表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
53/53

ピウィ、旅立つー4

「両親のみならず当時の多くの人々に望まれてぼくは生を得た。通常とは全く違う意味でね」


パミラの頬を水滴がかすめて後ろへ飛んでいった。絞り出すような口調のピウィに、これ以上口を開かせたくなかったパミラは後を引き取って続ける。


「青巫女の収束ワール、青ワールは広域対象に分配される。不可侵通路を加速機として使用し竜騎士に膨大な運動エネルギーを与えたとしても、光の槍がナルナビスを撃ち抜くにはまだ不十分であり、といって加速機中で過大な速度を与えると竜騎士の身体が耐えられない。そのため打ち出された後に更なる加速を与えなくてはならない。が青ワールを特定の一点に集め続けるには青巫女自身と対象とを結び付ける特別な精神回路が必要となり、もっとも有効とされているが・・・」


パミラは自分の言葉によって自身の言葉を詰めてしまった。しかしピウィの疑念を振り払ってあげたかった。が、青巫女という存在の育成がどういったものなのか自身が一番よく知っているだけに取り繕うような上辺の言葉を口からは出せない。


「パミラは青巫女だからこそ知っているんだね。これは誰でも知っている話。タマラに危険が及ぶ時、この世に出現する青巫女は感情を強力に抑制されるため、現世の誰とも感情の繋がりを持てない。だからこそ青き氷の女王、孤独なエルゴの妃と呼ばれているんだ。でも、外からの評価は信じない。ぼくはパミラの心に触れたから。これはまだだれにも漏らしたことはないんだけど、毎朝ぼくの心に触れてくる優しい存在を感じるんだ。それは母だと思ってる」


「そうよピウィ、青巫女が感情の抑制がされている存在だとしたら、私が青巫女に選ばれるはずなんかないんだから」


二人は笑った。二人の心は共鳴し、いつしか大笑いしていた。


 「ピウィ、ありがとう。私をこんな素敵な散歩につれだしてくれて。はっきりとわかった、私が青巫女としてある理由が」




パルワ砦は大騒ぎである。900年振りの黒竜の帰還、この知らせに砦は沸き返り、と同時に放置され、後回しにされていた作業が雪崩れのように現れた。


 パルワ砦は古来の伝統を頑なに守り、時代遅れの砦、と言われ続けていた。降星大戦以来900年というもの黒竜がいつ帰って来てもいいように整備を継続している砦は、パルワの他には一箇所ランダルパ砦くらいしかないであろう。とはいえ、それでも竜騎士最盛期のような砦としての機能を維持できていたわけではない。


 世代間に横たわっていた絶え間なく続く論争は影を潜め、燻っていた熾火は息を吹き返し、砦は熱気に包まれた。


 砦から霧裂崖に向けて半円柱の形をした大屋根が横たわる。着陸床の両脇には所々欠けてはいるものの蓄光石が列を作り、着台車は磨かれたレールの上に鎮座している。霧裂崖に突き出す誘導灯が長い眠りから目覚め明滅を繰り返す。

  

 ついに黒竜はこの世に再び姿を現し、既に竜騎士は選定されそれはアードラの子である、という噂は砦の中を走り抜けた。


 数万年の風雨に晒され削り出された天然の尖塔が崖に沿うようにいくつも聳える。戦時においては黒竜が着陸体制に入る時が一番危険である。塔の先端には風金装甲をも貫くバリスタが設置され、帰還する騎士と竜の守り役となっている。


とにかく黒竜の姿を誰よりも先に一目見ようと、砦とその守護塔とを繋ぐ釣り橋は詰めかけた大勢の人で揺れ、着陸床の周りも同様の混雑だ。出入りの商人、関係者には地精族、人族も混じっているようだ。


 黄色に輝く夕空に漆黒の翼影が現れ、誘導灯は緑色に灯り敵影無しを告げた。スーと高度を落とすと急浮上によって速度を落とし、ゴーラルは着台座に尾を絡ませるとそっと竜体を載せた。


柵の両側で巻き起こる歓声、拍手、涙を流し抱き合う砦の古老の衆、若者衆、子供達。


黒竜をのせた着台座は滑るように大屋根に飲み込まれ、分岐点を右に外れ1と表示された支線に引き込まれると停車した。


筋骨逞しい男性、知性的な女性の二人を頂点として、その後ろに裾野を広げ三角形に並ぶ居並ぶ人々、だれもが砦の商店街で見かけた事のある人々はいつもとは違う顔つきでひしめき合っていた。明らかに黒竜に関わる仕事を担う人たち。厳かな静寂が広がる中、ピウィは膝立ちからすっと背筋を伸ばし両足を寄せられたタラップに乗せ立ち上がる。ゴーグルを上にずらすと顔が露わとなり、囁き声が広がった。


 皆の注目を受け一段ずつ踏み締め地に足をつけると、待ち受けていたポエルはしっかりとピウィを抱きしめた。


「ピウィ、よくやった。ここに居並ぶ人々は整備士、竜医、黒竜に関わる仕事を受け継いで来た衆だ」


「ポエル父さんの教えがなければ何もできなかった。ありがとう。みんなもありがとう」


ここまで静寂を保っていた砦の人たちは、堰を切ったようように歓声を上げた。皆、それぞれに抱えていたものがあったのだろう。時代遅れと言われながら、装備の製作、調整、修復を受け継ぎ続けた者、また、生態から医学的な知識までを学ぶ黒竜医、黒竜に関係する知識を守り続けた人々はここに報われることとなった。ここに集いし人々にどれほどの歓喜をもたらしたのか、当事者でなければわかりはしまい。

 

 外で待ち受けていた群集と同じく、皆、手の甲で涙を拭い肩を叩き合い溢れる喜びは止まるところを知らない。


ポエルはピウィの手を引いて黒竜の前に立たせ、目の前の技術者たちと正対させた。ポエルは穏やかな眼差しでピウィに頷くと、ピウィはにこりと笑って皆に向かった。


「黒竜ゴーラルはピウィ・ラウルとプーエム線を結び、ここに魂の盟友タリムとなった。黒竜騎士の道を歩み、これに背かぬ事を皆に誓う」

黒竜のタリムとなり、ピウィのワールは一段と力を得た。小さな身体から発せられた決意は、広い空間と集いし人々に朗々と響いた。


一同は深々とお辞儀を返す。大柄な男性が進み出て


「騎士ピウィ・ラウル様、黒竜メイラ・ゴーラル様、整備士長を務めますウルプス・タリオと申します」


見慣れない作業服に身を包んでいてしばらくわからなかったが、ピウィは気がついた。鍛冶屋のウルプスさんだ。腕のいい職人で砦一番ともっぱらの噂である。


知性的な女性が次に進み出て来た。こちらは幾度かお世話になったことがあるので、すぐにわかった。オム医院の院長先生だ。


「ご挨拶申し上げます、竜医アペリオ・オムと申す者、これよりお世話いたします。ゴーラル様は体力を消耗されておられるようですが、整備の者が寸法を測らせて頂きたいと申しております。先に私たち竜医にゴーラル様を診察させてくださるか、伺ってもらえますか」


 そう、ここにいる一同は既に了解済みなのだ。黒竜が姿を見せたということの意味を。再び闘いに備えなくてはならない事を。


「ゴーラルは、全てお任せすると言っています。どうぞ診察、採寸してください」


「さあ、皆、ここまでだ。仕事にかかれ」


整備士長の号令のもと、意気揚々と人々は動き出した。


黒竜の首元と尾の付け根に長い台車、翼の付け根には広い台車が寄せられた。整備士長がピウィにうなずくと、プーエム線を通してゴーラムに指示を伝えた。


 黒竜ゴーラルはまず尾を伸ばし台車に乗せると、両翼、最後に長々と伸びる首をそれぞれ台車に乗せた。近寄る作業者は皆それぞれ黒竜にお辞儀をし、畏敬の念をもってゴーラルの身体に触れる。そこはかと漂う竜芳と滑らかな肌。皆の顔が興奮に上気する。受け継ぎ培ってきた知識と技能が活かされる時がきたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ