場所なんてお見通しだ。子供の頃からなんにも変わらないな」

「そんなことないもん。ゆーたろ、あのね……」


「おばさんから伝言がある」


希衣は口をつぐみ、雄太郎を見た。


「さっき聞いてきた。希衣に伝えたいことはありますか?って。怒られたよ、でも、教えてくれた」



雄太郎は一度言葉を切った。

そしてしっかりと希衣を見据えて口を開いた。




――― ありがとう。希衣がいてママは幸せでした。天国でも笑っていてね。




雄太郎の目からは、涙がこぼれていた。

そして、希衣の目からも。



「ママ……ごめんなさい……う…うわぁぁああああああああああああああ!!」



誰にも聞こえない慟哭が夜中の公園に響き渡る。雄太郎は叫び続ける希衣の頭をずっと撫でていた。


永遠とも言える時を二人は公園の木の下で過ごした。




「……もう、大丈夫。ごめんね」


希衣は雄太郎の胸から頭を離すと、照れたように少し笑う。


「えへ…また泣いちゃった。もう泣かないって決めたのになぁ……」

「大丈夫。大丈夫だよ」

「ううん。もう泣かないの。元気出さなくちゃ」



希衣は、木の陰から何かを取り出した。


「これやろ!さっき拾ったの!!」


取り出したのは数本単位でまとめられている線香花火とライター。おそらくは季節はずれの花火をした学生が残していったものだろう。


「久しぶりだな~線香花火、私好きなんだっ」


希衣は線香花火に火をつける。湿気っていた花火は燃えづらかったが、やがてパチパチと音を立て始めた。



挿絵(By みてみん)


火をつけられた花火は、少しづつ、少しづつその火種を大きくし、小さな花を咲かせていく。



その花は美しく、力強い。公園が少しだけ明るく照らされた。



次第に弱まっていく線香花火。希衣はそんな火を落とすまいと必死に集中している。


まるで守れなかった何かを守るように。


その小さな花が落ちれば自らも消えてしまうかのように。




数本だけあった線香花火はすぐにその輝きを散らせた。



「あーあ、終わっちゃった」


希衣がゆっくりと立ち上がる。その目に涙はもうなかった。



「ね、ゆーたろ……」


「どうした?」



希衣はいつもの笑顔を雄太郎へ向ける。

そんな希衣が、雄太郎はなぜだか怖く思えた。それがなぜかはわからなかったけど、どうしてもその先の言葉を聞きたくなかった。





その言葉を聞かなければよかったと、何度も後悔した。


もしもあの時、聞かずに帰っていたら、違う未来があったのかと。



しかしその後悔は、もう少し先の話。






「……私、ね。もうダメみたい」



希衣は、笑顔のまま、その姿を消した。

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