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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)


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ピウィ、旅立つー3

ハルハには何のことかピンと来なかった。が、しばらくすると意味がわかった。対象の動きに敏感なハルハならではの感覚が、黒竜の動きの変化をとらえた。力強く、機敏になっていたのだ。相手を強く想うパミラの念が、意図せず青ワールを発動し黒竜と少年に贈ってしまったのだろう。相手もそれに気付いたようだ。


 あの巨人襲撃以来、青巫女警護は厳重となった。緑塔市空中庭園には、ルイテモン衛士団はじめ警護兵が散らばり、遠距離からの狙撃に対しコテージには遮蔽膜が張られている。黒竜がこちらに向かって高度を落として近づいてきているのが確認されると、庭園は慌ただしくなった。


 これに気付いたのか、コテージ床に転がるクッションにしがみつきコロコロ転がり遊んでいた小型チョッキリが、大きな羽音を立てて飛び立ちパミラの肩にしがみついた。パミラは滑らかな毛並みを撫ででやり、グングンと近付いてくる黒竜に目を奪われていた。一度高度を落とし、視界から消えた竜は、グンと上昇すると屋上テラスの群集を掠めるように越え、パミラのいるコテージにやんわりと近付いて来る。


 すかさずパミラがベランダの柵に手を掛け見下ろすと、下に控えていたロワーリンが動き出し槍を構えるのが見えた。


「アロータさん、待って」


 エメルタインは了解したようで、これに片手をあげて応えた。


見慣れぬ皮鎧に身を包んだのはやはりあの時の少年、ピウィであった。



「ピウィ、無事だったのね」


「うん。パミラこそ、怪我は大丈夫。ごめん、あの時止められなくて」


最後まで言葉を続けさせずにパミラは被せるように


「ピウィ、あれはピウィがしたことじゃないって、あの時からわかってたわ」


これを聞いたピウィは、輝くような笑顔となった。


 青巫女は精霊院により特殊な環境下に置かれ成長する。どのように青巫女が選定されるのか基準は明かされていない。選ばれた子は外界の者との接触を絶たれる。


 こうしている間にも、ルイテモン衛士団のロワーリンはじめ空中庭園に散在していたコンカース、ズバルクたちは集まり、コテージの部屋には精霊院、緑塔市の護衛がこの光景を見守っていた。が、この再会を妨げようとする者はいなかった。何か侵し難い、穏やかな、そして神聖な空気がこの場を支配していた。


二人とも次の言葉がでなかった。一瞬の出会いではあったものの、あれほどの出来事を共有し乗り越え、今ここにいる。が互いの距離感がつかめずしばし間が空いた。


 ピウィは意図せず自分の手がパミラへ向けて差し伸べられているのに気付いた。銀の小型チョッキリはたかっていた左上腕から背中へ移り、パミラの背中をガッシリ掴んだ。



精霊院、緑塔市の護衛が何が起こっているのか察知し青巫女へ駆け寄ろうとする。ハルハは両手を広げ笑顔で阻止した。


「行こう」


銀チョッキリの羽は一段と大きく広げられ、羽音はブーンからビィィーへと変わり、ふわりとパミラの身体を持ち上げた。


 ベランダの柵を乗り越え、ピウィの後ろに降り立たせる。黒竜は少女の足をその長い羽毛でしっかりと保持した。


ピウィはハルハを見上げ


「パミラをお借りします」


「行ってきます」


ハルハは快く承諾した。青巫女として家族から離され、幼い頃より外界と断絶した生活を送ってきたパミラ。此度の青巫女行列では、何事もあるがままにせよ、との指示が天晶精霊院から出ている。これまで厳密に監視を続けていた紅巫女の配下も今は姿がない。


 知らされない事は知らぬが良い、そうハルハは生きてきた。また、青巫女としての重積を背負わされ生きて来たパミラは感情を表さぬのが常の顔であった。それが今弾けるような笑顔となっているのを見てハルハは、行かせてあげよう、と即断した。


「ゴーラル、行こう」


 漲る力を行き渡らせると水平に伸ばした長い翼は微動だにせず、黒竜ゴーラルは斜面を軽く2、3歩蹴り下る。

 それだけの助走で地から浮き上がり、低速ながら斜面を下り始めた。直後、翼を伸ばしたままに黒竜は力強い加速を始め、みるみる高度を上げてゆく。


 空を舞うサクラアゲハの列をいくつも潜り抜け、花クラゲの群れをかすめ、こちらへやってくる三頭蓮へ進路を向ける。


天はどこまでも青く、蝶たちの隙間から見えるアラル海は煌めいている。空に浮く妖精島に白く珠月レイマーがかかり、南ではアラル海に突き出るオーパル山がくっきりと見えた。


 「わー」


感嘆の声が漏れたのはパミラであった。しばらく後の言葉を探そうとさえしなかった。目の前に広がるこの光景をどう表現したらよいのだろう。この素晴らしさを言葉に凝らそうとするのだが、固まりかけた言葉はどれも雲散霧消してしまう。


「すごい」


そうピウィが言うと、パミラはその通りだと思う。


「私たちの世界は、美しいのね」


パミラにはその言葉しか見つからなかった。


二人を背に乗せた黒竜は高度を上げ、三頭蓮の上空に差し掛かる。


サクラアゲハはこの地で羽化すると、アラル海を回遊するこの三頭蓮に群がる。三頭蓮は複雑に流れるアラル海気流を双水眼の導きで正確に乗り換え、周辺を巡りながら移動と停止を繰り返す。さながら循環する飛鯨船であり、乗客はその都度入れ替わる。この区間の乗客はサクラアゲハである。


定期船が襲撃を受けるのは世の常であり、それを待ち受ける用心棒がいるのも不思議なことではない。この三頭蓮にもその用心棒がいた。生態系の頂点に近い大型のガナ、“バルガ”は大型の生物が近寄ってきたことを感知した。サクラアゲハを狙うタユナたち、それを狙う空の捕食者の何者かが近寄って来たのか。バルガはみじろぎする。食事の時間だ。が、おかしい、様子を伺おうとするがどうしたことか身体が動こうとしない。頭の中から警告が鳴り響く。『動いてはならない』と。これほどの圧倒的強者の存在をバルガは知らない。休んでいた穴蔵の奥へ急いで身体を押し込み、これまで使ったことのない脱出用の出口から急いで逃げ出した。三頭蓮は揺れた。休んでいたサクラアゲハ達がぱぁーっと達が舞い上がる。


「気をつけて、三頭蓮には必ずバルガがいる…」


というパミラの言葉は最後まで続かなかった。現れたと思った途端、慌てて逃げ出すというバルガの姿に微笑みを隠しきれないまま


「はずなんだけど、ゴーラルとは気が合わなかったみたいね」


観光用の臨時飛鯨船が三頭蓮の列に沿ってゆったりと浮かんでいる。どこぞの貴族か富豪なのか、翼と胴体に軽量気体を充填した私有浮行機が、気従機関のプロペラを停止し観光浮遊している姿が点々としている。


 「身体の自由が効かなくなったあの時、怒りの渦から抜け出させてくれたのはパミラ、君のおかげなんだ」


振り返りもせず、独り言のようにピウィは続ける。


「パミラのワールと繋がったときぼくのマノンが開いて、君の感情も流れ込んできた。優しさと強い意志、そして深い悲しみ」


パミラはその言葉を聞いた時、ピウィの背中が大きく、そしてどうしようもなく孤独に見えた。少女は少年の腰に手を回し、額を背中に当て届けとばかりに念じた。


『その悲しみは私だけのものではないはず』


「そう、パミラの気持ちが伝わって来たんだから、そこにはぼくの気持ちもあったのかも」


しばらく間が空いて、ピウィの身体が細かく震えるのがパミラには感じられた。


「ぼくはこの時代の人じゃなかったみたいなんだ」


この時代の人ではない、この人は何を言い出すんだろう、という思いはすぐに消え去りパミラはこの言葉を素直に受け入れた。


「ぼくの本当の名は、ピウィ・ラウェルーン。白双牙城城主、黒竜騎士長パウド・ラウェルーンと青巫女パルアナ・ラウェルーンの間に、兵器の一部として命を得た」


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