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虚言の庭師  作者:
第1章
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 昨夜よりも温かく朝を迎える事ができたのだが、私の心は一向に晴れることはなく、靄がかかったように先が見えない。

 友二は既に出勤したのか部屋の中は自分以外もぬけの殻だ。熱を使った様子もなく、彼は果たして朝食を食べてから家を出たのだろうか。

 むくりと起き上がり、頭を掻く。洗面所の鏡を覗くと目が充血している。無理に目を閉じたせいか、眼球を痛めてしまったのだろう。

 顔を洗い、さっぱりとした化粧水をつけた。こちらも友二が買い与えてくれたものだ。

 この生活が始まって早三日。既に慣れてきている自分が恐ろしかった。

 いつもそうだ。環境に慣れる事に長けていて、どんな状況下でも強かに生き延びてきた。唯一の自慢にはなるが、それが良いことなのかは甚だ疑問である。

 慣れの次に来るものは飽き、だ。

 ここから出よう、という気は今はない。いずれ私はこの生活に今以上に慣れてゆき、ここに住み着く寄生虫となっていくのだろう。そしてあの男を利用しこの部屋に十分根を張った後、突如として姿を消してしまう。──そんな自分が手に取るように分かった。


 死んだように過ごすことで一日はすぐに終わる。学校に行かないことに対しての罪悪感ははなからなかったが、あちらの変化はどんなものだろう。

 私が消えて何かこの世界に影響を与えたのなら、それはそれで面白いけれど冗談のようにしか思えない。


「僕が怖くないの?」

 友二が帰宅しても何ら反応を見せない私に、彼はどこか不信感を覚えたようで、私の顔を覗き込んで云った。

「雪絵ちゃんは、僕が怖くないの?だって僕は君を誘拐したんだから」

 涼しげなワイシャツ姿をした彼は、いい歳の取り方をした男性としか云いようがない。年上が好きだと云う女性たちは、彼みたいな男を指して「好き」だと云っているのだろう。

「怖いって、何が?」

 私がそう答えると、彼の己を見る目が少し変わった気がする。

「ほら、まだ雪絵ちゃんは中学生でしょう?こんなおじさんが女の子を部屋に連れ込むなんて、変だと思わない?」

 絶え間無く続く質問に飽き飽きしながらも、私は「別に」とだけ答える。

「どうしてだい?」

 友二は二重の目を更に大きく見開いた。

「おじさん、そんな悪い人には見えないし」

 それは事実だった。しかし現に私はここに目隠しをされながらやってきてしまっている。それでも彼を悪く思えないのは家から抜け出せたことか、それともその容姿からか。それは私の心臓、或いは脳しか知らない。

「おじさんはどうして私を誘拐したの?」

 逆にこちらから質問してやると、友二は困った顔をして俄かに赤面した。彼が次に発した言葉からは、聞いているこちらまでむず痒くなりそうだった。

「──友達が欲しかったんだよ」

 頭を掻きながら喋る彼は、年端のいかない少年の姿を思わせる。実際目の前にいるのは、ただの四十路の男なのだが。

「友達?」

「僕にはね、友達がいないんだ」

「私もいないよ」

 私は即答する。

 ──友達。そんな言葉すら暫く忘れていたような気がする。小学生の低学年の頃はクラスメイトとはしゃいでいたような思い出もあるが、今では友達と呼べる人間など一人もいない。

 クラスメイトたちは勝手に私から離れていったから、一人を望むこちらにしては願ったり叶ったりだった。

 普通の人間なら皆から疎外されることもない。その状況を作り上げたのは、紛れもなく私だ。

「雪絵ちゃんは中学生だよね?」

「うん。知ってるでしょ」

 呆れ声で友二の言葉に答える。長ったらしい質問は嫌いだが、どうせ暇なのだからと自分を納得させた。

「実は••••僕もね、その頃から友達がいなかったんだ」

 友二の顔からはいよいよ照れの色が消え、影が落ちた。笑い顔よりもこちらのほうが彼に似合っているように思えたが、今は黙っていることにする。

「へえ、そうなんだ」

 平静を装っているが、内心私は驚いていた。こんなに恵まれた容姿の彼が、環境に適応できないなど考えられないからだ。

「僕さ、今は比較的良い環境で働いているけど、昔は相当に酷いところで生きてきたんだ。童顔な所為か、その頃は特に『子供みたいだ』って馬鹿にされて。中学で何かが変わると思っていたけど、駄目だった。••••だから僕は、中学生の時に作れなかった友達を、今作ってみようと思ったんだ」

 私は彼の言葉に慄然とした。

 ──彼と私が、対極の存在なのだと気が付いてしまったからだ。

 彼は容姿で同級生に虐められていたのではない。中学生など、顔が幼くて当然だ。ではなぜ彼の存在は、あそこまで周りから浮いてしまったのか。

 それは、彼の元々の性格に問題があると云い切ってしまえば簡単なことだろう。

 私が残酷なまでに大人びているように、彼はまた、年齢に見合わぬ幼稚な精神を持ち合わせているからだ。

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