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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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ピウィ、旅立つー2

 黒竜ゴーラルは目を閉じ、少年の温もりを肌で感じていた。異界の門で初めてピウィを目にした時のことを思い出した。まだゴーラルが幼体であった頃だ。母竜とは離れ離れとなってはいたものの、心路は繋がっていた為生存には何ら問題はなかった。


 異界の門から飛び出て、この世界の景色を初めて目にしたとき、少年はいた。途切れていた心路がこの少年との繋がりを求め自然と活性化を始めていた。が、強制的にそれを中断した。黒竜が異界の門を潜り抜けた途端、自分に向けられる意識を感知していた。待ち構えられている、そう感じた黒竜は『幼体の自分にはまだこの子を守るだけの力が足りない』、そう考え心路の結合を抑えた。待ち伏せている相手は黒竜のタリム(心路を結ぶ魂の盟友)を探しているかもしれない。素早くその場から、出来るだけ遠くに去るに越したことはない。


 再びこの少年が近くにいることを感じたのが、この地下洞窟である。どうしたわけか母竜との心路結合が閉ざされ、弱りきったゴーラルは母の痕跡を求めてここに来た。もう異界の門まで辿り着けるだけの力もない。このまま何も為すことなくここで生を終えるのか、と悲観の念を募らせる日々を過ごした。そのとき朦朧とした意識の中で少年の存在を感じた。無意識に心路の結合を求め少年を傷つけてしまったかもしれない。


 少年との対面は凛々しくありたい、と霧散しかける意識を留め、黒竜はなんとか正気を保っていた。


 黒竜ゴーラルの消えかかる意識の炎に、何かが触れた。ピウィの慈しみの念が、ゴーラルの心路を捕らえ、そして


「ゴォーーーヒュゥーーーー」


黒竜ははっきりと少年を、光り輝く魂を見た。複雑に広がる少年の心路の一つ、閉ざされていた黒竜との心路は深く深く結ばれた。



 「オレはずーと気になってたんだけどですよ、代々あの地帯は掘じっちゃあいけないって言われてて、ここで初めて中を覗かせてもらったです。何であの地下壕はあんな頑丈な柵で囲われてたんですかね。あそこは結構値の張る鉱脈がミャクミャクしてて、腕がウズウズしてしょうがなかったんだ。俺たち地精族に任せてくれりゃあいいのに」


地下に広がる大空洞から出て、3人は緑塔市の南にある霧裂崖へ向かっていた。ルバールはポエルの自然体な隙の無い後ろ姿に感心を募らせながらバロワの話を聞いていた。


「ここ緑塔市地下壕は、黒竜の最期を迎える聖域だった。彼らは大変誇り高い種族で、その亡き骸を他種族に晒さない、という伝統を遺伝的に受け継いでいるらしいの。あのピウィが降りて行った洞窟は霧裂崖に抜けていて外と繋がっているみたい。その入り口は崖に沿って林立する石塔に阻まれている上、霧裂崖に吹き付けるアラル海の烈風で誰も近寄ることが出来ない場所なの。だから寿命を悟った黒竜たちがまさかそんな難所へ向かうとは誰も想像ができなかった。だけどアードラ族の長い説得期間の末、アードラのタリムである黒竜の最期を看取りたい、という願いは叶えられた。黒竜はその聖域を教え、あの地下通路が掘られた。あの立ち並ぶ格子を潜ることができるのは最期を迎える黒竜の許しを得た者だけ」


「えー、ってことはあの洞窟は竜の骨だらけ。後から来た竜はその内中に入れなくて困っちまうでしょうね」


「それはないわ。太初の竜、この世界に初めて来た竜はそう呼ばれているけど、彼らはかつて属していた界から異界の門と同成分の粉を持ち込んでいたの。あの洞窟にだけ散りばめられているのだけれど、生命活動を終えた黒竜は朽ち果て骨となると、異界の門は口を開き彼らの界へと戻す、とされているの。だからその心配はないわ」


ポエルが前を向いたまま話し始めた。


 「バロワ君、しかしながらあの“虚ろの洞窟”を含む緑塔市南の霧裂崖は死の気配が漂うだけの陰鬱な場ではないのだよ。生と死が交差する類い稀な場所。新たな生が、ほらご覧、また飛び立とうとしている」


 アラル海の南東、双水眼を水先案内人に雄大な三頭蓮の群れが現れた。ポエルが指差したのは三人の背後に聳える大橙で、そこに ワサワサワサワサ という大音響が空気を揺らしている。羽化したばかりのサクラアゲハがパッパッパッと閉じていた羽を開き、大橙は鮮やかな桃色で満開になった。


 大橙の更に後方に聳え立つ緑塔市の最上階の展望テラスと、コテージの点在する屋上階の斜面には大勢の観客が集まり始めているのが見えた。


 霧裂崖沿いには、地元のアードラ族、地精族が家族連れで出揃っている。生命の躍動するこの一大スペルタクルは、この地方では一年の幸福を招く風物詩だ。ポエルに気付いた者は会釈を、バロワには手を振る者が後を絶たない。


 「ここに来ればあいつがどうなったかわかるって言いましたけど」


バロワはきょろきょろと辺りを見回して、何物も見逃さない勢いのまま呟く。


ポエルとルパールはそんな少年を微笑ましく思い、風に吹かれて立ち止まった。この風は良い。アラル海をはるばる渡ってきたこの風は、霧裂崖を駆け上がり、程よい強さで大橙を揺らした。フルフルフルと羽を震わせていた幾千幾万のサクラアゲハ達は、満を持して飛び上がった。


辺り一面は数万、数十万の蝶で埋め尽くされ青空は桃色に染められた。


風に運ばれたきた花クラゲが、微かに桃色に染まる触手をそっと伸ばし生まれたばかりの命を捕らえ始めている。


 時間をおいて大橙の森の上には何本もの蝶柱が立ち上がり、緑塔市の群集から大きなどよめきと歓声が上がった。


 桃色の龍たちは一定の高度まで舞い上がると、今度は雪崩をうって霧裂崖を下り、沖を進む三頭蓮を目指す。


「あっ」


はじめに気づいのはバロワであった。


 その桜色一色に染まった空間に、漆黒の飛翔体が飛び出した。流線型を描く胴と垂直に延びる綺麗な翼。


 直後に反応をし始めたのは、アードラ族であった。


「まさか」 「竜だ」 「黒竜だ」 「帰ってきた」 「あー帰ってきた」「なんと」


どよめきは伝染し、膨らみ、緑塔市の観客をも巻き込み、大歓声となっていた。






「レイサ様、黒竜に少年が騎乗しております。あれは」


竜人族特有の紫色の瞳が焦点を結び、髪を靡かせ竜の背に乗る少年の像を明瞭にとらえた。


片手を上げ、『わかっている』と仕草で応えた女性は、黒竜出現が今後の展開へどれほどの影響を持つのか熟慮しつつも、飛翔する黒竜の姿に目を奪われずにはいられなかった。


 背に生える長い羽毛は密集し、ピウィの脚と腕を優しくしっかりと保持してくれていた。驚いたのは黒竜のその飛び方だ。ピウィを乗せて飛ぶのがよほど嬉しいのか、ゴーラルは下降と上昇を繰り返し、サクラアゲハの群列を螺旋を描いて追い抜いた。その最中、黒竜はいっさい羽ばたきをしなかったのだ。


『黒竜は飛ぶべくして飛ぶ』


言い伝えにはそうある。


それがどういう意味かピウィはわかった気がした。大気が身体の表面をすり抜けていくのだが、ピウィの身体は前方へ引っ張られてゆく力を感じている。重力を発する何かが前方にあるかのようだ。それに向かってピウィとゴーラルはどこまでも落ちてゆく。


 突然、全感覚が研ぎ澄まされるのを感じた。身体は軽く、視界は広く遠く、聴覚が常に増して鋭敏になっている。サクラアゲハの羽音が洪水のようにピウィの耳に入ってきた。この感覚は、一本の槍と化して巨人に向かっていったあの時と似ているが、あの凶暴なほどの攻撃性を感じない。何か包まれるような、暖かいものをピウィは知った。


黒竜もこれを感知したようで


『とても惹かれる。行ってもいい?』


あれほど理性的な話し方をしていたゴーラルは、愛らしい喋り方へと変わった。


ピウィは意識もせず自然と『諾』と応えていた。端的に、明確に指示する。黒竜達はこれを好む。砦の古老たちから聞いていた、竜騎士の振舞いの伝承である。酒宴が始まると、古老たちはピウィを捕まえ知る限りの振る舞いを教えようとした。成れる日など来ない、と分かっていても竜に乗る事を夢想し、夜な夜な一人で繰り返し練習していたピウィだった。今それを想い出し、含み笑いを止める事ができなかった。




「ハルハ、見て、黒竜よ。ピウィが乗ってる、絶対」


興奮冷めやらぬパミラは、屋上テラスに溢れる割れんばかりの歓声に負けまいと大声で叫ぶ。針糸医の霊糸は驚異的な回復を促し、ハルハの状態はほぼ旧に復していた。

「なんという美しい飛翔なのでしょうか」


桜色の世界にはっきりと見える黒の十文字。躍動感溢れるその飛び方は、生命の喜びを身体中で表しているかのようだ。


「あっ、今、青ワールが」


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