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冬の桜  作者: 小月 恵
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第1話:肉まん - 1

「ふわぁ……あ、ゆーたろ。おはよぅ…」


ドアが空いた先には、口を手に当てあくびをしている希衣が立っていた。


「あ、あぁ……おはよう………」


雄太郎は少しの間、顔を伏せた。そしてニコニコしている希衣をもう一度見ると、ドアを閉め、居間へ取って返す。


「雄太郎、希衣ちゃんのお葬式はね…」

「つまらない冗談やめろよ」


力なく話す母を雄太郎は睨みつけた。


「いくらなんでもこんな冗談タチ悪いだろ、いくら母さんと希衣でも怒るぞ」

「冗談?なんのこと、希衣ちゃんは確かに…」


「やめろって言ってるだろ!!」


雄太郎は叫んでいた。

それを見かねた父が腰を上げる。


「雄太郎。母さんが言っていることは事実だ、希衣ちゃんは死んだんだ」

「そんなわけ無い!!だって……!」


雄太郎は再び部屋へと走り、ドアを開ける。

中では希衣が髪を梳かしているところだった。その手を強引にとって居間へ戻る。

手を引かれ居間へ連れてこられた希衣の頭にはクシがひっかかったまま。雄太郎は突然両親の前に出されてテンパっている希衣を指さす。


「ほら!希衣ならここにいるだろ!」


「は、わっ!おはっおはようございます!!」


希衣はあわてて両親に挨拶をする。

しかし母はそんな希衣を無視し、雄太郎を心配そうに見つめる。


「どうしたの、雄太郎……」

「そこに誰がいるって言うんだ、希衣ちゃんはもう……」


その目は冷ややかだった。まるでおかしくなってしまった息子を憐れむような目。


「だからここにいるだろ!朝起きたらなぜか俺のベットの中にいたんだ!どうせ質の悪いいたずらなんだろ!?そういうのもういいからやめてくれよ!」


「いたずら?何を言ってるの……?」


顔を伏せた母は声を詰まらせる。


「まさか……見えない、のか?」


雄太郎がそう独りごちると父親が穏やかな目を向ける。


「少し休め。朝食ができたらまた呼ぶから。落ち着いてまた話をしよう」


その目は息子をからかうようなものではなく、ただ心配する目だった。

部屋へ戻った雄太郎は一人ベットに腰掛け頭を抱える。はじめは両親と希衣が協力し合って自分をからかっているのかと思っていた。

まだその可能性は捨てきれない。むしろその可能性の方が高いだろう。


雄太郎はむしろそうであってほしいと望んでいた。

自分が考えている可能性よりはそっちのほうがずっといい。


「なぁ、希衣」

「ひゃいっ!」


雄太郎は顔を上げそっと部屋に戻ってきた希衣へと声をかける。


「な、なに?ゆーたろ」


「希衣、昨日何してた」


その目は真剣そのもの。


「えっ!?昨日は……朝起きて、髪とかして、歯を磨いて……あ!今日まだ歯磨きしてない!!虫歯になっちゃう!!」


部屋を出ていこうとする希衣を雄太郎が慌てて止める。


「歯磨きの前に教えてくれ、昨日の夕方、何してた?」

「でも、なんで~?そんなに私のこと気になるのゆーたろ?ふふっ……」


「どうしよっかなぁ~教えてあげようかな~でもなぁ~」そう悪戯な笑みを浮かべる希衣はただ雄太郎との会話を楽しんでいるようだった。

雄太郎はそんな希衣を見て声を荒げる。


「早く教えてくれ!」


希衣は驚き、雄太郎に怯えた目を向ける。


「昨日の夕方だよね……たしか昨日の夕方は夜ご飯の買い物にいって、そしたら近くのペットショップに新しいワンちゃんがいて可愛かったの!そうだ!後で見に行こうよ!」


はしゃいだ希衣の顔は雄太郎の向ける冷たい目によって一瞬で元に戻る。


「そのあとだよね!その後は……あれ……?」


希衣は首をかしげる。


「よく思い出せない……でも、目が覚めたらゆーたろの家にいたから、お泊りしたんじゃないのかな?ゆーたろ覚えてない?」


「久しぶりだね~」そう言って笑う希衣は何も覚えていないようだった。

少なくとも中学までの希衣が嘘をついた記憶が雄太郎にはない。嘘を付けるような性格でないことも知っていた。


「買い物したんだろ?その荷物はどうしたんだ?」


雄太郎は少し声を柔らかくして尋ねる。


「う~ん…覚えてないなぁ…家においてきたんじゃないかな?パジャマもあるし!」


「買い物をしたのは何時頃?」


パジャマを褒めてもらえなかった希衣は若干落ち込みながら答える。


「え……と、リポスリ見たあとだから……6時ぐらいかな?」


希衣の口から出たアニメ、リポルタミン3000通称リポサン、小学生向けのアニメを見ているという事実に若干呆れながら雄太郎は希衣の頭を撫で、立ち上がる。


「わかった、ありがとう。少し出かけてくるから、希衣はこ俺の部屋で待っててくれるか?」


「え~!!歯磨きは!?」


「………家の中ぐらいなら動いていいって、でも母さんと父さんに気を使う必要はないからな?機嫌が悪いから希衣に返事しないかもしれないけど、気にしないでくれな」


「はーい!」


疑うことなく返事をした希衣に頷くとコートを羽織り、部屋を出ていった。


そして、夕方になっても戻らなかった。


「おなかすいたよー、ゆーたろーまだー?」


歯磨きを終えたっきりずっと部屋で座ったきりの希衣が呟く。

その声はむなしく部屋を転がった。

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