001
以下改稿と文字校正中です。
「来月には店をたたもうかと思っているの。」
「へ?」
俺『須藤達也』がこの世界に来て一ヶ月目の記念すべき日の朝は、同居人からの衝撃的な一言で始まった。
「まだ一ヶ月あるからそれまでに出て行って貰いたいんだけど…」
タイムリミットは一ヶ月ーー。
突然放り込まれたこの世界の事を必死に覚えるだけで精一杯だったこの一ヶ月を思うと、それはあまりにも短く感じたのだった。
「え、延長お願い出来ますか?」
「無理よ。」
簡潔でわかりやすい。これは拒否を示す言葉だ。
目の前の銀髪猫耳美人と三拍子揃ったチートスペックの獣人、フェリスははっきりとそう告げてきた。
「なんでたたむのさ!二人で頑張ってきたじゃないか!」
「頑張ってきたのは私。あなたはただの穀潰し。」
是非もなかった。
自覚はもちろん……ある。色んな事情を考慮せず結果だけを言うならばそうだろう。
だが、全くわからない世界に放り込まれたのである。どこに何があるかもわからないし、言うならば《生き方》ですらわからなかったのだ。
達也にとって、その結果は歯痒いものだった。
「せ、せめて何故か、理由だけでも教えてくれないか?
俺にできる事もあるかもしれないし……。」
フェリスは「ハァ…。」とため息を付き、億劫そうに答える。
「あのね?達也。広場を挟んで向かい側に大型服飾店があるでしょう?
今までも決して楽ではなかったけど何とかやって来れたのに、あの店が出来たお陰で客足が少なくなってね……」
ここフェリス服飾店は小さな店だ。
店主のフェリスが一着一着、丹精込めて作る服は現代人の俺から見ても素晴らしい質を誇っている。
だが、ご覧の通り客が来ない。
居候一ヶ月で何人かしか客が来てるのを見たことがない。
異世界の商売だからこんなもんなんだろうと思ってたけど相当ピンチだったようだ。
「なるほど…」
「お父さんの形見のお店だから、こんな形になって欲しくなかったんだけど…」
そう言って悔しそうに俯くフェリス。
そんな大事な店だったのか。年季が入ってるなぁとは思っていたけど…。
これは右も左も分からなかった俺を拾ってくれた恩を返すチャンスかもしれない。
「なぁ、フェリス。店が持ち直せば出ていかなくてもいいのか?」
「え?えぇ。それは構わないけど…もう無理よ。方々手は尽くしたんだもの。」
「何もしなければ来月で潰れるんだろ?なら…俺に任せてみてもらえないだろうか?」
俺は広告代理店に勤めていた。
そのノウハウを生かして再建出来ないかってわけだ。
フェリスに拾われた時から申し出ようか迷っていたが、いい機会かもしれない。
「あなたに?あなた裁縫出来ないじゃない。店番だってすぐ飽きちゃってたでしょ。」
「裁縫はフェリスの仕事だ。俺はできん。やった事ないしな。」
「やっぱり出来ないじゃないの。もういいの。私を元気付けようとしてくれたんでしょ?ありがとう。」
「待て待て。終わらすな!俺は前の世界で広告を生業としていたんだ。つまり、宣伝面でサポートしたい。」
「広告?宣伝?」
「わかりやすく言えば、フェリスの店には仕立ての良い服がありますよーってみんなにわかってもらうことだ。」
「呼び込みってこと?」
「それも一つの手法だな。」
フェリスが言ったように〈呼び込み〉も宣伝活動の一種だ。
直接的だからあまり、良い手法とは言えないが、この世界での宣伝はこの程度なのだろう。
「呼び込みやってくれるのは有難いけど…焼け石に水だと思うわ。」
「だろうな。もちろん、それだけではダメだ。
購入まで結びつけるには起承転結が大事なんだよ。
これは今はわからないだろうから、順番に進めていこうか。」
「うーん…よくわからないけど、街の皆に服を勧めてくれるならお願いしたいわ。」
「うむ。それじゃあまずは、現状の整理からだな。
フェリスはこの店に客が来ない理由わかるか?」
「大型店、つまりアーカス服飾店が出来たからよ。」
「それはそうだろう。だがそれだけじゃない。」
「どういうこと?」
「この店の商品を皆が知らないからだ。フェリス。ここの商品はあのキツネ顔のいけすかない野郎の作る服に劣ってると思うか?」
「そんなわけない…と思う。
アーカスの服は生地だって安物だし、縫製だって甘い。
でも……売れてるの。私じゃあダメなのよ。」
泣きそうな顔でそんなことを言うフェリス。
違う。そんなことはない。フェリスの腕は一流だ。それは間違いない。
きっと……何度も葛藤したんだろう。安物の生地を使い、雑な縫製の服が飛ぶように売れている。
自分は何がいけないのか?デザイン?生地?縫製?そんなことを考えてたんだろう。
店を閉めた後、フェリスは夜遅くまで新しいデザインの服を何着も何着も作っていた。
よく見れば目の下にはクマがあり、手はマメが潰れて痛々しい。
そうして出来上がった新しい服を店に並べるが、売れない。だからまた作る。
なるほど……少しずつプライドが折れていったのだ。
知られてなければ知らせればいいのだ。
ニセモノにホンモノが負けることほどアホらしいことはない。
「フェリス。アーカスの店はフェリスの店よりも売れてるのは何故かわかるか?」
「…技術が優れてるから。」
「違う。店舗の大きさと立地、そして貴族御用達の看板があるからだ。他にもあるが…大きくはこれだな。」
「どういうこと?私のお店が小さいから負けたって言うの?」
キッとこちらを睨むフェリス。
正直かわいいだけで怖くない。
「小さい…ああ、それはもちろんそうだ。ちょ、まて!早まるな!ハサミをしまえ!まだ続きがある!!」
どこに持っていたのかフェリスはハサミを取り出し「坊主…坊主よ…悪口言うやつは坊主なの…」とブツブツ呟いている。
「坊主は勘弁してくれ…。続けるが、店舗の大きさ。これには二つの意味がある。なにかわかるか?」
キョトンとした顔をしてフェリスは考え込む。
「お金持ってるってこと…しかわからないわ。」
「発想が貧困だな。10点。ま、まて!ハサミをしまえ!つ、続き聞きたいだろ?!」
手に持ったハサミをシャキン、シャキンと音をさせながら首で先を促すフェリス。
「大きな店舗の持つイメージとが一つ。もう一つは視認性だ。
イメージの方は…そうだなぁ、一軒のお店と市場の違いっていえば想像がつくか?」
うーん。と人差し指を顎に当て首を傾げながらフェリスは考え、やがてパンっと手を叩き口を開く。
「わかった!品揃えね?」
「ご名答。そう品揃えだ。
何でも売っているイメージ。これが存外大きな意味を持つ。
とりあえずこれは置いといて。先にもう一つの意味を考えてみようか。
ではもう一つの視認性だが、これは端的に言おう。店がでかいことだ。」
「そんなのわかってるわよ。」
「いいや。わかってない。大きな事は見りゃわかる。大きさの持つ意味まで考えた事はあるか?」
「大きさの持つ意味?どういうこと?何が違うの?」
「ここ王都ローレンは円形の城壁に囲まれ東西南北にそれぞれ門がある。
そして東西南北の門から伸びる道の交差したところにある広場、つまりここのことだが、この店を出た広場の向こう側にアーカスの店がある。
この店は東西南北の門、そして通り、何処から見ても見えるんだ。無駄にデカイからな。」
「……。」
フェリスは黙って聞いている。
「つまり、どこからでも目立ち、何でも揃う店がアーカスの大きなお店の持つイメージだ。
立地はここと一緒だから不利ということはない。
そしてもう一つ。貴族御用達。
これは安心と信頼の〜ってやつだな。
流行最先端の貴族御用達の服が民衆の収入で買えるなら、こぞって買いに行くだろう。
王都の入口に公爵やら伯爵やらの絵が飾ってあるのは知ってると思うが、あれアーカス製の服を着てるだろ?」
「ああ…あれね。」
「実際奴らはあんな服着ていない。金を掴ませて着て貰って、絵を書いたんだ。
これはステルスマーケティングという手法だ。」
「ステルスマーケティング?」
「第三者的な立ち位置で商品を暗に勧める手法のことだ。
大っぴらに宣伝のモデルに使ってます!って感じだといかにもって感じだが、まるで関係のない王都の門に飾られてる貴族の絵の服が、門から見える大きな建物に手に届く価格で置いてあるわけだ。
そこでお上りさん達にこういうのだ「お客様運がいいですね!限定10着であと出てるだけで終わりなんですよ。」お前なら我慢出来るか?縫製がーとか言ってられるか?
縫製なんて貴族が着てるんだ。見なくても最高の縫製だと思うだろう。」
「……最低ね。」
これは心理誘導だ。著名人が仕事としてやる宣伝活動とプライベートでやる宣伝活動は信頼度が違う。
仕事は商品が気に入ろうが気に入らなかろうが、良いものだと言わねばならないが、プライベートは別だ。
気に入らないものを使うわけがないし、そこに信頼が生まれる。
これを利用するわけだ。
これはもはや詐欺に近い。
「広告というのは大きな力を持つ。
そのためにこういう風に権力を持つものが使うと事実は捻じ曲げられてしまうんだ。
その結果、ホンモノが廃れ、技術が衰退していく。お前の技術がダメなんじゃない。
お前の技術が素晴らしいことを皆が知らないんだ。」
「…私の…技術……。」
「そうだ。俺は色々な物を見て来た。この世界にはない、最先端の技術をだ。
その目を持って言おう。フェリス。自信を持て。
お前作る服はどこにも負けはしない一級品だ。」
「…本当?私のせいじゃないの……?」
目に涙を溜めながら上目遣いで聞いてくるフェリス。父の残した店を守れない自らを相当追い込んでたのだろう。
俺はフェリスの頭を撫で、安心させるようにいった。
「ああ。お前はそのままでいいんだ。
この店に偶然入った人は皆何かしら買っていっただろう?
目的意識のない人間が何かを買うってことは相当その商品が良かったからだ。
自信を持て。皆に知ってもらえばこの店は絶対に繁盛する。
そしてその部分、皆に知ってもらう仕事は俺に任せてくれないだろうか?一人で抱え込まないで、俺にも背負わせてもらえないだろうか?」
フェリスはそれを聞いて俯き声を押し殺し、達也の胸に、頭を当て泣いてしまう。
こんな女の子が背負うには重かったのだ。
きっとだれかにそう言って貰うのを待っていたのだろう。
達也はしばらくフェリスの背中をポンポンと叩き、泣き止むの待った。
「…ごめんなさい。ありがとう。あなたに任せてみる。」
目尻の涙を拭きながらそう言って見せた笑顔はとても綺麗で、達也はこの笑顔を守ることを決めたのだった。