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少女小説系(中~長編)

恋泥棒と自由の歌姫(ディーヴァ・リベルタ)

作者: 結川さや

「恋泥棒と自由の歌姫ディーヴァ・リベルタ」結川さや


 少年は、母親に訊ねた。

 ――それで、その王様はどうなったの? 

 世界中、全ての国を回って大好きな宝石を集め続けた彼は、最後にとても貴重な宝石で飾られた仮面を見つけたの。喜び勇んだ王様が仮面を付けたその時、国からの使者が訪れた。

 母親の語った言葉に、少年の幼い顔が曇る。

 ――そんな……王様がいない間に?

 国に残してきた妻は、寂しさのあまり病気にかかり、死んでしまった。そうなって初めて、王様は知ったの。欲に目が眩んで、本当に大切なものが見えていなかったことを。

後悔してもしきれない辛さに王様は嘆いた。自分の醜い心を憎んだ。仮面にあしらわれた美しい宝石がどこかに消えてしまっても、気づかないくらいに。

狂ったような彼の嘆きと憎しみは、不思議な力を生み、奇妙な支配はそこから始まってしまったのだ。

母親の語る物語の結末が、少年の瞳を見開かせた。あまりに無垢な、金色こんじきの双眸を。

不思議で悲しい物語は、その血族だけに語られることを、哀れな少年はまだ知らなかった。今は失われた悲劇の印と、自身が出会う運命であることも。

 世の、全ての欲の象徴――美しい宝石を好む醜い化け物。伝説の王のそんな心だけが亡霊となって、乗り移ったものは……。

        *

「出たぞっ、泥棒伯爵コンテ・ラードロだ! 捕まえろ!」

 警備兵の金切り声が響き渡った。

 優美なワルツの流れる邸内は、一気にざわめき狂乱に陥る。音楽は止まり、交わされていた会話も談笑も、人々の笑顔さえも凍りつく。

 そんな光景の中、ひらりとはためいたのは絹のカーテン。大きく開かれた窓から臨めるヴァレリア海――太陽にきらめく紺碧色を模した布地は、長身の背中にまとわりつき、あるいは優雅なマントのように揺れる。

「失礼、お嬢様方」

 あくまでも気品ある仕草で一礼し、そう挨拶してみせるのは青年。否、そのように見える、としか言いようのない人物だった。

 黒一色の燕尾姿、は居並ぶ紳士たちと大した違いはないが、鼻のとがった白い顔。バウタと呼ばれるカーニバル用の仮面で素顔を隠しているのが異様でもあり、また青年の奇妙な美を引き立てているようにも思える。

 泥棒伯爵――連日に渡り、貴族の館を騒がせている手配犯。その呼び名に応えるように、青年は白い手袋をした右手に握った宝石を掲げてみせた。

「女神ヴァレリアの涙、確かに頂戴いたしました」

 仮面の口元を軽く押さえ、すぐにふっとその指を風に遊ばせる。まるで彼自身の口づけを投げてよこすような振る舞いに、その場にいた淑女たちは小さく悲鳴をもらす。恐怖ゆえではないことは、うっとりと卒倒しそうな目つきをしていることからすぐにわかった。

「く……っ、絶対に逃がすな! どうせ館中に警備網が施されているんだ。奴は袋のネズミも同然――っ!?」

 指揮を執る警備隊長が、驚愕に顔をゆがめる。

「ごきげんよう、皆様」

 大粒の蒼玉。金の鎖に一つ揺れるその宝石を大事そうに胸元へしまうと、彼はバルコニーへと駆け出る。当然待ち構えていた警備兵の腕をすり抜け、あっというまにその身を空中へと躍らせ――大きくなった悲鳴をものともせず、濃い青の海原へと落ちて行ったのだった。

 夜も更け、家々に灯りともる頃――帰路につく人々を誘うように賑わい始める場所がある。街を縦横に走る運河、カナル・グランデ。その上に幾つも架けられた太鼓橋のうち一つを渡ると、居並ぶ飲食店街。高級なリストランテから、大衆酒場のバーカリまで、ありとあらゆる店が軒を連ね、おいしそうな匂いと共に扉を開き、客を待つ。

 そんな通りの外れ、色とりどりの屋根からすれば若干地味な、緑の廂に白壁の小さな店。突き出た看板に飾り文字で書かれた名前は、『トラットリア・セレナータ』。店の造りや雰囲気にしては客足はよく、全部で二十もない椅子は既に満席だった。一般的食堂であるそんなトラットリアの一つで、その夜事件は起きたのである。


「ポモドーロにアマトリチャーナ、おまたせいたしましたあっ!」

 明るい声が、賑やかな店内に響いた。決して声量が大きすぎるわけではないのに不思議と通り、耳にすっと馴染む声音は、疲れた客を笑顔にする。

「おお、ありがとよ。今日も可愛いね、ビアンカ」

「まったくカルロッタの若い頃にそっくりだ。あんまり似すぎるのも問題だけどなあ? アンジェロ」

 呼ばれた店の主人はただ穏やかに微笑み、厨房に引っ込む。前掛けで手を拭きながら代わりに出てきた彼の妻は、頼もしい体格そのままを生かし、太い声で笑った。

「似すぎちゃどこがいけないんだい? 今だって十分美人だろ? ねえビアンカ」

 まるで海の波のように広がる豊かな黒髪と、人懐っこい印象を与える大きなこげ茶の瞳。それだけはそっくりな母から振られ、十六歳の娘――ビアンカは頷く。

「ええママ。あなたはこの下町アズーロ――いいえ、ランツァ国中でも一番の美人よ。今でもそれは変わらないわ」

「ほーらね」と誇らしげに胸を張るカルロッタを見て、常連客の船乗りたちは苦笑した。

「そりゃあさすがに娘の欲目ってもんじゃねえのかい? ビアンカ」

 まるで水代わりのようにワインを飲み干し、顔を真っ赤にした男が言う。それでもビアンカは、大真面目な顔で首を横に振った。

「あら、あたしは本気よ。ママほど美しい声を持つ歌い手は、他にはいないもの。美しい歌を歌える人こそ、この世で最も美しい人だわ」

 自信と確信を持って言い切る。ビアンカの素直で純粋な崇拝の眼差しに影響されたのか、いつしか客たちの間にも吐息が漏れ始めた。

「確かになあ……カルロッタの歌はそりゃもう美しいもんだった」

「全くだ。あの澄んだ高い声! 聞き惚れねえ奴はいなかった」

 当時を思い出しながらうっとりとする客の一人が、ビアンカを見やる。

「あれだけは、似なかったな……」

「本当にな。これだけ器量よしで愛らしく、あのカルロッタの娘、と来りゃあ、花冠の栄光だって夢じゃねえはずなのに、もったいねえ――」

「ああ、そういやもうすぐ開かれるって噂だよなあ? 新元首即位を祝う大祝祭カーニバル・グランデ

 悪意でなく、心底残念そうに交わされた会話だった。一同が、無意識に見上げた先――壁にかけられた額の隣、乾燥花となってもまだその栄誉を示し続ける花輪から、ビアンカだけが目をそらす。まだまだ話を続けそうな男たちに向かって、カルロッタは両手をパンパンと打ち鳴らした。

「はいよ、もう話は終わり! さっさと食べて帰っとくれよ。うちの父ちゃん自慢の料理を食べに来てんのはあんたたちだけじゃないんだからさ。外にも並んでんの、見えないのかい?」

 豪快に背中を叩かれ、船乗りの一人がむせ返る。客は笑い、食事に戻った。そうせずにはおれないほど空腹でもあったし、ここセレナータの料理は例外なく美味であるからだった。

 元船乗りの父アンジェロと、かつては下町の男皆が憧れた美人の歌姫であった母カルロッタ。彼らが結婚し、始めた食堂はこうして今日も順調に営業し、平常通りに閉店時間を迎える――かと思われたのだが。

 カラン、とドアベルが軽やかに鳴り、新たな客の到来を告げた。その時だった。

「いらっしゃいま……きゃあっ! お、お客さん? 大丈夫ですか?」

 盆を片手に迎えようとしたビアンカの足元に、その客は倒れこんだのだ。

 客、と言ってもまだビアンカとそう背丈も変わらない、年頃も同じくらいに見える少年。短くくせのある髪は、太陽のように明るい金色で、肌も白い。見るからに異国の出身であることが明らかな彼は、美しい髪や肌を台無しにするような粗末な旅装に身を包んでいる。

「おいおい、なんだあ?」

「兄ちゃん、どっか怪我でもしたのかい?」

 からかい半分、心配半分。気のいい常連客も席を立ち、わらわらと周囲を取り囲む。が、謎の少年客は苦しげに顔をゆがめたまま、目の前にしゃがみこんだビアンカの長いスカートの裾にとりすがる。そして――さも辛そうに、かすれた声で訴えたのだ。

「……腹、減った……」と。

 

 白い木製テーブルに、大皿で盛られたトマトソースのパスタ。サービスに、カルロッタお得意の巨大肉団子、ポルベッティーネのおまけつきだ。最後に残ったそれを世にも幸せそうに頬張り、平らげてみせたのは、先ほどの少年である。

 今にも死にそうだった顔つきではわからなかった金砂色の澄んだ瞳でビアンカとカルロッタ、そしてアンジェロを順番に見て、彼は深々と頭を下げた。

「はああ~ほんっっとうに助かった。ごちそうさまでっす!」

「そりゃあ何より……にしてもアンタ、そんな簡単な旅装で一体どっから――」

「リベリオ」

「あん?」

「俺、リベリオって言います。生まれは西大陸、着の身着のまま旅して、はるばる南大陸のここまで来ちまいました。路銀が尽きちゃって、もう三日もろくなモン食ってなくて」

 ニカッと無邪気な笑みを浮かべる少年、リベリオ。荷物は背中にくくりつけていた布包み一つで、言葉通り何もない両手を開いてみせる始末だ。

「おいおい……もしかしてお前さん」

「さすがに無銭飲食は、なあ……?」

 囁きあう客たちの前で、カルロッタはアンジェロと目配せを交わす。視線一つで意思疎通が可能な夫婦は、肩をすくめてリベリオに歩み寄った。

「ま、痩せてはいるけど弱っちくはなさそうだねえ。よし! アンタ――じゃなかった、リベリオとやら。とりあえず食事代は体で返してもらおうかね」

「か、体で?」

「何怯えた目してんだい、ちびっこが。働いて返してもらうに決まってんだろ? 働かざる者、食うべからず。ってのが自由の街アズーロの鉄壁の掟さ!」

「ああ、そういうことなら、もちろん! 心得ております。ついでに、台所でも倉庫でもどこでもいいから寝る所も……」

「図々しいぼっちゃんだねえ。仕方ない、その代わりこき使うよ!」

「アイアイサー、船長!」

 おどけた仕草で、リベリオは敬礼をする。一部始終をおろおろと見ていたビアンカは、いきなりくるりと自分のほうに向き直った彼とすぐ近くで見つめあうはめになってしまった。

「よろしく、お嬢さん」

 シニョリーナ、と突然気取った呼び方をされ、戸惑う。開放的な海洋国家ランツァにおいても、最も明るく社交的な人々の多い港町アズーロ。更にその中でも最強というほどに、口うるさくお愛想好きな船乗りたちの相手を毎日平気でしているはずの看板娘が、わずかに頬を朱に染めた。


 真っ赤に熟れたトマトに、瑞々しいズッキーニ。ころころ可愛らしい形に、色も綺麗なパプリカ、そしてすっと細長いアスパラガス。おいしい料理に欠かせない野菜の数々が入った麻袋を肩に背負い、前を行くのは金髪の少年。昨夜から突然、住み込みの下働きとして臨時雇用されることとなった、リベリオだ。彼の後方、わずかな距離を保ちつつ、ビアンカが付いて行く。

 顔を見せ始めた太陽は、まだ爽やかで優しい顔をしている。が、もう半時もすればギラギラと我が物顔で街中を照らし始めることは経験上わかっていた。そのためつばの大きな帽子を被り、うつむくように進む。陽光にきらめく運河の水――毎日見ても見飽きない美しい風景を眺めるビアンカの顔は、心なしか浮かないものだった。

(なんであたしが、こんな子と一緒に買い物なんてしなきゃいけないのよ)

 不満げな思考は、別にこの少年が気に入らないのでも迷惑なのでもなく、ただひとえに困惑と気恥ずかしさから来ていた。

(男の子と、二人で外を歩くなんて……)

 店でならいい。陽気な船乗り、下働きの若者、近所の同業者に幼なじみ――日常的に彼らとやりとりするのには、当然慣れている。

 けれど、その中の誰だって、自分をあんな風に呼んだりはしなかった。優しい声音といたずらっぽい瞳を思い出し、ビアンカの頬が再び上気しかけた、その時。

「ねえ、まだ歩くの?」

 まっすぐ、とだけ説明した道案内役のビアンカに、ふいにリベリオが振り向いた。あわてて、運河のほうを指差す。正確には、船着場の方角を。

「こ、ここからは対岸だから……あ、あれに」

「あれ?」

 あれ、ともう一度。ビアンカの指指すものをようやく見つけたらしい彼は、なぜか嬉しそうに笑った。

「ああ、ゴンドラ! へーえ、やっぱ普通に使うんだ。さすが運河の街だな」

「え、ええ。ゴンドラはランツァの重要な交通手段だもの。大陸では馬車のほうが便利らしいけれど、ここでは道幅も狭いしすぐに運河に突き当たるし……な、何っ?」

 少しだけいつもの調子を取り戻しかけたのも束の間、いきなり距離を詰め、覗きこまれてしまっては、言葉が出てこなくなっても仕方がないというものだろう。飛びのいて、近くの家の壁にべったりとはりついたビアンカを見て、リベリオはぷっと吹き出した。

「何よ」

 思わずむっとして聞き返す。と、楽しげな笑みを浮かべたまま野菜袋を一旦置いて、リベリオが片手を差し出してきたのだ。キョトンとするビアンカに、「握手」と促す。

「な、何でわざわざ握手なんて……」

「だって緊張してるだろ? スッゲーわかりやすいんだもん、ビアンカって」

 既に平然と名前を呼ばれ、また頬が赤くなる。常連客に連呼されても平気なのに、リベリオ相手だと戸惑ってしまうのだ。理由のわからない悔しさを込め、ビアンカはわざときつくその手を握った。

「べ、別にしてないわ。緊張なんて」

「あ、そ? じゃあもう一回呼んでもいい? お嬢さん(シニョリーナ)ってさ」

 かああ、とまたわかりやすく赤面してしまって、手を振り放す。明るい笑い声を立てた後、リベリオは片目を閉じて付け加えた。

「うそうそ。俺も気取ったの苦手だし、やっぱ名前がいいや。それにビアンカってさ、このアズーロに――いや、ヴァレリア海によく似合う、いい名前じゃん?」

 今日も晴れ渡った空をそのまま映したような、澄んだ青。運河にも流れ込む海の水を見ながらそう言われ、ビアンカは首を傾げる。

「ヴァレリア海に……?」

「うん。青い大海原によく映える、清潔な白! ヴァレリア語でそういう意味だろ? ビアンカ」

 自身の名に込められた古い意味よりも、彼が湛えた満面の笑みのほうがよっぽどその色彩に似合っている。ような気までして――ビアンカは無意識に胸のあたりを押さえた。小さく、どきりと鳴ったのがどうしてなのか。それも気になったけれど、感嘆の声が先に出てしまった。

「へえ……よく知ってるのね。そういえば、旅の人なのに言葉も上手だし」

 ヴァレリア海界隈で昔使われていたヴァレリア語。だけではなく、更に広域で現在公用語とされている言葉ではあるが、それも海を越えた西大陸では違うはず。こちらよりもまだまだ国独特の言葉が多く、複雑だと聞いたことがあったのだ。

「ま、話し言葉はね。旅して回ってると、あれこれ詳しくなるもんなのさ。一人だと余計に、生きる手段として大事なことにはね」

「生きる、手段……」

 そんな風に物事を考えたことは、ビアンカにはあまりない。生まれた時から今まで、家業の手伝いを当然と思い、普通にこなしてきただけだ。背丈は自分とそう変わらないリベリオが、なぜかまぶしく、少し遠く見えた。

「ねえ、リベリオ――」

 初めて名前を呼んだことには気づかず、ビアンカは問いを口にのせようとする。

(西大陸の、どこから来たの?)

(なぜ、一人で旅をしているの?)

(どこへ行こうとしているの?)

 聞いておかしくない質問ではある。けれど、ためらいが先走り、口を閉じた。その時、

「おや、ビアンカじゃないか」

 振り向くと、運河にぷかりぷかりと浮かぶゴンドラの上で、見知った顔が笑っていた。

「あら、マウロおじさん」

「今日もお使いかい?」

「ええ、いつものコースでお願い」

 そこまでは普段の調子で進んだ会話が、マウロがビアンカの右隣に目線を移したところで変わった。白いヒゲに埋もれた口元を緩め、ゴンドラの船頭――ゴンドリエーレのマウロが顎をしゃくる。

「なんだなんだ? 彼氏かい?」

「ちっ、違うわよっ! か、彼はただの――」

「ども! 昨日から住み込みで下働きさせてもらってまーす、リベリオっす!」

 野菜のつまった麻袋を指し示し、元気に挨拶するリベリオ。なんだ、という顔でマウロが肩をすくめた。

「残念。我らが歌姫ビアンカに、ついに恋人ができためでたい日になるかと思ったのになあ」

「ちょっとマウロおじさん!」

「歌姫?」

 からかうマウロを、あせって止める。が、肝心のお相手、リベリオの関心は違うところへ行ったらしい。他言無用の内容に、ビアンカはあわてて割って入った。

「早くしないとママに怒られちゃう。マウロおじさん、これ載せてちょうだい」

 いつも一人で来る時よりは二倍、いや、三倍増しの量の野菜が入った袋である。ビアンカには重すぎて、持ち上げることにも一苦労だった。

「あーあ、無茶すんなって」

 肩に手をかけられ、ビアンカは動きを止める。朝、一瞬迷ったものの、そんな自分が余計に気恥ずかしくて結局いつもの格好を選んだ。つまり、背中の開いた真っ白なサン・ドレス。裾は長めであるものの、ランツァの暑さに対応したデザインである。

 自然、触れられた部分は素肌で。ビアンカは今度こそ完熟トマト並みに赤くなり、ひゃあっと飛びのいてしまった。あんまり動揺したせいで、そこが幅の狭い運河沿いの道であることも忘れていた。

「きゃあっ」

 段差のある桟橋へ落ちかけた体は、寸前で傾きを止められた。がしっと、リベリオの腕に抱きとめられたのである。細く見えて、意外と筋肉のあるしっかりした胸に収められ、ビアンカは完全にパニックになってしまった。

「やっ、は、は、は、離し……っ!」

 て、と言う前に、暴れた体がぶつかって、リベリオのほうが動揺する。

「おっ、おい落ち着けって! ちゃんと下ろしてやるから……っ」

 カランカラン。もみあいのようになって、リベリオの懐から転げ落ちたもの。それは軽い音を立て、桟橋を転がっていく。

「わっ、やば!」

 ビアンカを安全に下ろしてから、後を追いかける。リベリオの背中越しにちらりと見えたそれは、白く輝いて日差しを反射した。

「バウタ……?」

(カーニバル用の仮面、よね。なんでこんなもの――?)

 鼻のとがった独特の形は、春の始めにヴァレリア海周辺国で盛大に行われるお祭りで着用するものだった。特にランツァでは賑やかさと華やかさを誇る催しになっていて、観光客も訪れる。といっても、今は既に初夏で、時期も過ぎているのだが。

「ちったあ落ち着いたかい? お二人さん」

 いつのまにか桟橋にゴンドラを寄せてくれたマウロが、にんまりと二人を見上げる。なぜかリベリオまでも頬を染め、拾い上げたバウタを懐に戻した。

「まったく、こんな紳士つかまえてあそこまで動揺するか? 普通」

「……っ、あ、あなたが急に抱きとめるからでしょう?」

 喉元まで出かかっていた『ごめんなさい』と『ありがとう』は、唇をとがらせたリベリオにそう言われ、ひっこんでしまった。代わりに、つんと顎をそらせてそっぽを向いてしまう。

「抱きとめなかったらずっこけるか倒れるかして、余計に恥ずかしい格好になってたと思うけど? それともいっそのこと運河に落っこちて、盛大にずぶ濡れになっちまったほうがすっきりしたかもなー」

「な……なんですって?」

 白いサン・ドレスを指して言っていることはすぐにわかった。要するに――先ほど意識してしまったことも、自分の後悔も何もかも、気づかれていたということで。

(なんて嫌味な奴!)

 謝れなかったことを気にしていたはずが、ムカムカして生来の気の強さが蘇ってくる。

「せっかく手伝ってやろうと思ったのに、もういいわ! ぜーんぶあなた一人で運んでもらうからっ! おじさん、行きましょっ」

 ぷりぷりと怒って、袋もリベリオも置き去りに、自分だけゴンドラに乗り込む。ビアンカの変貌ぶりを見て、一瞬あっけにとられたリベリオも続いて飛び乗る。重いはずの袋をものともせず、きっちり積み込んで。

「……緊張してるほうが、可愛げあってよかったのに」

 通り過ぎざまにぼそっと呟く。もちろんそれが自分のことだとわかったから、ビアンカはすぐさま振り向いた。突き刺すような視線を受け止めたリベリオはしかし、ニッと笑ってみせたのだ。軽く舌まで出してから、続ける。

「う、そ。そうやって自然にしてくれたほうが俺も楽。怒りたきゃ怒って、笑いたきゃ笑って、普通にしてろよ。どんな顔してたって、ビアンカなら可愛いからさ」

「――っ!」

 絶句、である。

(なんて、なんて……!)

 一体全体、この少年は澄ました顔してどういう暮らしを送ってきたのだろうか。下町の、ビアンカの男友達の中で、こういう風に女の子をどぎまぎさせるような物言いをする人間はいない。皆無だ。みんながみんな、やたらとお喋りで遠慮がないか、それとも無口で無愛想か、そのどちらか。なのに――。

(まるで、ママの演じてきたって言う、オペラの登場人物みたい)

 それはさすがに言いすぎかもしれない。けれど、めくるめく恋物語も英雄譚も、劇的で美しくて、ビアンカには夢の世界だった。もう少し洗練されて、大人になって、カーニバルの装いみたいに紳士の服装でもしたら。

(こいつ……絶対女の子に囲まれそうな奴よね)

「ほーら、やっぱり彼氏じゃないか。照れなくたって、ちゃーんとアンジェロには秘密にしてやっからさ、ビアンカ」

「ちっ、違うってば!」

 ははは、とマウロが大声で笑う。むくれて黙ってしまうビアンカだったが、リベリオのほうはというと、まるで気にもしていない様子である。

 若い二人をからかうのはそこまでとしたのか、マウロは船頭ゴンドリエーレたる仕事を始める。マウロのお気に入りの帽子と同じ、朱色に塗られた船体を、一本の櫂のみで動かすのだ。引くのではなく、押す力で前進する。見た目よりも難しく、技術のいる仕事だった。

長い槍にも似た船首の飾り柱や、わずかに湾曲した船体の形。ゴンドラの特徴でもあるそれら全てを、物珍しげに眺めるリベリオ。ビアンカは向かい合う形で腰を下ろした。

「ちゃんと座ってなよ、若いの。冗談じゃなく、落ちたら溺れるからなあ。運河といっても海だ、底は深い」

 見るからに異国出身だとわかるリベリオに向けての、マウロの言葉。大人しく従いつつも、リベリオは驚くそぶりも見せない。

「底が深いって、知ってたのかい?」

「えっ? ああ、いやまあ――身をもってというか、何というか。それよりもさあ、さっきのどういう意味なんだ? ビアンカ」

 話をふられては無視していることもできず、仕方なく怪訝な目つきを向ける。

「歌姫、って言ってただろ?」

 マウロだけが知る戯れの呼び名を、彼はきっちりと聞き取り、かつ記憶していたらしい。さっさと忘れてくれればいいのに、と内心舌打ちするビアンカをよそに、マウロのほうが嬉しそうに笑った。

「やっぱり彼氏にも話してねえのか、もったいない。えーっとリベリオだっけ? この子はなあ、そりゃもうすばらしい歌をうたえる天性の――」

「マウロおじさん!」

 抗議するも時既に遅し。「未来の歌姫なんだよ!」とマウロは誇らしげに言い切ってしまう。リベリオの金砂色の双眸が、興味をひかれたように瞬いた。

 ビアンカは頭を抱えたい思いで、狭い運河ですれ違い続ける他のゴンドラと、乗り込んだ客たちを見やった。幸い、誰も耳に留めたものはいないようではある。けれど、

「それは誰にも話しちゃだめって言ったじゃない! もう、男のお喋りなんて最低よ、マウロおじさんっ」

 太陽はそろそろいつもの輝きを発し始め、海に照り映える。行きかう数十、いや、ヴァレリア海周辺で数百にも及ぶだろうゴンドラ全てを今日も祝福してくれている。なのに、ビアンカの顔だけは不機嫌極まりなかった。

「未来の、ってことは見習いか何かか?」

「た、ただ好きで歌ってるだけよっ。それだけ! もういいでしょう?」

 まだ食いついてくるリベリオを睨みつけ、話を終わらせようとする。ビアンカの懸命の努力空しく、自分のことのように顔を綻ばせたマウロが代わりに返事をした。

「見習いも何も、今すぐ舞台にだって立てるぐらいさ! それは魅惑的な歌声で――」

「おじさ……」

「そんなにすごいんなら、ぜひ聞かせてほしいなあ」

「はあっ!?」

 リベリオはにやにやと、向かい側で腕組みをしてビアンカの反応を待っている。嫌味かと思えば本気らしく、マウロと顔を見合わせて頷きあう始末だ。

「な、なんであなたなんかに――」

「彼氏、だろ?」

 目を剥くが、なんと調子に乗ったリベリオはいきなり顔を近づけ、耳元で囁いてくる。

「じゃあキスするぞ」

「なっ……」

 二度目の絶句状態に陥った、真っ赤なビアンカの顔。宣言通り、距離をつめようとまでする信じられない少年に、ビアンカは言葉を見つけられない。

「キスするか、歌うか、どっちがいい?」

 目の前で見つめられ、今更ながら彼の造作が少々――どころか、結構整っていることに気づいてしまった。ぶんぶんと思いっきり首を横に振る。

「う、歌う!」

 しまった、と顔色を変えると、リベリオはくっと笑った。「いい子だ」なんて、頭までポンと軽く叩かれる。

(こ、こいつ……!)

 形容する文句も、罵倒する言葉も、何も思いつかなかった。目の前で微笑むのは同年代の少年でしかないはずなのに、なぜか余裕たっぷりの態度は年上の男性をも彷彿とさせるのだ。

「ママに言いつけてやるっ! そ、そしたらもうアンタなんか追い出されて……」

「あっそ? じゃあ俺もみんなに話してやろーっと。なあ? 歌姫ちゃん」

 ぶるぶると膝の上で震わせた拳を、よっぽど顔面にお見舞いしてやろうかと思った。すんでのところでやめたのは、狭い水路から幅の広い海へと出たからだった。

 ここからは、船頭それぞれの好みの色で染めたゴンドラの数々は違う経路を取り、互いに距離もあるため誰に気を使う必要もない。昔、カルロッタと同じ舞台に立ち、歌っていたマウロ。小さな頃から、唯一彼にだけは披露できた。本当は大好きでたまらない、ビアンカの宝物――心からの歌を。

 そこまで考えてから、今朝も聞いた言葉を思い出す。自然、ビアンカはしゅんとうなだれてしまった。

「……美しくないんだもの」

 突然小さく呟いたビアンカの声に、リベリオが首を傾げる。ここまでばれてしまえば、話さざるを得なくなった。

「あ、あたしの歌声、美しくないの」

「美しくないって……下手ってこと?」

 リベリオの問いかけに、マウロが「いんや、とびっきり上手さあ!」とまた訂正を入れる。少し頬を染め、ビアンカは俯いた。

「歌の技術もそうだけど……声が違うのよ」

「違うって何だよ? あーもう、焦らさないで歌ってくれよ。ほら、絶好の歌日和だぜ?」

 なんだかわからない、という風に頭を掻いて、リベリオは晴れ渡った空と青い大海原を両手で指し示した。確かに、気持ちのいい快晴。年中温暖な気候のこの地方で生まれ育った人間でも、こんな日はわくわくしてくる。そう、胸の内から、

(歌が、あふれてくるくらいに……)

 本当は、さっきから歌いたくて歌いたくてたまらなかったのだ。いつだって、ビアンカが心置きなく歌えるのは、この広い海の上でしかないのだから。

「……わかったわよ。後で文句言ったって、知らないんだからね」

 気恥ずかしいのを仏頂面でごまかして、ビアンカはすっくと立ち上がった。歌うには、やはり体の奥から声がまっすぐ出て行くようにしてやらなくてはいけないのだ。すう、と息を吸い込んだビアンカが出した最初の一音で、リベリオは瞳を見開いた。


 リベリオがやってきてから、三日目。初日の無銭飲食分はとうに返し終わっても、まだ彼は住み込みの下働きとして滞在していた。客たちも、明るくよく働く彼を気に入り、カルロッタとアンジェロも助かるからいつまでもいろ、なんて笑うのだ。

 しかし、この展開に文句を唱えたい人物が一人だけいた。もちろん、ビアンカである。

(だ、だから何で隣の部屋なのよ?)

 朝一番、うっかり寝間着のままで洗面所へ行こうとして顔を合わせてしまった。その教訓から、今朝はちゃんと身支度は整えてある。長い黒髪は後ろで編みこみにし、背中の開いていない地味めの服を着て。最後までどうしようか迷った挙句に、逆に意識しているようでおかしいから、と付けたお気に入りの白いリボンを褒められて、また赤面してしまう。

「なんでそう照れるかなあ? 可愛いから可愛いよって言ってるだけじゃん。それが悪いことか?」

 あっさり言い放ってくれるリベリオを、恨みがましく睨みつける。

「……そういう言葉は、本当に好きな子だけにとっておくものなの!」

 無愛想にそっぽを向くのは、ドキッとしてしまったことを隠すためだ。けれど、そんなビアンカの動揺も見抜いているらしい彼は、それすら楽しむように片目を閉じてみせる。

「俺、好きだけど? ビアンカのこと」

「……っ!」

 もはや何度目かわからない絶句、である。これだからこの少年は苦手なのだ。すぐに赤くなってしまう頬も、合わせられない瞳も、正直すぎてごまかせないビアンカには天敵と言えるかもしれない。

「今日も行くだろ? 買い物。えっと、昨日のアレ、また聞かせてくれよ。歌詞はまだよくわかんないけどさ、スッゲー気に入っちゃって。ビアンカの声質にぴったりだったし」

(苦手――なのに、嫌いになれないから困るのよ)

 大人顔負けの妙な色気で翻弄してみせるかと思えば、こうして無邪気に褒めて、せがんでくれる。自分の歌の、マウロ以外の聞き手として。

『めちゃくちゃいい声じゃん! お前』

 あの日、半ば自棄で披露した歌。子供の頃から気にしていて、それでも出さずにはいられなかった自分の歌声を、好きだと言ってくれたのだ。有名な歌姫であったカルロッタと違い、ソプラノでもメゾソプラノでもない、低音の声。よく言えば中性的、悪く言えばとても歌姫にはなれない声質にもかかわらず。

「――早くしないと、ママに怒られるから」

 ぶっきらぼうにそれだけ返して、階段を下りていく。ビアンカの頬が染まっていることも、瞳は抑えきれない輝きを宿していることも、知っているのかいないのか。

 リベリオは笑って、ただ後を付いてくるのだった。


 野菜市と魚介市、それから最後に生花市を回って店へ戻るいつものコース。運河を利用し、海側から近道をする。届けてもらうよりも早いからと、馴染みのマウロに頼んでビアンカの役目となっていた日々の手伝いは、すっかりリベリオと二人のものに変わっていた。

 既にいい年のマウロに荷物持ちをしてもらわずにも済み、正直助かってはいる。といっても、同じく日課となってしまったこと――海上での歌練習によって、ビアンカの心は複雑だった。突然の生活の変化に、まだ付いて行けていないのかもしれない。それでも、リベリオを前に立ち上がったビアンカの瞳には、確かな輝きが宿っていた。

「じゃあ、ナビガンド・アラ・リベルタ――歌います」

 自由への船出。古いヴァレリア語でそう名付けられたこの歌は、昔から船頭たちが歌ってきたものだ。

 生まれ育った村を出て、大きな街へ。期待に胸を膨らませ、旅立ちを祝う。そんな若者の心情と、それを見送る者たちの祝福。ソプラノ歌手たちがよく歌うような、ロマンティックな恋の歌でもなく、盛り上がりのあるわけでもない穏やかな歌詞とメロディー。

 それでもビアンカ自身、好んで歌ってきた曲を、リベリオも気に入ったらしい。

 伸びやかに、朗々と。海を渡る風に乗せて、自分の想いを世界中に届ける。そんな気持ちで、最後まで丁寧に、そして楽しく。歌ううちに笑顔があふれ、両腕は広がり、風と海に自分が溶けていくような心地よさを感じていた。

「ブラヴァー! って言うんだろ?」

 拍手しながら、おどけた調子でリベリオは付け加える。段々と、彼の前で歌うことにも慣れていた。

「よく知ってるわね、あいかわらず」

 一応、しっかりとお辞儀した後、ビアンカも答える。旅のおかげか、この少年がやたらと博識であることはもうわかっていたからだ。褒め称えるかけ声一つをとっても、きちんと女性に対する単語まで使うほどに。

「いやー本当に最高! なんで皆の前で歌わないんだよ? 声が低くたって何だって、こんなに歌えるんだからもったいないって」

「だって……美しくないんだもの」

 またそれか、とリベリオは天を仰いでため息をつく。芝居がかった仕草が、それでも彼によく似合った。

「耳が肥えすぎてるのさ、ビアンカは。なんたって、腹ん中にいる頃から最高の歌を聴いてきたわけだからなあ」

 マウロの返答通り、母カルロッタは臨月まで舞台に立っていたらしい。それほどに歌が好きで、美しいソプラノ歌手だった彼女が下町のトラットリアの女将になってしまったことは、ランツァ国中の衝撃であったとか、そうでないとか。少なくとも、マウロや客たちから聞く話を、娘のビアンカは信じている。ちなみに、自分の声が母のものほど『美しく』ないということまでも頑固に。

「だからー、別に声質の違いってだけでそれが美しくないとか……」

 今日も大量に仕入れた野菜や魚の荷に挟まれ、腰を下ろしていたリベリオが立ち上がろうとした、その時だった。

 同じゴンドラでも客室付きの、立派な船体をした高級船。揃いの黒で塗られた一つが、こちらに近づいてきたのである。

船頭ゴンドリエーレマウロ、また会ったね」

 口ひげをたくわえた男が、嫌みったらしく片手を上げてみせた。マウロのほうは、露骨に不機嫌な顔をする。

「こりゃ警備隊の旦那、今日もお元気そうで何よりですな」

 ちっともそう思っていない表情で言われても、男――ランツァ国営警備隊員は、頷くだけだ。早く本題に入りたいのはどちらも同じことらしい。

「先月から告知してあると思ったが……まだこのままとは。もしかして、染料を買う余裕もないのかね?」

「まあ、そんなとこでさあ」

「ふん。のらりくらりと交わしても、来月のカーニバル・グランデ前には一斉に塗り替えるはめになるんだ。だったら罰金の発生しないうちに、早くやっちまったほうがいいと思うがねえ……何せ、我らがランツァ国主直々の命だ。あの方は、美しいものを好まれるから」

 警棒でコツンと朱色の船体を叩かれ、マウロは眉をつりあげる。何か言おうとして咳き込んだ彼の代わりに、リベリオが手をひらひらと振った。

「用件が済んだなら、とっとと行った行った! 通行の邪魔だよ、お客さん」

 確かに停船している彼らのせいで、多少海上の行き来に不便ではある。同じく色とりどりに塗られたゴンドラの数々が遠目に見ているのを知り、男はムッとした顔をした。

「何だお前は。見ない顔だが……外国人か」

「まあ、そんなとこでさあ」

 先ほどのマウロの答えをそっくりそのまま真似てみせたリベリオに、思わずビアンカまでも吹き出しそうになった。睨まれても良いことなどないのに、警備隊が怖くもないらしい。そんなリベリオを舐めるようにねめつけ、男は自分の顎をさする。

「出身は? ランツァで何をしている?」

「彼はうちの店の下働きよ。変な目で見ないで!」

 あまりにも露骨な、まるで取り調べでもしているかのような聞き方に腹を立てたのは、ビアンカのほうだった。自分でも意外なほど強い調子で言ってから、足がすくむ。

「そう、下働き――兼、この美しい看板娘ビアンカ嬢の、彼氏ってとこかな」

 さりげなく前に立ち、かばってくれたリベリオがそう答える。少年とは思えない鮮やかな動作と気遣いに、胸がドキンと音を立てた。

「そうかそうか、ビアンカ嬢の彼氏か……それはめでたい。で、時にキミ、最近ランツァ――いや、西大陸からこの南大陸へとやってきたという大泥棒の話を知らんかね?」

「大泥棒?」

 眉を寄せ、聞き返すリベリオ。ビアンカは知らず、彼の服の裾を握り締めていた。なぜだか、緊迫した空気が流れているような気がしたからだ。

「ああ、確か――泥棒伯爵とか呼ばれている宝石専門の泥棒、でしたっけ?」

 マウロの足元に置かれていた新聞。リベリオが拾い上げたその一面には、数日前に貴族の館で高価な宝石を盗んで以来、未だ逃亡中だという見出しが躍っていた。

「ああ、そうそう。誰かが気取った名前なんて付けるからつけあがって、単なる盗人のくせに調子に乗っているけしからん輩のことだがね」

「そうだ、思い出した。あまりにも容姿端麗すぎて、顔を見せたら淑女の方々を失神させてしまうのが忍びなく、仮面を被っている――という噂は本当ですか?」

 バウタ。単語と共に浮かぶ記憶が、ビアンカの心に不穏な影をちらつかせる。

 リベリオの問いかけを、男は鼻で笑った。

「どうだかねえ。あまりに醜悪な顔を見せるに忍びなく、仮面を被っているという説もあるらしいが」

「へえ、どっちなんでしょうねえ」

 そこで、空々しい笑いを交わす男とリベリオ。マウロに用事であったはずが、どうしてか話題がすっかり変わってしまっている。

「もしかして、俺のこと疑ってます? まさか、西大陸風の容貌だってだけの理由で?」

「そんなわけはないさ。だってキミは見ての通りまだ少年で、あの盗人はどう見たって二十歳は過ぎた青年の体をしていたからね」

「へえ、実際に対峙されたわけですか。それはすごい」

「ま、国営警備隊に属している私からしたら、それほどすごい事件でもないがね」

「体格まで見えるほど近くにいて、みすみす逃がしちゃったわけですね。それは本当にすごく、残念な話だ」

「な……っ」

 平然と、しかも笑顔で当てこすりを言ってのける。リベリオの鮮やかな腕並みに、マウロまでも楽しげに笑い声を上げた。

「とっ、とにかく船体は早く黒に塗りなおすように! わかっただろうね、マウロ」

 泥棒の話からまた無理やり戻して、男は部下に出発の合図をする。また他の船に忠告しに行くのだろうか。それとも泥棒の捜索へ向かうのだろうか。どちらにしても、今この場での軍配は、随分と年の差のあるリベリオに上がったことは確かだった。

「ごきげんよう、ダンテ隊長殿」

 優雅に口元へ手を当て、キスを送る真似までしてみせる。リベリオの挨拶に、男――ダンテは小さな一重瞼の目を見開き、マウロはただ眉を上げた。彼らそれぞれの驚きを、ビアンカがおずおずと言葉にする。

「どうしてあの人が隊長って……しかも名前まで知ってるの?」

「さっき部下がそう呼んでるの聞こえたんだ。それだけ」

 肩をすくめて笑うリベリオに頷きながらも、ビアンカは記憶を探っていた。思い起こす限り、今ダンテが近づいてきてから、帰るまでの間、部下は声すら発しなかったはずで。それ以外で、どこでそんな機会があったというのだろうか。

(まさか、ね……)

 そう、まさかでしかない。それでも芽生えた小さな疑念は、ビアンカの胸に黒雲となって広がっていった。


 夜、自室の寝台で、ビアンカは何度目かの寝返りを打っていた。

 食材を仕入れてからも、野菜の皮むきや下ごしらえ、もちろん料理運びから会計まで。平常通りの仕事をこなした体は疲れ果てている。眠りたいのに、なぜか眠れないのだ。

 昼間目にした、妙なやりとり。ダンテ隊長とリベリオの意味ありげな会話が耳に残り、消えてくれなかった。彼はどこから来たのか、何をしようとしているのか。そして、一体何者なのか――。

「何者、だなんて……これじゃあたしまで、あの隊長みたいになっちゃう」

 大きく息を吐き、暗い天井を見上げて伸びをする。

 あの時、まるで犯罪者にでも対するような態度だったダンテ。それが嫌で、加勢した形になった自分までもが疑ってしまうのは、リベリオへの裏切りではないか。

(裏切り、っていっても、そもそも裏切れるほど知らないじゃない)

 彼の素性も、何もかも。知りたいのに、全くわからないのだから。

「し、知りたくなんかないわよっ」

 たった今自分が考えた思考にあせって、ビアンカは枕に頭を埋める。夜も蒸し暑さの引かない気候になってきたから、寝間着には短いサン・ドレスを選んだ。むきだしの肩も腕も、背中も寒くなんてないはずなのに、ビアンカは自分の体を守るように両腕を回した。

(あたし――変だ)

 まだ出会ってから数日しか経っていない、旅の少年。おそらくは気まぐれか、単なる必要性からここで下働きなんてしているけれど。どれだけ滞在するつもりなのかもわからない相手なのだ。

(そうよ、アイツは……そのうちここを出て行くんだから。いなくなる奴なんだから)

 そんな人間のことを、こんなにもずっと気にしてしまうなんておかしい。いつもの自分じゃない。それがわかっていてもなお、頭の中には一つの可能性が閃いては消え、また蘇る。

 白い仮面を懐に隠していたリベリオ。あれは、何のためのものなのだろう?

 旅人だから、きっと土産のつもりで買ったのだろう。なんて思おうとするのに、結局最後は考えてしまう。

「まさか、ね」

 さすがにバカらしすぎて、直接問いつめる気にもならない。

(あなたが、泥棒伯爵なの……? なんて)

 そんな名を付けられた彼が新聞の紙面を騒がせ始めたのは、数年ほど前からだっただろうか。歴史上、似たような話は数多く存在するらしい。数年、時に数十年を置いてまた復活する鮮やかな腕並みの大泥棒。そのどれもが異なる人物の手によるものとしても――不思議な共通項と謎めいたやり口、また決して捕まらないところから、いつしか不死身の伯爵、とも呼ばれているという。店の常連客たちのそういった噂話をビアンカも耳にしてきた。あくまで自分とは関係のない話、そう思っていたのに。

「だから何考えてるのよあたしは! もう、寝よ寝よっ」

 今度は枕に突っ伏して、本当に眠ってしまおうとした。その瞬間、かすかな音が聞こえたのだ。呻くような、喘ぐような――どこか苦しげな声は、壁の向こう側から小さくもれてくる。

「リベリオ……?」

 とっくに誰もが寝静まっている時間である。躊躇したものの、声とは別にカタン、と何かが床に落ちるような音まで届いてきて、ビアンカは起き上がっていた。

 そっと扉を開け、自室を出る。すぐ隣にあるリベリオの部屋の前で立ち止まり、扉を叩こうとして迷った。

「やめてくれ……俺、じゃない。もう、嫌なんだ……っ」

 うなされているのか、一際大きくなった声が聞こえたのをきっかけに、扉を開いた。

 部屋に入った途端、ビアンカは息を呑んだ。両手を口にあてても、驚愕の声がもれそうになる。

「な、何なの……っ!?」

 部屋の中央、ちょうど真ん中に見えたのは、白い仮面だった。あの時、リベリオが落としたものと同じカーニバル用の美しいそれが、床からゆっくりと浮かび上がって。寝ている彼の体へ、顔面に吸い寄せられるように覆いかぶさろうとしている。

「――だめっ!」

 なぜか、ものすごく嫌な感じがして、振り払っていた。仮面は力なく床に落ち、月光を反射して妖しく光っていたことなど嘘のように、静まり返る。

「幻覚、じゃないわよね……」

 まだドキドキしている心臓を押さえ、呟いた。瞬間、今まで苦しげにうなされていたはずのリベリオが、ぱっと目を開く。

「ビアンカ……!」

 すぐ近くで、信じられないように瞬いた金砂の瞳。寝乱れた金色の髪を片手でかきあげて、こちらを見上げる。いつもよりひどく頼りなく、切羽詰った表情に言葉を失ったのも束の間、ビアンカはいきなり強い腕に引き寄せられていた。

「リ……ッ」

 名前を呼ぶ暇もなく、思いきり抱きしめられる。ほどいてある背中までの髪に指を入れ、頭に唇を付けられて。どちらも露出度の高い寝間着一枚しか身に付けていない状態で、触れ合う肌と肌の感触やかすかな香りと熱。

 何もかもが初めての経験で、心臓が跳ね上がるような気がした。けれど――、

「リベリオ? あなた……」

 泣いてるの? そう聞こうとして、やめてしまった。いや、聞かなくても震える胸と呼吸の音でわかったのだ。

 大丈夫だから、と。ただ伝えたくて、ビアンカはそっと彼の背に手をまわした。こわごわと、それでも届けたい温もりを分け与えるつもりだった。

 気づけば、静かに歌い出していた。自分も彼も好きな、あの歌を。

 自由と希望。青い空と白い雲。そして大海原を思い浮かべながら、ビアンカは囁くように歌い続ける。トントンと、まるで幼子をなだめるようにその背を叩いて。

 リベリオは何も言わず、いつものように茶化すことも褒め称えることもせず、ただじっと聞いていた。

(――助けたい)

 ふいに、わきあがった思いは、ずっと停滞していた黒雲よりも大きく、強くなっていく。

 何も知らない、何もわからない。そんな相手の、力になりたいだなんて。今までに考えたことも、抱いたこともない感情がビアンカを押し流し、膨れ上がる。くらくらと眩暈がするほど、その熱に支配されていく自分をどうすることもできない。

「……リベリオ」

 彼の名前こそが、ヴァレリア語で名付けられたあの歌の題名なのだと思い出した。けれどすぐに、言葉も思考も、夜の闇に飲み込まれていく。温かい抱擁と心地の良い空気が、いつしかビアンカの瞼を下ろしていた。


「おお、我が愛しの娘ビアンカ! あなたにもついにこんな日がやってきたのねっ!」

 甲高い声に続き、んんー、と熱烈なキスを両頬に落とされて、ビアンカは何が何だかわからないまま飛び起きた。部屋は既に明るい日差しで満たされていて、反射的に目を瞑る。ふと隣で誰かが身じろぎした気配がして、そうっと目を開けると――。

「……おはよ、ビアンカ」

 今、目覚めたばかりらしいリベリオがまぶしげに目を細め、こちらを見ての一言。

優しい眼差し、優しい囁き声。それはまるで、一夜を過ごした恋人への挨拶みたいだった。

「……っ!?」

 久々の絶句。しかしそれすら許してくれなかったのは、寝台で起き上がった二人をそばで見つめ、感激に頬を紅潮させていた母カルロッタ、ではなく。

「――お前たち、一体そこで何をやっているんだい……?」

 静かに問いを発した、隣の父アンジェロだった。

「ち、違うのパパ! これはあの、誤解で……っ」

 常に穏やかさを崩さない父親が本当に怒ったらどれほど怖いか、よくわかっているから事実を説明しようとした。が、果たして昨夜の出来事が実際に起こったことだったのか、それとも夢か幻覚だったのか。明るくなってしまった今では、自信もなくなってくる。

 ビアンカとリベリオがそれぞれ口を開こうとしたのと、階下で店の扉が開く音がしたのは同時だった。遅れて、ドカドカと大勢の革靴の音が階段を上がってくる。

「全員、神妙にしろっ! 動いた者は逃亡を企てたと見なしてひったてる!」

 ひげのある口元から横暴な叫びを発したのは、なんとダンテ隊長だった。言葉通り、大柄な警備隊員が数名駆け込み、腰の剣まで抜こうとする。

 そんな突然の命令に静かな声で逆らったのは、今の今までビアンカに説教をしようとしていたアンジェロだった。

「どういうことでしょうか? ダンテ隊長。ここには我が家の家族と信頼できる者しかいない。それをいきなり神妙だの逃亡だの、物騒なことを――」

「そうよ! あんたたち、このカルロッタ様の前で暴れたりしようもんなら、二度とアズーロを歩けないようにしてやってもいいんだからね」

 未だに熱心な信望者を持ち、更にはトラットリアの名物女将としての人脈もある。カルロッタの強気な言葉には、十分な根拠と度胸が備わっていた。それをそばで助けるのは、いざという時には頼もしい夫の存在である。

 ほっとしかけたビアンカだったが、肝心のダンテのほうはニタリと笑ってみせたのだ。

「これは失礼、ついついいつものくせでしてね」などと前置きして、咳払いをする。それからゆっくりと目線を動かし、見据えたのはもちろん、

「リベリオ……!」

 不安げに呼んだビアンカの声が、皮肉にも合図となった。

「そいつを連れて行け! 今すぐだ!」

 ダンテに命じられた部下たちは、屈強な体つきを生かしてリベリオを捕らえる。止めようとしたビアンカを、アンジェロが引き戻した。

「パパ……!」

 すがるような思いで見上げた先で、アンジェロがしっかりと頷く。決して、彼を見捨てたわけではなかったのだ。

「彼はうちの下働きですよ? 一体どうして、そんな罪人みたいな扱いを……」

「ああ、これはまた失礼。我々も仕事ですから、致し方ない訳でして」

 混乱するビアンカたち家族に慇懃無礼な愛想笑いを浮かべて、ダンテは続けた。

「我らがランツァの元首ドージェの勅命で、彼はランツァ宮へ連れて行きます。彼だけじゃない。最近入国した西大陸出身者はもれなく招けとの仰せなんですよ」

「招く……?」

「そう、宮廷主催の大祝祭。カーニバル・グランデにね」

 言うや否や、得意げに笑い声を上げる。ダンテと部下に引き立てられ、連行されていくリベリオ。金の髪が太陽に照らされ、今までで一番綺麗に輝くのを、ビアンカは見ていることしかできなかった。

        *

 ヴァレリア海の最深部、ランツァ湾にできたラグーナ。大きく跳ねた魚のような形をした島に築かれた国を、そのまま湾の名を取ってランツァという。

 古代ヴァレリア語で「海の女王」を意味する名前の通り、現在国を治めるのは誇り高き女王、否、女性元首である。 

 彼女の髪と瞳は、生粋のランツァ人であることを示す黒。しかし、大きな瞳と同じ美しく艶やかな色をした髪の先は、耳までも出した短い形に切られている。

代々男性のものとされてきた元首職に適するためか、それとも彼らには負けぬ威厳と矜持を見せ付けるためか。おそらくどちらもであろう、と実しやかに噂されていた。

「元首・レオノーラ、カーニバルの準備が整いました」

 呼ばれて振り向いた彼女――レオノーラは、満足げに頷く。元首のみが座ることを許された豪華な椅子に腰掛け、白い大理石で造られた自身の執務室をぐるりと見渡す。

 ランツァ宮殿。そう呼ばれてはいるが、元首の官邸であるだけでなく、政庁、裁判所等、ここランツァの政治の中枢を担う建物である。幅広い中庭に面した、邸内でも一番立派なこの執務室は、元首・レオノーラのお気に入りの場所だった。

 数々の素晴らしい絵画や彫刻に囲まれ、自身の指に複数はめた宝石付きの指輪を眺める。

が、ほどなくして彼女の理知的な印象を与える顔が、不機嫌そうにゆがんだ。

「美しいものを手に入れること、愛でること。どちらも、神が人間に許した贅沢だ。しかし、それを堪能して良いのは、一部のふさわしい立場にある者だけ――こんな当然の決まり事を、理解していない輩が多すぎる……」

 まだ三十代にさしかかる直前の、十分にはりのある肌。化粧らしい化粧は施していない、自然な美貌を手にした女性元首。そんなレオノーラが語る美へのこだわりは、一般的な女性の持つものとは少々異なる。居並ぶ男たちを押しのけ、国を治める立場となることを可能にした、まさに彼女の彼女らしい価値観であった。

「富と権力。それこそが国を率いる者に許された、最高の美……この私の手から麗しい宝を奪おうとは、まったくもってけしからん。そんな不届き者を、絶対に逃してはならないのだ。奴を――泥棒伯爵を、このカーニバル・グランデで必ずひっとらえよ!」

 レオノーラの凛とした命に、兵たちは膝を折り、深々と叩頭する。国営警備隊に属する彼らは、次に指示されたとおりの行動に出た。招待、というのは名ばかりで、事実上の連行を受け、別室に待機させられていた数十名の外国人を中庭に集めたのだ。

 当初は百を超えていた彼らだったが、身体条件や出自、また年齢や性別等を考慮し、あきらかに当てはまらない者は釈放された。そして残ったのが、十代から三十代までの男女だった。

 二十代前半程度を思わせる、長身の青年。かろうじて衣服の袖口等から見えた肌の色は、白。それが、唯一にして重要なる目撃証言の全てである、泥棒伯爵。

しかし、仮面で素顔を隠し、マントやフードでごまかしているために正体はまるで不明。更に、性別はもちろんのこと、身長さえも何らかの手段で偽装できる可能性も消せないため、と残りは全員囚われた状態が続いていた。

 元首直々に中庭へ出て、石畳の上に並ばされた外国人――西大陸出身者を検分していく。黒髪に黒い瞳、もしくは茶色などの濃い色が生来の特徴である南大陸の人間と比べ、彼らには共通して薄い色の髪と瞳、白い肌という外見的差異があり、絞り込むのは容易だった。

「今夜、全員に仮面を着用させるというのは、本当でございますか? 元首」

 側近に尋ねられ、レオノーラは片方の眉を上げる。嬉しげにも、忌々しげにもとらえられる顔つきで、彼女は頷いた。

「しかし、それでは奴を捕らえにくくなるのでは――」

「いいや、逆だ」

「元首?」

 きっぱりと言い切るレオノーラの真意を問うように、側近はその目線の行く先を追った。兵の槍に押さえられ、不満を述べることさえもあきらめきった外国人たち。一様にうなだれ、疲れた顔をしている彼らの中で一人だけ、まっすぐに目線を受け止めた存在がいる。

 隣の女性よりもまだ背の低い、一目で十代だとわかる少年だった。

「あれは? あのような子供を、なぜ釈放しなかった」

 言葉の内容よりも厳しい色を瞳に浮かべ、レオノーラが訊ねる。警備隊の責任者に確かめた側近が恭しく運んできたのは、白い仮面だった。

「集めた者たちの中で、唯一これを所持していたそうです。調べても、大した特徴もないものではありますが……」

 彼の淡々とした報告を聞き、レオノーラは仮面を手に取る。壇上に立っていた彼女と目が合っても、くだんの少年には臆した様子も何も感じられなかった。陽光に照り映え、双眸に宿る金砂色が不敵に輝く。

「トラットリア・セレナータの下働き――西大陸出身のリベリオ、か。あやつから、特に目を離すな」

 元首職を示す白いマントを翻し、去って行く彼女の背を、少年は挑戦的に見つめていた。


 時を同じくして、下町アズーロにもこの大祝祭、カーニバル・グランデ開催の一報は駆け巡った。

 多くの飲食店でそうであるように、トラットリア・セレナータでもその話題で持ちきりになっていた。が、一つだけ他所と違うのは、たった数日とはいえ顔なじみになっていた明るい下働きの少年の安否を気遣う内容が八割を占めていたことだろうか。

 残りの二割は、看板娘のビアンカがたった今提供した話題。驚愕の決意に、店中の人間が注目する。

「ビアンカが、カーニバル・グランデに……? そりゃまた、一体どうしてそんな無茶を」

「そうだよビアンカ、今回の祝祭がただの祝い事じゃないことくらい、わかってるだろう?」

 常連客たちの心配そうな顔を見ても、ビアンカの固い決心は変わらなかった。母親譲りの大きな黒い瞳と、波打つ豊かな髪。ただその表情にだけいつも浮かんでいた、少女らしいはにかみや自信のなさは、今この瞬間にだけは消えていた。

 咲き始めた瑞々しい花。そんな形容が似合う、十六歳の愛らしい顔を引き締め、ビアンカはしっかりと首を縦に振ったのである。

「あたしは本気よ。もう、決めたの」

 ランツァの有名な祭り、春を告げるカーニバル。季節の風物詩となった長年の行事とは別に、ランツァ元首の即位ごとに開かれるカーニバル・グランデ。この大祝祭が持つ役割と意味は、表向きはランツァの発展を祈願するものとされている。が、実際は元首個人の権力を誇示するものと名目は決まっていて――。

「ビアンカ……ついにこの日が来たんだね」

 歩み寄り、しっかりと肩に両手を置いて、カルロッタは答えた。その目に他の皆のような驚愕の色がないことに、ビアンカのほうが戸惑う。

「ママ……驚かない、の?」

「ふふん、そりゃね。愛娘のことなら、なんだってわかるさ。アンタがもうずっと前から、あたしと同じ道を歩み始めていたことはさ」

 低く深い、女将としての立派な声音。けれど現役と変わらない、高く澄んだ歌をうたえるカルロッタの声。歌姫と呼び称された、尊敬してやまない最高峰。

 感激の中、ビアンカは苦笑した。

「マウロおじさん、話したのね」

「彼はあたしの最初の信望者だもの。熱心な求婚者でもあったんだよ、知らなかっただろう?」

 そのマウロが自分に秘密なんて作れるはずがないのさ、と勝ち誇ったように笑う。昔も今も魅力的なカルロッタには勝てないと、心から思った。

 無言ながらちらりとこちらを見たアンジェロにいたずらっぽく片目を閉じてみせ、彼女は続ける。

「ま、そんな並み居る求婚者を押しのけて、うちのパパが勝ったわけなんだけど」

「あら、嘘はいけないわよ、ママ。情熱的に求婚したのは、どっちだった?」

 セレナータ――『小夜曲』という名が付けられたこのトラットリアにまつわる昔話を持ち出すと、カルロッタは悪びれずに微笑む。恋人同士の間で捧げられる、恋の歌。多くは男性から女性へ、という注釈が付くのだが、その例外となるのがビアンカの両親のなれそめだった。

 美しく、人気絶頂の歌姫だったカルロッタが、しがない船乗りのアンジェロに一目惚れ。それから何日も通いつめ、愛の歌を捧げたというのだから、人生はまるで予想できない。

 客たちの間でも酒のつまみとなるこの思い出話が、もちろん羨ましがられてのことだとビアンカも知っている。そんな恋に、憧れてきたうちの一人なのだから。

「どんなに立派な人間だって、唯一勝てないものがある。例え王様だって貴族だって、金では買えないものがある。それこそ、本物の恋だよ、ビアンカ」

 大好きな母親として、また、未だに消えない恋の炎を胸に宿らせた女の顔をして、カルロッタは艶やかな笑顔を見せる。アンジェロと視線を交わす彼女は、一瞬だけ純真な乙女のように頬を染めた。

「そんな恋に、アンタも出会ったんだね。あたしのかわいこちゃん」

 子供の頃の呼び名そのままに、いとおしげに言って、娘の頭を撫でる。言われたほうのビアンカは、一気に顔を赤くした。

「こ、恋なんか……」

「じゃあ一体全体どうして、ほとんど何も知らないリベリオのためにこんな決心をしたんだい?」

 沈黙が答えになっていることなど、当のビアンカは気づいていない。口をぱくぱくさせてから、負け惜しみのように「母さんたちだって」ともごもご呟く。

「彼がどこから来たとか何をしてたとか、まるで聞かずにそれでも信用してるじゃない。そ、それはどうしてなの?」

 話をすりかえた形になったけれど、実際気になっていたことでもあった。もちろん、自身の感情にもつながる疑問だ。

 このトラットリア・セレナータにおいては珍しく貴重な光景といえる――テーブルの上の料理がほとんど減っていない、という状況で、客たちは二人のやりとりを見守っている。どの瞳も、質問された当人であるかのように瞬き、そしてやわらかく緩んだ。

 彼らの思いを代弁したのはやはり、名物女将カルロッタだった。

「目を見ればね、本当に悪い人間かどうかなんて、すぐにわかるもんなのさ」

 それこそが、ビアンカ含めこの場の全員に共通する答えであり、理由だった。

(やっぱり、みんなちゃんと信じてくれてる)

 嬉しくなる。けれど、カルロッタの言葉通り、この返答には二通りの意味が隠れているのだ。額面のまま受け取るべきか、それともビアンカをずっと悩ませてきたもう一つの意味で考えるべきか。今は忘れて、顔を上げる。

「行っておいで、ビアンカ。ただ、無茶はするんじゃないよ? ほら、アンタ」

 厨房に引っ込もうとしていた背中を捕まえて、カルロッタは促した。渋々出てきたアンジェロは、複雑そうに視線を泳がせた後――それでもビアンカを優しく抱き寄せてくれたのだ。

「我らが歌姫に、花冠の栄光あらんことを……」

 囁き、頬にキスをくれる。そんな父を、微笑む母を、そして応援してくれる客たちみんなを見つめ、ビアンカは誓ったのだ。

 今宵、自薦他薦を問わず集められる歌い手たちと舞台上で競い、必ず一位の座を勝ち取ること。そして、ランツァ最高の歌姫に贈られる花冠と、最高級の宝石の首飾りを手に入れることを――。


 夕闇訪れる頃、初の女性元首レオノーラのためのカーニバル・グランデは始まった。

 ランツァ中を流れる大運河、カナル・グランデには大小様々なゴンドラが浮き、待機している。その色は昨日までとは異なり、全てが黒で統一されていた。祝祭にあたり、一斉に塗り替えを義務付けられたのだ。

 前々から布告されていた実施時期を早める形で、半ば強引に各船頭たちも従わされた。派手さと豪華さを競い合い始めていたゴンドラを、本来の乗り物としての働きにのみ戻そうというのが布告の内容だった。が、それだけではない主旨があることを知る者は少なくなかった。

「ダンテ隊長~、これで本当に現れるんですかね? 泥棒伯爵」

 部下に尋ねられ、ダンテと呼ばれた国営警備隊、第三隊の隊長職を務める男は振り返る。しかめ面が、彼の不機嫌さを示していた。

「そんなことわしが知るか! ただ我々は閣下のご意思に従うだけだ。ここまで大々的に煽ったんだ。あのキザでむかっ腹の立つコソドロ野郎なら、出てこないわけにいかんだろうよ」

 ぷかりぷかりと上下するゴンドラの黒を眺める時だけご満悦な表情をして、ダンテは鼻を鳴らす。この事態を招く一因ともなった泥棒が、彼はひどく気に入らないのだった。

「なーにが伯爵コンテだ。どうせそんな爵位になんて手も届かない、身分も金もない奴の仕業に決まってるんだ」

「しかし隊長、名付けたのは彼の活躍に感心した一般庶民のほうで……」

 律儀に訂正しようとした部下は頭を警棒で叩かれ、涙目で抗議する。

「何するんですかあ、隊長っ! 自分は事実を言ったまでで――」

「うるさいっ! 国営警備隊員ともあろうものが、けしからん泥棒の味方をするかっ!」

「そういうわけじゃ……」

 気弱に見えても妙なところで意見を曲げない性格であるらしい部下を睨みつけ、ダンテは口ひげを撫でる。思案に耽る時の、彼の癖だった。

「ま、わしの勘は当たっていたということかな。閣下直々のご命令でもあることだし、我々の第一目標はやはりあの小僧だ。絶対に目を離すなよ?」

 西大陸全域で見れば、百に手が届くかもしれない。それぐらい大量の宝石類を盗んでは、どこに隠したのか捕まりもしない悪党。絶対に許すわけにはいかない男を捕まえるのは、自分であるべきだと、ダンテは心の中で決意を固める。

 あの時、惜しくも目の前で取り逃がした長身の背中を思い出すたびに、ぐらぐらと沸き立つ湯のように怒りで全身が熱くなるのだ。

「けど、隊長……やはり自分にはどうも納得が行きませんねえ。あんな少年が、どうやって長身の男になれると言うんです? それこそ魔術でも使わない限り、無理というものじゃありませんか?」

 あくまで正直で率直な部下の言葉。尊敬してやまない元首の命に疑いを挟みたくはないが、最後のところで踏みとどまってしまう点でもあった。この問題が解けない限り、いや、証明できない限り、彼を捕まえることはできない。

(魔術――そんなモノ、今の世に存在するわけはないんだ)

 頭を振り、一瞬芽生えかけた疑念を押さえつける。黒一色に塗り替えることで、ゴンドラに許されかけていた個々の権力誇示を否定してみせた、レオノーラへの小さな懸念と共に。

 

 獅子を意味する名を持つ女性元首は、煌々と輝く篝火で照らされた中庭――軍隊の行進ができるほどの広さがあるそこに立ち、整列した人々を眺めていた。

 白亜のランツァ宮に囲まれる形の庭に、警備隊の兵がずらりと控えている。怪しい者はこの場に揃えてある。逃げ場など、どこにもあるはずがない。

 圧倒的な勝利への確信を胸に、レオノーラは余興を楽しむべく手を叩いて合図した。すぐさま、お付きの者が話を通し、ついに祝祭の熱気が最も高まる瞬間が訪れた。

 夕刻前から集められていた全国選りすぐりの歌い手たちが、己の美声と技術だけを武器に競い合う時が来たのである。観客となるのは、こちらも今宵の余興――憎き大泥棒である可能性を持つ、異国の人間たちだった。ゴンドラと同じく、揃いの衣装。闇に溶け込むような黒く長いフード付きのマントに、なんと白い仮面を被らせた格好で。

「あれでは誰が誰だか……余計に逃げる隙を与えるのでは?」

 まだ心配のなくならないらしい側近に問われ、レオノーラは笑みを濃くする。

「逃げはせんさ。奴が単なるコソドロではなく、本物の大泥棒だと言うのなら、な」

「では元首、やはり例のものを――?」

 頷いたレオノーラが両手を打ち鳴らして呼ぶ。と、すぐさま運ばれてきたのはきらめく輝きを宿した大粒の宝石。満足げに手に取り、眺める彼女の瞳よりも大きな蒼玉の首飾りを見た側近は、信じられないというように口を開いた。

「ヴァレリアの、涙……まさか、本物がついに?」

「ああ、ランツァ全土――いや、周辺国までも探し求めてようやく手に入れたものだ。あのコソドロが一度は手に入れたと考えたであろう宝玉の本物。これを今夜の勝者に」

「歌姫に、贈呈すると仰られるので!? しかし!」

 低く、含み笑いをしたレオノーラは「馬鹿な」と答える。

「そう見せかけるのだ。勝者は最高の歌姫としての栄誉の印、花冠を受け、この宝玉を身に付けてダンスの輪に出させる。奴ならば、必ず接触してくることだろうよ」

 周囲を兵で固め、その隙を捕らえる。わざわざ歌劇の演出のような真似までしてみせる。そんなレオノーラの本意がただ楽しむだけではないことは、側近にはわかっていた。

 彼女が決して、自分以外に美を許さぬ恐ろしさまで秘めていることも――。

 思わず身震いした彼の背後から、警備隊の兵が数名駆けてくる。

「何事だ」

 厳しい眼を向けた元首に怯えつつも、捧げられた報告、それは。

「仮面が消えた……?」

 連行した西大陸出身者の一人から押収した唯一の手がかりである。すぐさま中庭全体に並ばされている同じ仮面、同じ格好の列をレオノーラは見やった。

「大変です! 例の――目を付けていた少年が消えました。今の今まで近くで見張っていたのに……まるで闇にとけるように姿をくらませてしまったと」

 一瞬の驚愕の後、レオノーラは先ほどよりも低く、くつくつと喉の奥から暗い笑いをもらす。段々と大きくなっていく笑い声は、確信と期待に満ちたものだった。

「やはりそうか。ただものではないと思っていたが、ついに尻尾を出したな――泥棒伯爵め。絶対に逃がしはせぬぞ……!」

 憎悪と歓喜。二つの相反する感情に支配された強い双眸。それはまさしく、女獅子が獲物を狙う時のものだった。

 拍手と歓声が一際大きくなる。最初の歌い手が、中央に作られた舞台に立ったのだ。

 様々な思惑と策略に満ちた大祝祭は、こうして本当の幕を開けた。


 太古の昔、歌には不思議な力が宿っていたという。

 聞く者を魅了し、とりこにもすれば、また不幸にもすることのできるほど、神秘的な影響力を。だからこそ歌をうたう者には相当の覚悟が要り、本物と認められる歌い手は、奇跡の力を手にした覇者として崇められた。

 そんな時代の栄光は、既に忘れられて久しい。崇拝と畏怖。そんな背中合わせの感情とも縁がない、単なる娯楽と化して。

 それでも、本物の歌い手は生まれる。生まれ、その血を受け継ぎ、次の世代へとつなげていくのだ。奇跡のように美しい歌声と、それを司る澄んだ心と共に――。

(どうしてこんな昔話、今頃思い出したのかしら)

 歌い手たちに与えられた控え室で、ビアンカは我に返った。鏡台の前で、化粧を施されていたところだったのだ。

「ちょっと、終わったんならさっさとどいてよ! 次は私なんだから」

 後ろで順番を待っていた女に急かされ、あわてて後方へ戻る。大体、二十代から三十代までの間であろうか。自薦・他薦を問わず集まった歌姫たちは、宴の見世物でもあるだけに皆美しく、自身の魅力を更に目立たせようと必死だった。最年少であるビアンカのほうが、逆に戸惑ってしまうほどに。

「衣装はこちらに用意されてある中から、各自お好きなものをお選び下さいませ」

 壁際にずらっと並べられた色とりどりの衣装。どれもが趣向を凝らされ、上質の布地を使い、宝石やレースなどで飾られた豪華なものばかり。

 わっと集まり、奪いあう皆の姿にあっけにとられていたビアンカに残されたのは、一番地味な衣装だった。

 それなのに、ビアンカはほっとした気持ちで残り物を手に取ったのだ。

(なんだか、あの時を思い出すわ)

 まだたった数日前でしかない、陽光のもとでの思わぬ触れあい。大きく背中の開いた、温暖なここランツァの気候に最適なサン・ドレス。それに似た簡素な形の白い衣装には、どんな飾りもレースも付いていなかった。ただ唯一目を引くものといえば、海の白波にも似た斜めのフリルが入った裾と、体にぴったりとしたラインくらいであろうか。

 身に付けてみると、意外にしっくりと来る。自分が海の底の、人魚にでもなったかのような不思議な心地がする、やわらかな布だった。

 他の歌い手たちが必死で取り合っている首飾りも耳飾りも、腕輪も、何もない。

 頭頂部に結い上げた黒く長い髪の幾筋かが、ただうなじにそって肩まで流れ落ちているだけだ。それでもビアンカが中庭に出ると、観客――集められた外国人たちの目線が、自然と寄せられた。まだ幼いと言ってもいい顔立ちと、簡素な出で立ち。それなのに、どこか目を引く凛とした空気を持っている。そんな少女にあるのは、ただ自分の歌と心からの願いだけだった。

(リベリオ……聞いていて)

 どうして、なぜ。そんな疑問と葛藤は、もう置いてきた。ただ、自らの強い想いに従っただけだ。彼の、あの明るい声と笑顔を取り戻したい。それだけ。

「では、最後の歌い手――どうぞ舞台へ」

 呼ばれ、ビアンカは前へ出る。見回しても、同じ仮面と黒いフード付きマントの出で立ちをした観客は、誰が誰だかまるで区別がつかない。身長だけで探してみるも、リベリオを思わせる者は見当たらなかった。

 不安がひたひたと足元に忍び寄ってくる。でも、あえてビアンカはそれを無視し、舞台へ上がった。今、自分がやらなくてはいけないことに集中しようと決めたのだ。

 オペラで有名なアリア。高く美しい声を持つ女性の歌い手がうたいあげる独唱曲を、他の参加者のように歌おうと口を開く。たとえ声質が違おうと、歌は歌なのだから、と。

 小さな嘲笑が聞こえたのは、声を出そうとした瞬間だった。

「え――あの子が有名な歌姫の?」

「そうそう、前元首が開いたカーニバル・グランデで、花冠を見事勝ち取った歌姫の娘だって」

「でも……発声練習をちょっと聞いたけど、あの声じゃ、ねえ……」

 くすくすと、悪意に満ちた笑い声と囁き。ほんの小さな会話は、皆の注目を集めてしまった。

 歌い終えた他の参加者たちや、ランツァ宮の警備隊や観衆、そして仮面の観客たち。ざわつく彼らの前で、落ち着かなければと思うのに、どうしても声が出せない。幾度も泣いた。悔しさに耐えた。そんな過去を痛みと共に思い出してしまったからだった。

 あせり、震えそうになった唇を閉じる。その時、脳裏に閃く言葉があった。

『あの歌、聞かせてくれよ』

 いつもそう言って、せがんだリベリオ。とても嬉しそうに聴きながら、好きだと褒めてくれた曲。それはアリアどころかオペラの歌でもない、ただの大衆曲カンツォーネだ。それでも、あの歌に込めた想いと情熱は、他の誰にも負けないと気づいた。

「ナビガンド・アラ・リベルタ、歌います」

 決意と共に口にすると、舞台脇に並んだ女たちがより嬉しそうに蔑む声が聞こえた。まさか、あんな歌を、と。迷いを振り切るように閉じた瞼を開くと、最初の一音をゆっくり空気にのせた。

 自由。思えばそれを、ずっと夢見ていた。家の手伝いをすること。変わらない日々を送ること。そんな日常に文句があったわけではない。

 けれど、幼い頃から好きで、それ以外には望むものはないくらいに好きで。他の何にも代えられない、自分のたった一つの特技。そして、希望と夢そのもの。

(そうよ、あたしは歌うのが好きだった)

 たとえ女性の歌い手としてふさわしくない声質であっても、オペラの舞台に立つことなど許されなくても。どんな場所でもいい、歌えるのならそれで楽しかった。

(ううん、違うわ)

 本当は、あのゴンドラの上で、大海原に漕ぎ出しながら歌うのが好きだった。広大な自然に、世界に、自分も溶けていくような心地よさ。あれこそが、ビアンカの自由だった。

 誰の目も気にせず、ただ歌とだけ向かい合うことができた。

 でも……もうずっとずっと前から、自分はそれだけでは満足できなくなっていたのだ。

(聞いて――あたしの歌を!)

 自分の声を、歌を、その繰り広げる世界を。

 小さな枠にとらわれないで、何も考えず、歌に酔って。

 最高の、歌という名の奇跡を噛み締めて、味わって、一つになって――歌の力を、体中で、心いっぱいに、感じて……!

 喉の、いや、体の奥から出した声が波打ち、流れ、深く広がる海となっていく。そんな錯覚を、自分だけではなく観客皆と共有したのだとビアンカが気づいたのは、最後の一音が長く伸び、夜空の彼方まで響き渡った後だった。

 弾む息を整えたビアンカが、丁寧にお辞儀をする。落ちてきた後れ毛を耳にかけ、わずかな不安に唇を噛んだ。瞬間、

 大音響、にも思える音の波が押し返されてきたのだ。歓声と拍手、それはいつもしかめ面で立っているだけの警備隊の面々からも送られていた。

 認められたのだと、ようやく実感できていく。わきあがる喜びに胸が高鳴る。ビアンカの勝利を宣言したのは、今この場で最も高位の人物――元首・レオノーラだった。

「話し合いの場など持たずともわかるな、皆の者。今宵、最高の歌姫はここにいる、ビアンカ嬢と決定する!」

 まだ続いている拍手が鳴り止む前に、明るい太陽を思わせる黄色の花々で作られた花冠が捧げられる。頭上に与えられた栄光の印の他に、ビアンカは重く冷たい、最高の宝玉を首元にかけられた。

「栄誉に輝いた最高の歌姫に敬意を表し、我がランツァ国、最上級の蒼玉で作られた首飾り――『ヴァレリアの涙』を贈呈する。さあ、いよいよ祝祭の最後を飾る大舞踏会の開催だ。 皆、無礼講で楽しむがよい!」

 元首の宣言を受け、高らかに音楽が鳴り響いた。舞台は楽団に譲られ、歌い手たちは待ち受ける仮面の観客たちの前へ。最後に進み出るのは、類稀なる輝きを放つ首飾りを身に付けた最高の歌姫――ビアンカだ。

 嫉妬を隠さず、睨みつけてくる歌い手たち。が、そんな列の最後尾で、ビアンカの瞳が追うのはその誰でもない。数節ずつ踊っては順に交代する相手を、一人一人見つめ続ける。

 元首の指示通りなのか、皆が白い手袋をして、手が直接触れ合うこともない。それでも、ビアンカは探し当てたのだ。

 篝火に照らされ、金色にきらめく双眸。無表情な仮面の奥から、唯一覗いたその色彩を。

「踊っていただけますか? お嬢さん(シニョリーナ)」

 記憶にあるものよりも、深く滑らかな低音。そして、頭一つ分は高い身長としっかりした体格。焦がれていた少年のものとはまるで違うはずなのに、なぜかビアンカは頷き、差し出された手を取っていたのだった。

 夜空に顔を出した丸い月。冷たいようで優しい光が、彼の優雅な所作を更に美しく見せる。ふわり、と静かな風が吹き、被っていた黒のフードをずらした。

 あらわになったのは、月光に照り映える金の長髪。気取ったように白いリボンで束ねられているものの、肩や背中で揺れるそれは、懐かしい金砂の色をしていた。

(本当に、リベリオ、なの……?)

 食い入るようなビアンカの眼差しを、彼は瞳を細めて受け止めた。

「美しい貴女、美しい歌。全てはこの美しい夜にふさわしい。貴女と出会えた奇跡に、感謝したい思いですよ」

 歌劇の恋歌にも似た、ロマンティックな台詞。それはビアンカに語られていると同時に、何か他のものを指した言葉に思えた。そう、例えばこの胸で揺れる――大粒の宝玉を。

(やはり、この蒼玉を狙っているのね……!)

 どれほどの価値があるものかもわからないほど、立派すぎる戦利品。決して宴の余興程度で与えられていいものではないし、元首がこれほど簡単に手放すとは考えられない。

 つまり、全ては彼を捕らえるための罠なのだ。そして、どれほど見え透いた、不利な状況であろうと、目の前にある獲物をあきらめることを、彼はしないに違いない。泥棒伯爵ともあろう者が!

 けれど、この蒼玉をみすみす奪われ、彼を捕らえさせるために歌姫の栄誉を勝ち取ったわけではないのだ。歌で初めて認められたことは手放しで嬉しかったけれど、それよりも大事なことが今はある。大事に、なってしまったことが――。

「私も貴方と出会えたことに感謝するわ、泥棒伯爵」

 わざと気取って、答えを返す。挑戦的に見えるほど、力強く返されたビアンカの視線に、彼はわずかに驚いたようだった。それでもすぐに余裕を取り戻し、微笑む。

 仮面に隠れて見えないはずの口元が、確かに笑みを刻んだのがわかった。

「わかっているでしょう? 警備隊が取り囲んでいること。無事にこの首飾りを盗んだとして、どうやって逃げおおせるつもりなの?」

 ダンスを続けながら、囁くように訊ねる。まるで、恋人同士が睦言でも交し合うように。だが、もちろん二人はそんな甘い関係ではなかった。

(そうよ、彼は泥棒で……あたしはただの、獲物でしかない)

 いや、むしろその付属品、とでも言える程度か。自分を見とめても何の反応も示さない彼が、助けに来たリベリオなのかどうなのか。それさえも自信がなくなるほどに、彼は感情を見せなかった。

白い仮面だけが、月明かりに妖しく無言を保つ。刹那、胸に蘇るのは悲しい夜の記憶。目の前の彼が、あの時のリベリオと重なって見えた。自分の予感と心の声に、ビアンカは従った。

「ねえ、お願い――もうやめて」

 ついに口にしたのは、切なる願い。

「こんなこと、続けて何になるの? 十分に、あなたは宝石を集めたはずよ。今度こそ、捕まったら本当に殺される。だから、もうあきらめて……」

 そして、逃げて――と、彼の無事を祈る言葉を耳元に届けたビアンカの瞳は、夜の運河のように揺れていた。これを言うために、そのためだけに決死の覚悟でこの場に臨んだのだ。それなのに、ひどく胸が痛かった。

 しばしの沈黙の後、彼は向かい合うビアンカの肩を、優しく支えた。

「ご忠告感謝いたしますよ、優しいお嬢さん。ですが、ついに見つけた本物を前に、みすみす逃げ出すわけにはいかない。大丈夫ですよ。ヴァレリアの涙――それが石だけを指しての呼び名でないことまで、かの雌獅子には知り得なかったようだ」

 くっと喉の奥で笑う。確かに伝わる喜びの感情に、ビアンカは目を瞠る。言葉の内容を考えるより先に強く手首を引かれ、マントの中に包み込まれた。

「……っ!」

 悲鳴を上げようとする口を、手袋をした大きな手が押さえる。

「付属品? いいえ、とんでもない。最高の歌姫である貴女と共にあってこそ、この宝玉が本来の役目を果たせるのだから」

 たった今、ビアンカが考えたこと。まさにその単語で言い表し、皮肉にも彼は否定してみせた。彼女の驚愕も困惑も、全てをマントの中に覆い隠して。

「ごきげんよう、元首レオノーラ。最高のお膳立て、有難くお受けしますよ」

 にやりと、仮面の内側で微笑んだ気配があってから、彼はビアンカごと踵を返した。

 不敵に過ぎる挨拶を聞き取ったレオノーラが激昂し、壇上から駆け下りてくる。彼女の命に従った警備隊が、靴音も高々と押し寄せてくる。一斉に取られた観客たちの仮面は石畳に落ち、ついに本物だけが残される。

 四方から取り囲まれそうになって、絶体絶命だと思った、その時だった。

 突如荒々しく吹き荒れた風が、篝火を消してしまう。月が雲に隠れ、辺りは闇に包まれて。皆があわてて足を止め、灯りを探し、再び視界を取り戻した頃、

「元首っ! 奴らが、泥棒伯爵がいません! 歌姫も連れて、逃亡した模様で――」

「……捕らえろ! 何が何でも探し出し、再びこの私の前に引きずり出すのだ! あのふざけたコソドロの首を、私の手で切り落としてやるっ!!」

 吹き荒れた風の名残でか、ひらひらと飛ばされてきた一枚の紙。見事に足元へ落ちたその紙片を拾ったレオノーラが、みるみる顔を赤らめ憤怒の表情を浮かべる。

 ――この世の最高の美、確かに頂戴いたしました。泥棒伯爵

 上品な文字でそう書かれた手紙は、見る影もなく粉々に契られ、風に舞い上がった。


 時間と距離の感覚自体が、ゆがめられたような気がした。確かに手首をつかまれたまま、かなりの道を駆けてきたような記憶はあるのに、体はふわふわと宙に浮いているようで、疲労も感じないのだ。

 目の前を行く男の、長身の背中。それは時折小さくなり、まだ成長途中の少年のものと重なる。瞬き一つするとまた元に戻るのに、気づけばまた幻覚のように二重に見えている。

(待って……待って、リベリオ!)

 呼んだ声が届いたかのように、彼の足は止まった。振り向くと同時に、黒いマントが翻る。いつのまにか月は遠く薄くなっていて、闇は靄のように消え行こうとしていた。

 夜明けがやってきたのだ。視界が利くと、どこにいるのかもわかってくる。まだ色濃い波が押し寄せる、深く広い海。白い砂浜の上に、二人はいた。向き合っていた彼がこちらに一歩、また一歩と近づいてきて、あっというまにすぐ目の前に立つ。

「さあ、お嬢さん」

促すように差し伸べられる手。彼の意図も目的も、ビアンカにはわかっていた。求められているのは、この高価な宝石。それだけでしかない。

「渡したら……返してくれるの?」

「何を、です?」

「――あたしの、大切な彼を」

あえて名を呼ばず、ビアンカは試すように告げた。全ての不安も恐れも、葛藤さえも知っているかのような余裕を保ったまま、彼は肩をすくめる。さあ、どうでしょう、と。

「ナビガンド・アラ・リベルタ」

 ぽつりと呟いたビアンカを、怪訝そうな金砂の瞳が映す。

「自由を求めていたのは、あなただったのでしょう? 泥棒伯爵――いいえ、リベリオ。『自由』を意味する名を語る、孤独なひと」

 幾つもの貴重な宝石を奪い、逃げ続け、その生き方はある意味優美でもある。それなのに、本当はずっとずっと、足を止めたかったのではないか。

 ビアンカの問いに、彼は黙っていた。ゆっくり、ゆっくりと手を当て、取り去られたのは白い仮面。初めて見る青年の顔は、不思議なほどに懐かしい面影とそっくりだった。そう、例えば少年の彼があと数年成長したら、こうなるのだろうほどに。

「やっと、出会えた。この足を――仮面の力を、止めてくれる相手に」

 ビアンカ、と呼んだ口元が微笑みを形づくる。切ないほどに、優しい笑顔だった。

「かつて、歌には神秘の力が宿っていた。魔となった者さえ癒せるほどの……今は忘れ去られし本物の力、本物の歌を、私はずっと探し求めていたのだ」

 青年であって、青年でないような声。それは、彼が手にする仮面から聞こえている。

「真の歌姫、ビアンカ。貴女は私の――仮面の奥の心までも、愛してくれた。永遠の支配と呪いを打ち破る強い願いが、私たちを悲しい咎から救ってくれた」

 だから、と仮面の声は続いた。

「今まで喰いつくした石を、人の世の穢れと美の象徴を……今、私も解き放とう。女神ヴァレリアの涙は海に戻り、歌姫の声が全てを優しい無に還すであろう」

 ありがとう。声にならない声が、耳元に届いたのが最後だった。ぷちり、と切れた鎖。そこから砂浜に落ち、波にさらわれた青い宝石。大粒の、涙模様の宝玉が流され、海の蒼と溶け合うように消えていく。それと同時に、ふっと目の前で力を失ったように傾いたのは、彼――リベリオの体だった。あわてて受け止めたビアンカの腕の中で、リベリオは眠っていた。安心しきった子供のような、安らかな寝顔で。

 青年から少年へと戻ったリベリオを、ビアンカはぎゅうっと抱きしめる。あの白い仮面は、もうどこにも見当たらなかった。

 

 あれほど大々的に開かれたカーニバル・グランデ。その数日後、いつものようにトラットリア・セレナータは賑わっていた。

 特に夕食時だけあって、船乗りや地元の常連客、また旅の一見客などで既に満席である。

「ビアンカ! ほらビアンカ! さっさとしな! マルゲリータもカルツォーネも上がってるよっ」

 立派な体格と態度の女将に急かされ、ビアンカと呼ばれた看板娘は振り返る。高く一つに結い上げられた黒髪が、豊かに波打った。

「はーいってば! わかってるわよ、もう!」

 だってとにかく大忙しなんだもの、と頬を膨らませる彼女の隣を通り過ぎざま、ポン、と肩を叩くのは同じ年頃の少年だ。遠く西大陸の遥か彼方にあるとされる、金の砂漠。遥か昔、そこには栄華を極めた王国が存在したという。本当か嘘か、既に知る者もいない。そんな雄大にして幻想的な光景を想像させる色の瞳を、片方閉じてみせる。

「まあまあ、もう少し頑張ろうぜ。終わったらちゃんとデートしてやるからさ。あんまりむくれてると、可愛い顔が台無しだぞ?」

 励ますふりで囁かれた言葉を、ビアンカはしっかりと聞き取った。途端、これまたしっかりと耳まで赤く染める。

「おいおいお二人さん、あんまり見せつけないでくれよー?」

「カルロッタにアンジェロ、可愛い一人娘も、もうすぐ嫁入りだなあ」

 顔なじみの中年男たちにからかわれ、ビアンカはますます照れた様子で否定する。違うと言えば言うほど噂話の種になり、また、完全に間違ってもいないところが困るのだ。もちろん、さすがに嫁にはまだ行かないけれど。

 無言を保ちつつ、額に青筋を立てる父アンジェロと、ご機嫌に歌い始める母カルロッタ。そしてお喋りな客たちの話題は、一夜にして突如黒に塗り替えられていたゴンドラの謎――という奇妙な事件に移って行く。当然ながら、船乗りたちの好きな色にまた染め替えられたのだとかなんとか。賑やかなセレナータは、今日も平常営業だった。

 こんな調子で閉店時間を迎えた後、まだご機嫌ななめのビアンカは太鼓橋をずんずん渡っていた。街灯の明るいこの時刻、街はほろ酔い状態の男たちや、肩を抱き合う恋人たちが占拠している。まだ年若いビアンカには刺激が強い光景が繰り広げられそうになったところで後ろを向くと、いつものようにリベリオが付いてきていた。先ほどのやり取りを思い出し、頬を染める。そんなうぶな反応を楽しむように、リベリオがにやにやと笑った。

「何なら本当に嫁入りしちゃう? いつでも大歓迎だぜ? 俺は」

 耳まで真っ赤になったビアンカの手を取り、彼は先導するように歩き出す。いいようにからかわれているのが悔しくてたまらないのに、その手を振り払えない自分が一番不甲斐なかった。といっても、つないだ手の温もりは決して嫌いじゃないのだけれど。

 あれから――不思議な仮面が消えてから、リベリオは一段と大胆になった。美しい『ヴァレリアの涙』と共に皆、あの恐ろしい元首・レオノーラを始めとするランツァ宮の人間、警備隊の末端兵にいたるまで、誰一人としてカーニバル・グランデのことを覚えている者はいなかった。それどころか、人騒がせな大泥棒が巻き起こした一連の事件全てが、綺麗さっぱり海の泡のように世界から消えてしまったのだ。当然、あの栄誉ある舞台で最高の歌姫となった事実も何もかも――。

(それでもいいわ。いつか必ず、もう一度舞台に立ってみせる)

 こうして繰り返す決意が、リベリオと夜の散歩に出る理由だった。

「どうぞ、お嬢さん」

 おどけた仕草で先に通され、乗り込む。ビアンカが腰掛けたのを確かめてから、ゴンドラはゆっくりと前進し始めた。船頭ゴンドリエーレを務めるのは、既になりきり具合だけは一人前のリベリオだ。マウロに教わり、もっか練習中の見習い船頭。

 意外にも上手な手つきで櫂を操り、リベリオが操縦するゴンドラは水面を滑っていく。ちゃぷん、ちゃぷん、と穏やかな水音が風と共鳴し、まるで舞台をあつらえてくれているようだった。そして、ビアンカは一夜だけだったあの奇跡を再演する。

 二人だけの夜の海が、唯一にして最高の観客へと変わる瞬間だった。

 歌は伸びやかに、美しく、広大な海原を渡っていく。声質でも曲の種類でもなく、ただ純粋な想いだけをのせて響く本物の歌。太古の昔から伝えられてきた力と、歌い手の心。両者が共鳴してこそ、胸を打つ響きとなるのだ。

「ビアンカ」

 歌い終えたところを呼ばれ、振り向きざまに唇が重ねられた。

「大歓迎って言っただろ?」

 リベリオが、してやったりという笑みを見せる。こういう時だけはやたらと大人びていて、ビアンカが絶句させられてしまうほどに鮮やかなのだ。その手並みも、言葉も、微笑みさえも。もう何も盗まなくなった彼の、たった一つの例外――既に奪われてしまった心を、その高鳴りを抑えようと四苦八苦する。

悲劇の運命を背負った時から、ずっと奇跡の石と歌を追い求めてきた少年。真の名前すらなくした彼が長い仮面の支配から解放され、人として並び歩けるようになった。全ての奇跡の扉は、ビアンカと同じ想いを彼も抱いたことで開かれたのだ。

まだ慣れない熱も、その甘さも、角度を変えて幾度も味わう。誰も見る者のいない海、このゴンドラの上だけで交わされた秘密の触れあいは、日々その度合いを増している気がして怖い気もするけれど。

「愛してる(ティ・アーモ)、俺の、自由の歌姫――」

 俺だけの、と注釈を付けるくらいに強く、強く抱き寄せられ、ビアンカはまた瞳を閉じてしまうのだ。降り注ぐ口づけの雨を、受け止めるために――。

                              了 


 


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